第1話・During STart‐up 1
浅葱亜瑠君が登場します。
「――は? え、はあぁぁぁ!?」
「そんなに驚かれても……。驚く事かな」
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2035年、4月13日。都内の、とある高校の、運動場で。
「――い、――おい、お~い? 亜瑠、聞こえてんのか~?」
「―――あ」
――しまった、いけない、いけない。
今は体育の時間だったりする。の中でも、50m走の測定中だ。短めの黒髪を弄りながら、少しボンヤリしていたらしい。コースの方を見ると、灰色がかった髪を持つ、身長が170㎝位の黒目の男子が手を振っていた。
「な~!、一緒に計ろうぜ~!」
「……良いよ。また負けるだろうけど」
顔を見上げ苦笑しながら、その男子……中学3年来の親友、尾藤白とスタート地点に並ぶ。ピストルの音と共に飛び出し、白より数秒遅れてゴール。結果は――、
「――9秒07」
――……前に測った時より遅くなってるんじゃないだろうか。
タイムを書いている体育委員から離れ、目に見えて肩を落としていると、ふとコースの方から歓声が上がった。
「すげー、7秒52だって!」
「こん中で一番早えーんじゃねーか?」
その言葉に振り返ると、爽やかな笑顔を振り撒きながら、皆をあしらっている黒髪で短髪の男子がいた。?マークを声に出して白に聞く。
「……あれ、誰だっけ?」
「お前、人の名前覚えんの遅すぎだろ……アイツは、えーと神谷だ、神谷木霊。成績は良さそうだぜ? んでスポーツ万能。ルックスも相まってトントン拍子のモテ野郎、ってトコ?」
――……つまり、優等生って事か。
「あー成る程。僕が絶対関わりたくないタイプって事……か」
そう呟いた途端、背後で声。
「へえ? 何で関わり合いたくないのかな、浅葱君?」
バッと振り返ると、話題の神谷君が。ちなみに浅葱とは、自分の名字である。
「あー、えと……」
しまった、聞かれていたっぽい。思わず目線を逸らしながら、必死に言い訳を探す。
「その……僕は成績も良くないし、運動神経も――まぁ、悪いって言い切れないけど、走りでじゃあ負けてるし……だ、だから、神谷君と居ても、……何か僕の方がおまけみたいで嫌だから、その――」
尻すぼみに消えた言葉を、白が要らん言葉を追加して補った。
「自分が見っとも無く感じるから、一緒に居たく無いんだとよ――と言うか亜瑠、お前アレなら走り誰にも負けねーだろうが」
「あっ、ば、バカ!」
わざわざ言うべきではない事を口走った白に慌てて口を塞ぎにかかるが、時既に遅し。
白の挑発気味な言葉に――神谷君が乗った。
「……へぇ? 何なら負けないのかな?」
――あーあ、また中学校の再来だ……。
今此処で神谷君の問いに答えるのは簡単。が、対価が酷いのだ。浅葱亜瑠の一番のコンプレックス。白を思いっきり睨んでから、見下す視線を突き付けてくる神谷君に向き直る。
「――……何にも言わない? 僕が神谷君に勝てる方法で50m走やったとしても」
「そんなに念を押さないと出来ないのか? やってみろよ、その勝てるって言う方法で」
――……出来れば断って欲しかったんだけど……。
「……別にね、念を押さなくても出来るんだけど……出来れば、あんまり人に見せたく無いんだ、コレ……。みっともないから」
◆◇◆◇
スタートラインに並んだ神谷君が、興味津々の体で此方を見てくる。と言うか、突発的に始まった勝負に教師まで此方を見ていると言う有様で。そんな衆人観衆の視線の中、言った手前引くにも引けず仕方なく準備を始める。
靴を脱ぎ靴下も脱ぎ、裸足で地面を踏みしめる。――で、だ。
「――えーと、頼むから笑わないでね……特に白」
「――あ、笑わないからそんな視線を向けんな悪かったから!」
白に舐めつける様な視線を向けてから、ゆっくりと――、
――地面に両手をつける。腰が上がっているので要するに、四つん這いの姿勢だ。
「……は?」
神谷君どころかクラスメイト全員が絶句。まぁ当然、と言うか驚かない方が異常だ。
「――早く、始めよう?」
視線が痛い。早くゴールにまで飛び込みたい。
戸惑いつつも神谷君がスタンディングスタートの体勢になる。ピストルが上がって――
パン。
耳朶を打ったその音すらも置き去りにして、4つの足で疾駆しゴールへ。タイムは――、
「――5秒42」
――おお、また上がったかな。
脳内でそんな事を思いつつ後ろを振り返ると、丁度神谷君がゴールした所だった。告げられたタイムは7秒37と言う好タイムだったのにも関わらず、神谷君はそう告げる体育委員を無視して此方に来ると、
――胸倉を掴みあげられた。凄い力で、足がプランと浮く。
「何だあの走り方は! しかもそれで4秒近くも早いってどういう事だ!?」
……ご尤も。これは答えるべきだろう。とタイムを聞いていなければ言えない台詞に投げ槍的な状態で目を見据えて答える。
「……あのさ。言ったよね、見っとも無いって言ったよね……。だから嫌だったんだよ根掘り葉掘り聞かれるから……」
「そんなに嫌がる事かよ亜瑠?」
「お気楽でいいよね白、お前はこんなメンドクサイ厄介事持って無いから! ……はぁ」
胸倉を掴まれたまま頭を掻く。そして、白と視線を往復させていた神谷君に向かって問う。
「えーと、さ……、アマラとカマラって知らない?」
突然の話題に、流石秀才と言うか博識と言うかすぐに思い至ったらしく、首を傾げて聞き返してくる。
「あ? 狼少女の? でもあれが何に?」
「――そのさ、僕――そのちっちゃい方のリアル版なんだよ」
今度こそ、周囲がシン……。となった。
「――は? え、はあぁぁぁ!?」
「そんなに驚かれても……。驚く事かな」
「当たり前だろ!? と言うかあのアマラ&カマラって結局知性って奴を持たずに死んだんじゃ無かったか!?」
「いやまぁ、そこは発達してきたVRマシンの性能って所かな……。――えーと、確か2歳半位に発見されて保護されて、人間の教育じゃあ間に合わないって直接頭に叩き込まれたから、おかげで会話とか勉強には困らないけどたまに暴走しちゃうんだよね……政府のお偉方は《ビースト・ウルフ》の《能力者》って……言ってたけど」
《能力者》、と言う言葉が出た時点で、神谷君が胸倉から手を放し、怯える様に後ずさった。
《能力者》とはVR機器が発達してきた頃、ほぼ同時期に現れ始めたらしい。と言うか、VR機器によってその能力が判明した、が正しいらしいが。
《能力者》は大抵、体や精神に不備・異常がある人が、その状態を補う様な能力が発現する。目が見えなければ耳が発達し、足が悪ければ手が、と普通では有り得ない様な発達の仕方をする。
それに気が付いた政府は、孤児や忌み子と呼ばれている子供達を保護し、その能力を伸ばす機関を作った。それが《超能力者育成所》。
そこに所属している、と言う事は何処かに欠陥があると言う事で、大抵の人は関わろうとしない(白は別だったが)。神谷君も同じクチだろう。
あはは、と空元気で笑ったが、今もぽっかりと周囲に人が寄ってこないのと、今後の皆の反応を考えて、溜息を吐く羽目になるのだった。
◆◇◆◇
体育の時間の後更に2コマ消化して、HRが終わって直後に教室を飛び出して来たので、周囲に白の姿は無い。それ以前に白は野球部なので今頃は部活中の筈だ。
「…………はぁ」
溜め息を吐きつつ路地をとぼとぼ歩く。予想道理5・6時限目の間は恐れと興味の視線が突き刺さって居心地が悪かった。しかも先生方まで此方を珍しそうに見てくると言う始末。いつの間に伝わっていたのだろうか。まあ体育の先生とかが言いふらしたのだろう。
こっちの事情も考えて欲しい。
「穴があったら入りたいよ……」
早く帰りたい。と言うか他人の視線が全部僕に向いている気がする(流石に被害妄想だろうけど)。
高校からの道のりの半分を消化し、大通りを通過。家が見える付近にまで来た。後は道を直進するだけ――と。
ふと、こんな声が耳に入った。ちょっと道を外れた所で、
「ほらほらねーちゃん、嫌がらずにこっちでお兄―さんと遊ぼうぜ?」
「こーんな無骨なヘッドフォンなんか外してさぁ~」
自分と同じ年の女の子が、1,2こ上の男子に絡まれていた。
それだけだったら女の子の無事を祈りつつ(つまり「触らぬ神に祟りなし」状態で)スルーするのだが、その女の子が知り合いとなれば別だろう。
女の子は怯えて腰が抜けている様だ。にじり寄っている男子の背後に寄り、取り敢えず1発、
バコォオン!
「いっ……てぇ!? 誰だ手前!」
男子共が振り返るもそこにはもういない。その背後で女の子を抱え上げると、一目散に逃走した。
◆◇◆◇
ちょっと入り組んだ路地裏にまで女の子を抱えたまま(いつもなら恥ずかしくて出来ないと言うかしないが、今はそんな事頭に無かった)走って移動して、大丈夫か判断した後女の子を下ろすと、当の本人は(何故か)赤くしていた顔を俯け内側に若干カールしている長い黒髪の中から目を向け礼を言った。自然と上目使いになる。
「あ、ありがとう、亜瑠君……助けてくれて」
「……よく僕だって分かったね、僕まだ喋って無いのに」
そう言いつつ女の子――七咲凪の顔を覗き込む。開かれている黒い瞳には、何も映っていないと言うのに、事前情報無しで誰かを判断するのは無理だと思うのだが。
「分かるよ、……雰囲気とかで。――それに、あの状況じゃ、助けに来るのは、……亜瑠君位だから」
……彼女の眼は、見えていない。ベーチェット病、と言うものに幼い頃かかり、その性で視力が侵され、しかも病気の発見が遅れたため今では殆ど失明状態らしい。詳しい事は知らないのだけれど。
今は、首元に付けたチョーカーについているカメラと音声ガイドによって、少々危ないながらも外に出れる様になっている。
初めて会った時の印象は、全く「外の環境」について興味を持たない人形、だった。幼少期、野外での生活をしていた弊害か、思いっきりアウトドア派だった所為で凪の様な子には会った事が無く、初めて引き合わされた時は感情を示さない彼女にイライラしたりもしたものだ。
同じ事を考えていたのか、凪が表情を笑顔にする。
「――初めて会った第1声が、『何で外に行かないの?』……だったよね。……亜瑠君が外に私を連れ出してくれなかったら、私今頃対人恐怖症になってたと思う……」
「い、いやあの時はまだ狼として生活してた頃に戻りたい~って1人で脱走してたりしてたから……室内で籠ってるより外に出た方が楽しいのに、って思ってたからつい……」
「良いの、……それで。亜瑠君は亜瑠君なんだから。……ありがとう。この後、買い物に行く所だったんだ。……もう、行くね。じゃあ、」
凪ははにかむ様に微笑むと、ゆっくりと手を振った。
「バイバイ」
「うん、じゃあね」
彼女の姿が見えなくなるまで手を振り、角を曲がって姿を消したのを確認してから、家へと歩き出したのだった。
以上です。
次はVRワールドが出てきます。