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第11話 「十番目の国 不幸の国」

「お帰りなさい」


「いやぁ、今回はマジにヤバかった。ガイドさんから教えてもらった、あの台詞がなければ、多分殺されていたと思います」


「やっぱり…。役に立って良かったですね」


「ところで、あの台詞の内容ですが、エレーナとソフィーナの関係って、何なんですか?」


 ガイドは営業スマイルを崩して、ニヤリと云う表情をした。


「あらゆる面でのライバルって事ですね。魔法の力も、恋の方も…」


「はぁ、そうですか。エレーナの怒り方がただごとじゃなかったので、正直、ビックリしました。因に、ソフィーナって人は、何処の人なんですか?」


「それはちょっとした秘密です。それより、次の国は何処ですか?」


「不幸の国です」


「判りました。5時間ほど掛かると思いますので、入浴や食事をしていて下さい。怪我はないにしても、全身汚れまくっていますよ。それに殆ど服が無くなってますし」


「防御呪文のおかげで、この程度で済みました。助かりました。それはそうと、私があの国で預けた貴重品とか衣類とかはどうなったんでしょう」


「残念ですが、回収は無理です」


「やっぱり…。まァ大した物は無かったんですが…。それよりも、聞いておきたい事が有るんです」


「何でしょう?」


「エレーナの話によると、私たちの行動がかなり有名になっています。それで私の正体がバレそうになったんです。対策が必要と思いますが」


「そうですね。これだけ派手な行動をしているのですから、噂に上るのも当たり前。仕事の邪魔にならないように作戦を考えます。では」


 ガイドは考えると云っていたが、命が掛かっているこの重要な問題は他人任せには出来ない。自分なりに考えてみた。


 理由はともかく、自分の国を滅ぼそうとする人間がいる。それを知ったら、彼らがすることは防衛だ。外国人に気をつけろ。そう考えるに違いない。更に、魔法の力の強い連中には独自の情報ネットワークが有るようだ。どうやら魔法省の上とも繋がっている。質問に答えなければ、私が呪文を発動することはないと云う情報も流れている。やりにくい。非常にやりにくい。不幸の国を含めて、あと4つ。どうやったらしのげるか。


「やっぱ、自白呪文でも教えてもらおうかな…」


 自分なりの結論は、そんな所に落ち着いた。


 早朝に列車は「不幸の国」に着いた。ガイドがやってきた。


「新しい封書はこれです」


 中には


「不幸の国 ゲオルグ」


 と書いてあった。


「ところで、ガイドさん。私の質問が拒否された時の対策として、自白呪文を教えてもらいたいんですが」


「はい。例の件ですね。承知しました。自白呪文の他に、キャッシュを持っていった方が良いと思いますので、両方用意しましょう」


「ありがとうございます」


 自白呪文は、最強の物を教えてもらった。何しろ、ガイドさんが大変な魔法使いだと云う事は暗殺の国で判明したので、迷わず、最強を選んだ。勿論、魔法省の使用許可済みである。キャッシュの方は、5000万ゴールドを用意してもらった。


「では、いってらっしゃい」


 私はホームに降り立った。


 すると、わらわらと人が集まってきた。老婆が多い。


「おお、遠来のお方。どうぞ、この不幸な老婆の話を聞いて下され」


「なんですか?」


「私ほど不幸な者は居りますまい。物心ついた時には既に両親はなく、残酷な親戚の間をたらい回しにされ、12歳の時から労働者として、毎日深夜まで働かされました。手に入れた僅かな金は親戚に奪われ、そんな生活が10年も続いたのです。この境遇を救ってくれる白馬の騎士を待っていたのですが、ついに私を救ってくれる人が現れたのです。私は結婚しましたが、その男の正体はただの遊び人。いままでよりも、もっときつい仕事をあてがわれ、ついには身体を壊してしまいました。すると男は私を捨て、他の女と高飛びしてしまいました。それから50年の時が過ぎましたが、私一人生きて行くのが精一杯。どうぞ、旅のお方。哀れと思うなら、私を救って下され。残り少ない命を貴方に捧げましょうぞ」


「うーん。確かに不幸と云えば不幸だけど、よく有る話って感じですね」


「おお、なんと云う情けない言葉。老婆は最早死ぬしか有りません」


「どきな!」


 別な老婆が、先の老婆を押し倒して、私の前にやってきた。顔中をくしゃくしゃにして、目は既に泣きはらしている。


「旅のお方。世界に私ほど不幸な者がありますでしょうか。昨日の事でございます。雨の中、私は傘もなく、ずぶぬれで歩いていました。すると、目の前に100ゴールド玉が落ちていたのございます。有り難い。天の思し召しじゃ。これであと1日長らえることができる。早速拾いました。しかし、よく見てみたら、それは100ゴールド玉ではなく、1ゴールド玉だったのです。なんと云う不幸!天は私を見放したのか!泣きました。降りしきる雨の中、一晩ずっと泣きました。旅のお方。私は2日間、何も食べていないのです。どうぞ、哀れと思って、思し召しをお願いします」


「はぁ。泣いているヒマがあったら、もう一度歩いて100ゴールド玉を探した方がイイと思いますけど」


「どきな!」


 別の老婆が現れた。


「遠来の旅のお方。この世に私ほど不幸な女は居りません。昨日のことです。私は主人と食事をしていたのです。食事といっても、目刺しに沢庵と云う、ごく粗末なものです。その時です。恐ろしいことが起きたのです。私がちょっと目を離したスキに、主人は私の目刺しを半分奪ったのです。しかも、あろう事か、それを平然と私の前で喰ってしまったのです。なんと恐ろしいこと。私は主人に悪魔が乗り移ったと考えました。それからです。私の悪魔払いが始まり、気が付くと、主人は頭を打ち砕かれて死んでいました。一体誰がこんなひどい事をやったのでしょうか。悪魔です!悪魔が主人を殺したのです。私は警察に駆け込み、事件の顛末を話しました。すると、どうでしょう。警察は私を逮捕すると云うのです。罪もない私がなんでそんな目に遭わなければならないのでしょう。そうです。警察も悪魔が乗り移ったのです。私はそう確信して、必死で逃げました。おお、遠来の旅のお方。私を不幸から解き放って下さい」


「うーん。やっぱ警察に行った方が良いと思いますけど」


「どきな!」


 別の老婆が前に出た。


「旅のお方。どうか、この老婆の話を聞いて、その不幸に同情して下され。1ヶ月も前の事になりますが、私は或る遠国の企業の株式を大量に買ったのです。その時で2000万ゴールドもの大金です。証券会社の人は、絶対に儲かる。損をしたなどと云う話は聞いたことがない、と云っていたので、すっかり信用してしまいました。それからまもなく、証券会社の担当者から電話が有ったのです。株価が下がっているので、このままでは大損をしてしまう。今買い支えれば、すぐに株価は上がるので、2倍儲かると云うのです。大損はいやなので、私は買い支えを決意しました。すぐに、家と土地を担保にして、2000万ゴールドを借り、買い支えに使ったのです。しかし、なんと恐ろしい事になったのでしょう。遠国の企業は潰れ、証券会社の担当者は逃亡してしまったのです。私が出資した計4000万ゴールドは跡形もなくなりました。証券会社に文句を言ったのですが、それは契約の範囲内であり、証券会社は責任を負わないとの答えでした。ああ、何という不幸。この世が終わるような不幸です。旅のお方、1500万ゴールドでいいんです。更に買い支えをすれば、前の金は戻るそうです。この哀れな老婆を助けてくだされ」


「はぁ。あんた、早く株から手を引いたら? 個人株主なんて結局吸い取られてポイですよ。法人ならウラで損失補てんしてくれますけどね」


「どきな!」


 別の女性が現れた。


「旅の方、この世に私ほど不幸な者は居りますまい。両親は私たち子供を置き去りにしてどこかに行ってしまいました。幼い弟や妹を抱えて、一家を支えるため、私はスポーツ選手を目指し練習に明け暮れました。しかし、選手選考会当日に階段から転げ落ちて骨折し、選手になることは出来なくなりました。それどころか、後遺症で歩くのもやっとの状態になってしまったのです。スポーツバカからスポーツを取ったらバカしか残りません。しかし、私はやり遂げたのです。スポーツへの情熱を勉強に振り向け、ついにこの国一番の大学を受験することになりました。しかし、何という事か。ヤマが外れて、受験失敗。それからです。不幸に弾みが付いたのは。弟は暴走族の仲間が出来て、万引きや恐喝の常習者となり、少年院を出たり入ったりの生活。妹は悪い男に騙されて、水商売に入り、そこでケンカに巻き込まれて刺され、半身不随になってしまいました。その上、ひき逃げされて、全身複雑骨折で寝たきりになってしまいました。ああ、何と云う不幸なのでしょう。ついには私も生活が荒れて、毎日宝くじとパチンコ三昧。家に帰れば帰ったで、弟と金を巡っての殴り合いの日々。おお、余りにも悲惨な生活。神よ、一体私が何をしたと云うのでしょう。何の罪もない私たち兄弟に降りかかるこの不幸の雨。どうぞ旅のお方。私たちを哀れんで、どうぞお力を貸して下さい」


「うーむ。他に比べて、確かにこれが一番の不幸みたいですね。所でこの国の社会保障制度はどうなっているんですか」


「おお。この国は貧乏で、国民の生活を支える力が無いのです。ですから、私たちはこうやって、人々の慈悲を頼りに生きているのです」


「そうですか。所で、私は人を捜しているのですが、教えてくれたら10万ゴールド差し上げましょう」


 群衆の目の色が変わった。


「え!? ホントかい!」


「ああ、本当だとも。おっと、その前に、ルールを説明しないとね。みんな一斉に答えを云ってしまったら、誰に褒美を出して良いか判らないから。では、一列に並んで、ここで私が質問を耳打ちするから、あなた達も私に答えを耳打ちしてくれ」


 早速始めた。


「ゲオルグって誰で、何処にいるのか」


「ああ、ゲオルグっては、この国の総理大臣さ」


 他の3人にも聞いたが、同じ答えだった。私は4人に褒美を渡し、自分の不幸を話したがる人々を後に駅前に出た。


「総理大臣か。先ずはその居場所に行かなくては」


 タクシーが待っていたので、乗り込んだ。


「どちらまで?」


「総理のゲオルグの居る場所だ。総理官邸か?」


「へい。その通りで。じゃあ、行きます」


 タクシーは走り始めた。


 運転手は話し始めた。


「お客さん。外国からの人ですね。聞いてやってくださいよ。私ほど不幸な男はこの世にいませんよ。何しろ、競輪競馬をやっても負けっ放しで、家計は火の車。家内は愛想を尽かして家出してしまうし、子供にも穀潰しとバカにされて、毎日殴られたり蹴られたり。やっと始めたタクシー運転手ですが、毎日どこかにぶつけては、社長に弁償しろとか、給料から差し引くとかの罵詈雑言。私は一生懸命やっているのに、なんでこんなひどい仕打ちを受けなければならないんでしょう?私のような不幸な人間が、この国では沢山いるのです。でも、他の人は助けてくれない、面倒をみてくれない。全くの無関心。不幸な人を助けることもしないなんて、何と云う非人情。人間じゃありませんよ。多分、政府が悪いんです。罪のない国民が云われない不幸に晒されていると云うのに、何もやってくれない腐った政府なんです。みんなで政府を倒し、人々を不幸にしている根源を滅ぼしましょう。その為には先ず金が必要です。お客さん、私たちを哀れと思い、資金をカンパして下さいよ」


「…所で、総理官邸って、この先に見えるところか?」


「へい。そうです。じゃあ、ここで降りますか? はい、3060ゴールドになります。まいどあり」


 タクシーを見送って、ため息をついた。


「全く、不幸自慢をして何になるってんだ」


 総理官邸に入り、受付で面会を申し込んだ。


 受付の女性は、肩を落として、顔を蒼白にし、うつむいて、今にも泣きそうな感じだった。


 ヤバい。ここでも不幸自慢を聞かされそうだ。訴えかける様な彼女の視線を外して、2000万ゴールドを総理に渡すよう云って、何とか総理大臣に会うことに成功した。


 総理大臣の執務室に入った。


「ようこそ、私がこの国の総理大臣、ゲオルグです」


「初めまして。私は各地を旅する者で、ハインデルと申します」


「さて、今日はどんな御用でしょう」


「実は、総理に質問がございます」


「ほう?」


「この国よりももっと悪い国は何処ですか?」


「何と。妙な質問ですね。この国よりもっと不幸な国は世界広しといえども、有りますまい…」


 やっぱ、国を挙げての不幸自慢か…。げんなりしながら興味深そうなフリをして聞いていた。


「国は狭い、人口は少ない、資源はない、気候は悪い。国民は頭が悪い、性格も悪い、口も悪い。事業を興そうと思っても税金が少なくて、何もできません。国民に重税を課せば反乱が起きるし、何もしないと無能と罵られ、政権の首が危なくなる。一体、私に何をせよと国民は云うのですか?何も出来やしない。誰がやっても同じ結果ですよ。それを私一人の無能だと云うのですか? 何と云う不幸。何と云う云われ無き暴言。世界に私ほどの不幸な総理大臣が居るでしょうか?いやしませんよ!

 外国も外国だ。私が頭を下げて、金をくれ、いや、貸してくれと云っても、昔貸した金が返ってこないからダメだとか、何とか理由を付けて、結局金を貸してくれない。何と云う謀略。我が国を不安定にして、私を失脚させ、最後は我が国を併呑しようと云う謀略です。その様なあからさまな謀略を天が許すと思うのですか。許すわけがない!

 私は正しい道を歩んでいるのです。それが判らない、または判ろうとしない連中はバカです。そのバカがこの国にはびこっている。私は許しませんよ。その様な利敵行為をする国民など、国民ではない。だから、私はそいつらを逮捕して、自白するまで拷問を掛けているのです。それの何処が悪いのですか?我が国の治安を保つのは私の義務だ。それをやっていけないとでも云うのですか?我が国の安全は我が国が自分の力で確保すべき物。他国に相談したり、許可を得たりする必要など、微塵もありませんよ。しかし、国民の一部や外国は、それを非難している。何と云う内政干渉でしょう。この様な傲慢さが許されるはず無いんです。私は世界で一番不幸な総理だ!

 しかし、決して負けはしませんよ。税金を重くしても軍隊を強くし、我が国を狙う外国を滅ぼし、必ずや我が国の独立を守り抜くでしょう。国民にどんなに悪く云われようと、どんなに不幸な境遇であろうと、私は必ず成し遂げますよ!」


 総理は天を仰ぎながら、絶叫を繰り返し、目は天に釘付けになったまま。演説が一通り終わると、荒い呼吸をしながら、紅潮した顔をこちらに向けた。目は血走って、恐怖と狂気に満ちていた。


「…お話は良く判りました。所で、先ほどのご質問の答えをお願いしたいのですが」


「先ほどの質問? 何でしたっけ?」


「この国よりもっと悪い国は何処か?」


「ああ、何と云う不幸。ついに我が国にも最後の時が来たのか!」


「と云いますと?」


「お前だ。お前はこの国を滅ぼす邪悪な者だ。聞いているぞ。悪魔の化身が国を滅ぼしに来ると云う事を。彼は云うのだ。ここよりもっと悪い国は? それに答えると、国は亡び、次の国も滅ぶ。ああ、恐ろしい。お前は不幸そのものだ!」


「はいはい。良く判りましたよ。じゃあ、自白呪文に行っちゃいますよ」


 私はガイドに教えてもらった自白呪文を使った。


「はい。大きく息を吸って。で、吐く。さァ、答えを…」


「き、恐怖の国」


「エントルゥザンク、召喚!」


 突如、太陽の光が無数の透明なやりと化した。それは、建物であれ、木々であれ、人であれ、全てを一瞬で貫き、貫かれた物は砕け散った。


 私は槍が地上に届く前に、列車に戻された。

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