第 7話 「六番目の国 大砲の国」
「お帰りなさい」
ガイドがよろけながらも、引き起こしてくれた。
「うーん。今度はこぶを作らずに帰って来れたと思ったのに、またこぶが出来てしまいました」
「次の国はどこですか」
「大砲の国です」
「判りました。所で、今の衝撃の為に、列車の一部が壊れてしまったようです。発車まで暫く掛かるそうなので、ゆっくりしていて下さい。食事にしますか?それともお風呂が良いですか?」
「そうですね。この前入り損ねたお風呂にします」
私は浴槽に向かったが、ふと観ると、ガイドが割れた窓ガラスに傷直しの呪文を掛けていた。窓ガラスは見る間に復旧していった。かなりの使い手のようだ。
「これは結構早く復旧するかも知れないな」
そそくさと浴槽に向かう私であった。
浴槽と云っても所詮は列車の中。共同風呂にちょっと毛が生えた位のものだが、10人くらいは一度に入れる位の大きさ。しかも浴槽の周りを露天風呂風の造りにしているので、なかなかのものである。
湯気の中で、まどろんだ。ハードな世界が実にウソのように感じる。思わず笑えるくらいに。
…と、急に、忘れかけていた物を急に思い出したような感覚に襲われた。
「これは、前にもあった」
そう。探偵の国に着く前に感じたものだ。つまり、監視している奴が、ここに居るって事か。
「だれだ!」
私は、浴槽の中でガバと振り返った。だが、誰も居ない。湯気で視界が遮られている。しかし、その先に、うっすらと揺らぐ物が見えたような気がした。
「止まれ。動くな!」
思わず、手を前に突きだし、ピストルを構える仕草をした。しかし、そのピストルは無法の国で失ったはず…と思いきや、何と、手の中に忽然と現れた。驚く間もなく、ピストルは勝手に発砲する。
「ぐぅ!」
鈍い叫びと共に何かが倒れた。私は浴槽を飛び出すと、その場所に飛び込んだ。と、その一瞬前に、カゲは渾身の力で閉ざされた窓に体当たりを食らわせ、何とかぶち破って車外へと消え去った。
風がびょうびょうと入ってくる。
「逃げたか…」
手のピストルを観ると、既に消えかかっていた。危険が迫ると出てくるのか?それとも別なルールがあるのか? 風呂場のドアをどんどんと叩く音がする。
「大丈夫ですか」
ガイドの声だ。
「大丈夫です。スパイが入り込んでいた様ですが、今、窓を破って逃げました」
「取り敢えず、風呂を出て下さい」
「判りました」
5分後、私はガイドに事件の顛末を話していた。
「そうですか。そんな者がいつの間に入り込んでいたのでしょう」
「全然気が付きませんでしたよね」
「取り敢えず、車外に出たようなので、これ以上の危険はないでしょう。それと、壊れた風呂場はあとで直しておきます」
ガイドと別れ、私は途中の食堂車で食事を済ませ、いつもの部屋に戻ってきた。列車は既に動いており、安定した振動が伝わってきている。
修理が済んだ鎧戸を開けると、外はすっかり夜だった。澄んだ柔らかな光を投げかける月と、それに照らされた丘と建物が見えた。ただ、建物に明かりは見えないので、妙に寒々とした雰囲気を醸し出していた。
ガイドがやって来た。
「新しい封書です」
開封すると、
「大砲の国 カール」
と書いてあった。
「大砲の国って、やっぱり要塞みたいに、そこらじゅう大砲だらけなんですかね」
「さァ、私は知りませんが。まもなく着くので判るでしょう。それよりも、この国には、このカプセルを持っていって頂きます」
ガイドが差し出したカプセルは透明で、ガラスの様な物で出来ているようだ。中には、黒褐色の塊が入っていた。受け取ると、思ったよりも随分と重い。
「これは何ですか?」
「プルトニウムです」
「プルトニウム…って、あの核兵器に使う核燃料と云うか核のゴミですか!」
「そうです」
「そ、そんなヤバイ物は持ちたくないです」
「問題有りません。このカプセルは10mの高さからコンクリートの上に落としても割れません。更に、プルトニウムは紙1枚でも、その発するアルファ線を遮ることが出来ます。化学毒性から云うと、致死量は1グラム位です。吸引すると100万分の1グラムでも発ガンして死にますが、このカプセルが有るから大丈夫」
「た、たとえそうでも、やだぁ」
「さァ、聞き分けのないことを云わないで、大人しく持って行きなさい」
「でもヤダぁ」
「何しろ、これが無いと任務は達成できないそうですよ」
「まァ、そうなのかも知れないけど」
「任務が達成できないのでは、仕事人の資格が抹消されますよね」
「そうなんですが」
「だったら、何しろ絶対安全なのですから、持って行きなさい」
「…何か、どこかの政治家が原子力発電所を誘致するときの台詞みたいですね。こう云うのは大抵ウソなんですから」
「どうするんですか、やるんですか、やらないんですかぁ!」
「わ、判りましたよ。やりゃいいんでしょ、やりゃぁ」
「そうです。どうせ折れるんだから最初から抵抗しなければ良い物を…」
「ったく…」
「それはそうと、大砲の国に到着しました。では、行ってらっしゃい」
「はいはい」
「返事は一回だけでいいんです」
「はいよ」
ホームに降り立った。周りを見渡すと、特に大砲とか置いてある様子はない。
駅を出た。通りは街灯が有るものの、かなり薄暗い。車が走っている。それを観て凍り付いた。戦車である。戦車が平然と走っている。流石にトラック(所謂、キャタピラー ←これは商標名)にはゴムパッドを取り付けているが、50トンクラスのレオパルド2とか、懐かしいティガー1辺りが走ると、地響きが凄い。
売買でもされているのか、20台とかまとまって走って行く姿もあった。
「さ、さすがに大砲の国だな…」
取り敢えず、食い物屋に入った。中はカウンターとテーブル席が有り、私が入ると、客達はジロッと一瞥をくれた。私はカウンターに座り、取り敢えず、簡単な食事を頼んだ。
すると、隣の席に、スッと男が座り、
「旦那。良いブツがありますぜ」
と来た。
「どんな物だ」
「NBC。どれでもOKですぜ」
「Nだと、どんなものが?」
「20年ばかり前の水爆。起爆装置の核爆弾は無し。威力は0.3メガトン」
「20年前だと?燃料のトリチウムが半減して使い物にならないじゃないか」
「それはそうと、じゃあ、他はどうです?」
「Bって云うと、どんな物が?」
「兵器級炭疽菌20グラムを200万ゴールドでどうですか? それよりボツリヌス毒素10グラムを80万ゴールドで」
「あんまり好きじゃない。Cだと?」
「取り敢えず、三塩化リン、イソプロピルアルコール、ヨウ化メチル、フッ化ナトリウムのセット100キログラムで2000万ゴールドって所でどうです」
「合成している手間がおしい。完成品の毒ガスは無いのか?」
「この前、二液混合型の毒ガス弾頭が出てたんですが、売れちゃいました」
「うーん。気に入った物がない。悪いな…」
「しかた有りませんね」
内心冷や汗をかきながらの受け答えだった。しかし、とんでもない物が売られているものだ。本物かどうかは判らないが。
次に、市場に行った。…見事なものであった。天井まで積み上げられた自動小銃の箱やら、平置きにされたロケット弾など。
「どうです、旦那。このAK。新品の純正品ですぜ。1000丁に弾を100万発つけて、たったの2000万ゴールドですぜ。国が一つ落とせますぜ。こんなの他にないですぜ。いや、これが気に入らないのなら、AK74も有りますぜ。それとも、MP5A5の方がイイですか?RPG7だったら、20発おまけしておきまずぜ」
「次にするよ。それより、カールって人を知らないか?」
「カ、カールって云ったら…。い、いや、知らねぇ~」
「そうかい」
なるほど。カールってヤツはとんでもなく危ない人物のようだ。
私は、もっとヤバそうな店に進んだ。黒眼鏡黒スーツの如何にも悪そうなヤツが二人、通る人間を値踏みしている。
「ちょっと聞きたいんだが。カールってヤツに逢いたい」
「ほう?あんた誰?カールって知ってんの?どんな用?」
「彼に買って欲しい物が有るんだが」
「何?」
「本当は、本人に観て欲しいのだが、これだ」
「ほう。どれどれ」
「オイ、これは…」
「そうだな。良いブツだ。所で、あんた、これが何だか知っているんだろうな」
「勿論。プルトニウムだ」
「ふむ。で、どの位売るんだ?」
「それは、カール本人に会わない事には云えないな」
「なるほど。判った。暫くそこで待っててくれ」
間もなく、一人の小男が出てきた。脂ぎった禿頭の人物だ。如何にもずるそうな目で、こちらを見ている。
「さて、客人。私がカール商会のCEO、カールです。客人はどなたですか?」
「私は代理人だ。或る人物から、このブツの取引を頼まれたのだ」
「取り敢えず、こちらにどうぞ」
わたしはカールに案内され、店の奥に進んだ。黒塗りの分厚いドアの向こうにこぢんまりとした部屋があった。そこで改めてカプセルを見せた。
「なるほど。これがそのブツですか。ほう、なかなか良い品物のようだ。良いでしょう。取り引きしましょう。所で、どの位の量をお持ちですかな」
「20キログラム」
「結構です。で、支払いはキャッシュで宜しいですか?」
「OKだ。但し前金で」
「良いでしょう。いつ手に入りますか?」
「今夜中に用意しよう。場所はそちらの指定で良い」
「判りました。では、明朝2時に市場ウラの12番倉庫の中で」
「判った…」
「値段は8000万ゴールドで宜しいか?」
「いいだろう」
「じゃあ、商談成立と云う事で」
カールは早速金額を書いた紙を部下に渡し、キャッシュを用意するようだ。
私は云った。
「所で、一つ聞きたい事がある」
「何でしょう」
「この国よりももっと悪い国って何処だ?」
「ほう。妙な質問ですな。まァイイでしょう。聖人の国ですね」
「聖人の国? それって良い国の間違いじゃないのか?」
「行ってみれば判りますよ」
「そうか…」
そして、続けて
「エントルゥザンク、召喚!」
「な、何ですか、それは?」
カールは驚くが、もう遅い。
その途端、地面が激しく揺れ、そこかしこに地割れが出来た。すると、その地割れから異様な臭気と熱気が溢れ、ついには溶岩が濁流のように流れ出した。建物も人も、兵器も溶岩に焼き尽くされていった。
わたしは地割れに落ち込む前に列車に引き戻された。




