第 6話 「五番目の国 無法の国」
「お帰りなさい」
「うーん。今度もひどい目に遭った」
「次の国はどこですか」
「無法の国…」
「無法の国ですね。判りました。所で、腕の肉が切れていますね。頭は例によってたんこぶが出来ているし、全身切り傷で、しかもこの臭い。これはドブですか」
「そうです」
「こんな傷でこんなに汚しては感染症になってしまいますよ」
「早速治療して下さい」
「その前にシャワーを浴びて下さい。車両はメディカルセンターの一つ先です」
手錠を外してもらい、シャワー室の有る車両に行った。シャワー室と並んで、大理石造りの浴槽まである。
浴槽に入りたかったが、この傷ではひどい事になるだろう。取り敢えず、汚れを落とすことだけに専念した。パジャマ状のゆったりした服が用意されていたので、それを着て、メディカルセンターへと向かった。ガイドは既に女医に着替えていた。今回は癒しの呪文だけでは間に合わず、傷縫いの呪文まで使うことになった。この呪文は実に痛かった。要は麻酔無しで傷を縫うワケだ。最後に傷消しの呪文を使えば、出来上がり。それにして、治療に2時間も掛かった。
食事の後、癒しの呪文が効果を発揮しやすい様に、ソファーで休みながら、考えた。
既に4つの悪い国を滅ぼした。確かに悪い国ではあるが、それなりに上手くやっていたのではないだろうか。別に他国を侵略しようとしているワケでもないし。まァ、世界一とか云って、見栄を張っていた国もあったが。今のところ、この仕事に迷いは余り無い。だが、もし、これから悪くないと思える国が出てきたらどうしよう。その時、自分はその国を滅ぼす事が出来るだろうか。仕事と割り切って滅ぼせるだろうか。
「まぁ、その時になったら考えるさ」
傷の痛みも無くなって、ぐっすり眠った。やがて、列車の止まる軽い振動で目が覚めた。
ガイドが近付いてきた。
「無法の国に着きました。封書はこれです」
そこにはこう書いて有った。
『無法の国 ジョー』
「ここでは、このピストルを使って下さい」
「無法の国だから、やっぱり自分の身は自分で守れと云う事ですか」
「そうかも知れません。因に、このピストルには、相手よりも先に引き金を引くと云う呪文が掛かっていますので、決闘の場合は絶対に負けません」
「そりゃ結構。でも、相手も同じ呪文を掛けていたら?」
「その場合は、貴方の実力が物を云うでしょう」
「やれやれ。判りました」
ホームに降り立った。楽団が演奏をして、来訪者を歓迎していた。
「へぇ、なかなか感じが良いじゃないか。無法の国って云うから、すぐにズドンと撃たれるのかと思ってたよ」
駅を出て、通りをながめた。大きな看板が掛かっている。
『ようこそ。ここは自由の国。束縛や差別は一切ありません』
「無法の国じゃないのかな。間違いか?」
その看板の端っこに小さい殴り書きが有った。
『そして、保護も』
ま、そう云う事だよな、完全な自由ってのは。だから無法の国って事か、ここは。
「そこの旦那、土産を買っていかんかね」
人なつこそうな老人が、店から身を乗り出して云った。
「どんな物が有るんだ」
「この国に来たら、何は無くとも自由饅頭だろう。どんな味がするか、とんと見当が付かないと云う代物じゃ。それと、自由カレンダーとか、自由時計なんかもレア物だなぁ」
「まァ、あんまり使い物になりそうも無いから、今度にするよ」
「そうかい、毎度あり」
店を出ると、衣を裂くような女の悲鳴。観ると、酒で赤黒くなった凶暴そうな男が、女を引きずり回している。しかし、街の者は、誰も近寄ろうともせず、知らんぷりで為すがママにしている。
私は助けに行こうかとも思ったが、こんな所でトラブルにでも巻き込まれると面倒だと、回れ右をした。
突然、右手が勝手に動き、ピストルを抜くと、その男を射殺した。きゃあぁと女の悲鳴。そして、自由になったと知ると、あっと云う間に逃げ去った。その逃げ足の早いこと。
「うわぁ、なんだ」
私は思わずうめいた。人が集まってきた。
「決闘かい」
「いや、急に、その…」
「ああ、確かに相手はピストルを抜いているよ。確かに決闘だな」
「それにしても、見事な腕前だ。見せてもらったよ」
「いや、その…」
「こいつはこの辺では有名なゴロツキでね、バックに市長が付いているから、誰も手を出せなかったんだ」
「あんた、勇気有るね。でも大丈夫か。市長一味は強いぜ」
「あの、その…。 ところで、ジョーと云う人を知りませんか?」
「ジョー…って、市長の名前だが」
「うん、そうそう」
「あんたは市長に会いに来たのかい」
「なんと!市長を倒す英雄がやって来たんだとよ。皆の衆」
「そりゃ凄いぞ」
「ひょっとすると、新市長の誕生かも知れんぞ」
「賭けるか?」
「え? 市長って選挙で選ぶんじゃないんですか」
「ここは自由の国だ。金と銃と仲間の数で勝負は決まるのさ」
「そう。市長はいつも云っているよ。弱肉強食、力は正義。オレがルールだ、法律だと」
「あんたが新市長になる為には、先ず、実績を作らなきゃならない」
「そうだ。先ずは、この街にいる市長一味を倒さなければ」
「次に、市長一味の本体が全力で向かってくるだろう。それを倒せば、新市長の誕生だ」
「でも、私は別に市長になりたいワケではないんです」
「今さら、何を云ってるのよ。既に市長の手先を片付けちまったんだよ。報復されるのは当たり前。前に進むしかないじゃないの」
「いや。それはそうなんだけど。私にはやらなければならない事が有るんです」
「そんな言い訳を聞くような、市長じゃないよ。覚悟を決めな。市長を殺すか、それとも殺されるか」
「そ、そんな事云ったって…」
「おっと。噂をすれば…。みんな、気を付けて」
地平の彼方から、砂埃が上がっている。それは着実に近付いている。更に地響きも聞こえてきた。
20台ばかりのトラックがやってきた。大通りに入ると、散開して停車し、荷台からはライフルやマシンガンを持った男達が、どやどやと下りてきた。彼らは私を取り囲むように並び、私の正面の人垣から、一人の男が現れた。
「お前か? オレの手下を殺したと云うヤツは」
「名前ぐらい名乗れよ。オレはイヌ畜生とは話さない主義なんだよ」
「な、なんだと、テメエ。なかなか云うじゃねぇ~か。まァ、良いだろう。オレは市長四天王の一人…」
私は発砲した。四天王の一人は即死した。たじろぐ手下共。
「ばかやろう。オレは四天王なんてゴミには興味ないんだよ。市長をだせ!」
忠義面して、撃ってくるヤツが居る。しかし、私のピストルは、それよりも早く相手の心臓や眉間を打ち抜いた。もはや烏合の衆と化した連中に、私は云った。もうヤケクソって気持ちである。
「オレは市長になる。その力を持っている。オレに付いて来れるヤツだけ付いて来い。さもなくば、ここで死ね!」
ぞろぞろと私の側に並ぶ連中が殆どであった。残った勇気有る連中に対して、私は云った。
「命は助けてやる。市長に伝えろ。逃げるな、とな!」
かつての仲間の嘲笑を浴びながら、彼らは尻尾を巻いて逃げていった。
サルーンを貸し切って、宴会をやった。100人ばかりのにわか同士を前に、私は宣言した。
「最後に勝つのはオレ達だ。これからはオレ達がルールになるのだ。市長達との闘いでは全力を尽くせ。この国を手に入れ、我が物顔で生きようじゃないか!」
観衆は、床を踏みならして、同意した。
「新市長、敵がやってきましたぜ」
「よーし、手配通りに動けよ」
街の入り口で待ちかまえた。すると、街の各所で爆発音が発生した。
「どうしたんだ」
「決まってるさ、市長の軍隊だ」
「陽動だ。惑わされるな。正面に集中しろ」
その間にも、銃声や爆発音が轟く。ついには正面から突入してきた。装甲車に武装ジープ、更には軽戦車までやってきた。続く歩兵の数は1000名を超える。
「新市長、どうする。市長は全軍を投入した様だぜ。これじゃあ負け戦だ」
「オレは下りる」
「死ぬより降伏しよう」
圧倒的な兵力を見せつけられて、烏合の衆は一瞬で戦意を喪失した。
重装甲車が前に進み、スピーカーが怒鳴った。
「私は市長だ。無駄な抵抗は止めろ。抵抗すれば、世界の果てまで追い詰めるぞ。すぐに降伏しろ!」
烏合の衆は銃を捨て、両手を上げて市長軍の前に並んだ。すると、装甲車の重機が一斉に火を吹き、降伏者をなぎ倒した。
「な、何をするんだぁ」
悲鳴と怒号が轟く。だが、すぐに静寂が訪れた。
「ははは。オレがルールだ。裏切り者はまた裏切るものさ。だから始末したのだ」
「くそ。なんてひどい事を」
思わず、私は叫んだ。
「自分の首が危ないのに、死んだ人間の心配をするヒマなんか無いだろう。さァ、お前も大人しく殺されろ」
「ちょっと待ってくれ。今、お前の所に行く」
「早くしろ。どうせお前らは吊し首で皆殺しだ」
ピストルを捨て、市長の乗る重装甲車の前に進んだ。
「お前か、身の程知らずの馬鹿野郎と云うのは。オレに逆らうのは百万年早いんだよ」
「吊されるのは覚悟の上だ。ただ、その前に、2つだけ望みがある」
「ほう。なんだ、云ってみろ。気が向いたら聞いてやるかも知れんぞ」
「先ず、お前に聞きたい。この国よりももっと悪い国はどこだ」
「もう一つは?」
「首吊り台の上で、みんなに一言だけ云いたい事がある。それだけだ」
「それだけか。良いだろう。先ず、もっと悪い国だな。そうさな、大砲の国か。さて、次は台の上に登って世界の終わりの演説でもするんだな」
市長の仲間達はバカ笑いを始めた。私は、首吊り台の上に登り、縄を前に云った。
「エントルゥザンク、召喚!」
すると、急に風が止み、代わりにもやの様なものが地面から沸き上がってきた。
「な、なんだ。これは」
「み、観ろ。ここだけじゃないぞ。向こうも、いや、見渡す限りだ」
「一体、どうなってんだ」
もやが、人々の胸の辺りまで上がってきた途端、オレンジ色の火花が飛んだ。次の一瞬、もやは一気に白熱と化し、見えるもの全ては火球に中に沈んだ。
わたしは火球の速さよりも早く、列車に戻された。
次の瞬間、列車は物凄い衝撃に包まれ、わたしは車内の反対側に吹っ飛ばされた。窓の鎧戸はひしゃげ、ガラスにヒビが入った。




