第 9話 「八番目の国 ゴミの国」
「お帰りなさい」
「いやぁ、危機一髪だった。もうちょっと間が開いたら、やられていたかも知れない」
「そうなんですか?」
「ひどい坊さんでしたよ、全く」
「それはそうと、次の国は何処ですか」
「ゴミの国」
「ゴミの国ですね、判りました」
ガイドは私の苦労談には関心が無いようで、さっさと戻ってしまった。
私は腹が空いたので、食堂車に行って、ガイドから食事をもらった。今日の食事は魚料理だった…。
先ほどの記憶が甦り食欲は無くなっていたが、それでも「食べるときに食べないと後がない」と云う格言から、とにかく食べた。
ソファに戻り、日記を書いた。こんなにハードな日々が続くと、前の出来事は印象が薄くなってしまう。日記を付ける事で、流されて行く自分を少しでも客観的に眺められれば良いなと思っての事である。
しかし、何を書こうかと思っている内に眠くなってしまい、ついに眠ってしまった。
夢を見た。誰かが私に銃を向けている。思わず、呪文を唱えた。しかし、何も起きず、私は撃たれた。痛い。ガバッと起きた。
「いやぁ、縁起の悪い夢だなぁ~」
日記とペンを片付けて、改めてしっかり寝ることにした。
「それにしても、寝言で呪文を云ったら、発動するのかな?」
「いや、確か前に本で読んだことが有ったな。気の集中が或るレベルを超えないと発動しないとか。本当かどうか知らないが」
ぶつぶつ云いながら、結局寝てしまった。
まだ薄暗い内に、次の国に着いた。ガイドが封書を渡した。
そこには、
「ゴミの国 マーフィー」
と書いてあった。
ゴミの国か…。国中ゴミだらけで凄く臭い国なんだろうか。まァ、それだったら滅ぼすのにもそれほど抵抗はないだろう
「この国では、この服を着て頂きます」
「服ですか」
ガイドが持ってきた服は、上等の羊毛で織られた、仕立ても上等なスーツであった。早速着てみると、ぴったりを合い、その姿は気品が漂うほどであった。
「お似合いですよ」
「うむ。何か貴族にでもなったような気分です」
「では、いってらっしゃい」
ホームに降り立った。
人はそれほど多くはなかったが、何か、制服姿の人間がやたらと目に付いた。警官のたぐいか。軍人ではないようだ。更に、私服の人間でも目つきの鋭いのが多かった。
「なんか、イヤな雰囲気だな」
それでも、そう云った連中は私の姿を見ると、一瞬値踏みしてから何も無かったように他の人間に視線を移したので、どうやら、この服は効果が大きいようだ。私は自信を持って、胸を張りながら駅を出た。
町並みは特ににぎやかと云ったものではなかった。人通りはやはり少ない。遠くから廃品回収の声が聞こえてきた。
「まいどお馴染みの廃品回収でございます…」
ほう。のどかだな。
「…不要になりました年寄りや病人が居ましたら、多少に関わらず、現金と交換いたします」
げぇ。なんだそりゃ
思わず、通りに立ちつくした。その時、みすぼらしい男が周囲を気にしながら、声を掛けた。
「旦那。どうしたんで? そうかい。外国人ですね。驚くでしょう。この国は…」
「ああ。どうなってるんだ」
「旦那。ちょっと飯をおごっていただけませんか。代わりに、この国の事情ってヤツをお教えしますから」
「そうだな」
汚くてうさんくさいヤツではあるが、ウソは無さそうだ。
近くの飯屋に入った。上等でも場末でも無い、中ぐらいを狙った。流石に、この不釣り合いなコンビは目立ちすぎるので、入る場所を選ぶ必要がある。シチュエーションは召使いと飯を食うと云う風だ。
「旦那、こんな立派な所で一緒に食事をして良いんですか?」
「大丈夫だ。日頃のお前の働きぶりへの褒美だ」
周囲に聞こえるように大声で喋りながら、飯を食べ始めた。店員や客は特にけげんな様子も見せずに、自分たちの食事に集中していた。
男は、注文したラーメン定食を美味そうに喰っていた。私は主人と云う役回りなので、ハンバーガー定食を食べた。勿論、ホットコーヒーを付けて。
「…で、事情とやらを教えてくれるんだったな」
「へい。この国は人を人とも思わない、ひどい国でさぁ。何しろ、歳を取ったり病気になったりすると、いたわるどころか、足手まといと云う事で回収して施設に送ってしまうんでさぁ」
「施設?」
「施設って云うと、聞こえは良いが、要は収容所。年寄り病人だけじゃなく、犯罪者や素行の悪いもの、反政府分子なんかもぶち込んでいるようです」
「…最後は殺すのか?」
「まァ、とどのつまりはそう云うことになりやすね。若い連中には再処理、或いは再資源化と云って、洗脳をしているって話ですぜ。で、使えるだけ仕事に使う。年寄り病人は、ちょっと訓練して、山奥の廃棄物処理場送りだそうです」
「廃棄物処理場?」
「これも聞こえは良いが、要は危険な廃棄物を野積みにしているだけ。付近に居るだけでヤバイ物も扱っているって話ですよ」
「そんなもの、どっから持って来るんだ」
「外国ですよ。外国。外国の連中は有毒物質やら放射性廃棄物やら、自分の国では扱いたくない物を、金を出して、この国に輸出しているんですぜ」
「なるほど。で、この国では、そのゴミを受け入れる代わりに受け取る金で喰っていると云うワケだ」
「そうです。で、さっきの年寄り達の話ですけど、そんなヤバイ物を素手で扱っているものだから、すぐに病気になって死んでしまうそうですぜ。再資源化された若い連中は、トラックなどで廃棄物の輸送をしているんですが、連中も遅かれ早かれ同じ運命」
「ひでぇ。ひでぇ話だな。なんでそんな状態をほったらかしにしているんだ、この国は」
「なんでも、昔は堅気な国だったそうですよ。あっしの生まれる前の話です。でも、当時の政治家や役人が汚職で私腹を肥やしてばかりいたので、ばかばかしくなったまともな人々は外国に逃げてしまったらしいです。観光も工業も崩壊。借金だけが山ほど残り、ついでに事情で外国に逃げられなかった人達が残った。外国に売る物が何もなくなった政府は、世界のゴミを扱う事にしたそうです。で、金にも人にも余裕が無くなったので、旦那が呆れたように、歳だ病気だと理由を付けては足手まといとなる人間の回収をして死ぬまで強制労働させているワケです」
「まるでゴミの様な国だな…」
「ま、大きな声じゃ云えないが、ゴミの影響で、この辺の水も段々汚れてきているそうなので、あっしもそろそろ逃げ出したいんですが、先立つものが無くて、こうやって生きているわけです」
「そうか…」
「ちょっと伺いたいのだが…」
突然、背後から声がした。振り返ると、警官の服装をした者達が5人ばかり、私たちを取り囲むように立っている。私は平静を装って、
「何かね?」
と聞いたが、男の方は、蛇ににらまれたカエルのように、呆然としている。
「貴殿と、この薄汚い男との関係は?」
「ああ。たまたま道で会っただけだ。私は旅行者なので、道を聞こうと思ったのでね」
「そうですか。では、他人の関係ですね」
「その通りだ」
冷たい台詞に、男はすっかりうなだれていた。
「この男は無宿者なので、施設に移送します。では、失礼しました」
「うむ」
男は、情けない顔をしながら、連行されていった。通りの向こうに、黒塗りのマイクロバスが有り、男は格子のはまった窓の有る扉の中にぶち込まれて、運ばれていった。
「ところで…」
警官のリーダーと思われる男が、再び私に話しかけた。
「貴殿はどちらから来られて、どちらに行かれるのですか?」
「私は、マーフィーと云う者に会うよう云われてきたのだが、知っているかね」
「マーフィー…ですか! 貴方にどんな事情が有るか知りませんが、その仕事は止めにした方が良いですよ。これはあくまで助言ですが」
「どうしてかね? マーフィーってのは誰なんだ」
「彼は、反政府分子のボスで、我々が探している一番のヤツなのです」
「え? そうなのか。それは困った。しかし、貴方の助言のおかげで、大変な事にならずに済んだ。有り難う」
「いやいや、旅行者の方にトラブルが有っては、我々の責任になってしまいますので。ではお気をつけて。良い旅を」
警官が振り返った瞬間、ズンと重い音がして、飯屋のガラスが鳴った。
「なんだ!」
「爆発か?」
ピィと警官の無線が鳴り、警官は外に走りながら、連絡を始めた。私も付いていった。マーフィーが反政府の人間であるからには、まともな接触は困難だ。ここは治安関係者に付いていった方が逢える確率は高い。
「なに。第3施設をマーフィー達が爆破、収容者達を逃がしただと。了解。すぐにこの地域に阻止線を引く。おい!第25小隊集合。全員集合だ!テロリストが第3施設の収容者を逃がした。ここに阻止線を引く。全員、急げ!」
警官達はバラバラと走り、警備車を道路に並べ、その前にはバリケードを設置。更に警備車の窓から重機関銃を突き出し、サーチライトも車上に設置した。ムダの無い手際の良さである。
警備車のスピーカーが叫びだした。
「こちらは治安警察です。付近の皆さんに連絡いたします。犯罪者多数が付近に接近している模様です。皆さんは速やかに帰宅し、厳重に戸締まりして下さい。速やかにお願い致します。こちらは治安警察です」
私も元の飯屋に戻り、窓から事態の推移を見守った。店の主人や客は、治安警察を信頼しているためか、それほど深刻そうな顔もせず、飯の続きをしている。
遠くで、パンパンと銃声が聞こえた。どうやら発見されたようだ。すると、すぐ近くでも銃声が聞こえ始めた。
「なんだ!」
「近くだぞ。大丈夫か?」
治安警察の動きが激しくなった。いつの間にか薄暗くなった町並みを舐めるようにサーチライトが照らす。
背後から、ヘッドライトがやってきた。かなりの増援のようだ。
「第160中隊、到着しました」
「そうか。助かった。これだけでは守りきれないからな」
指揮官同士の打合せが始まり、増援部隊は、周辺の通りやビルに展開していった。
「応援、ご苦労様です」
「何の。この辺は重要な防衛ラインだからな。ついでと云ってはナンだが、新兵器の実験もしたいと思ってな」
「新兵器…ですか」
「うむ。こっちの車に来てくれ」
指揮官二人は、大型装甲車に向かった。装甲板を開けると、中に大型の機関銃が見えた。
「どうだ、これは」
「ガトリング銃ですね」
「普通の物ではない。この前、大砲の国で購入してきた物の一つだ」
「銃身が長いですね。それに口径が小さい」
「そうだ。対人殺傷用の特別製だ。口径5.56mm。銃身長1m。バレル数6。発射速度は毎分3600発。ものの1分も有れば、死体の山を築けると云う話だ」
「うーむ。これは凄いですね」
「だろう。こいつの威力を試したくてな。今日は絶好のチャンスだ」
その時、銃声が辺り一面に広がり始めた。
「どうしたんだ。随分と多いぞ」
「陽動だろう」
サーチライトが一斉に大通りの先に向かった。
大勢の人達がぞろぞろとやってくる。みすぼらしい格好。老若男女。まともに歩けない年寄りも、抱きかかえられながら進んでいる。手には自動小銃や鉄棒、バットなど武器になりそうなものは何でも持ってきていると云う感じ。
「脱走者だ…」
「こんなに居るぞ」
「1000人、いや、2000人は居る」
警備車が怒鳴った。
「そこの脱走者に告ぐ。無駄な抵抗は止め、大人しく降伏せよ。さもなくば皆殺しにする」
ガトリング銃のモーターが回り始めた。
「やればいい!」
脱走者のハンドマイクも負けてはいない。
「どうせオレ達は皆殺しになる運命さ。最後の死に花を見事に咲かせてやる。この腐った国の連中に、自分たちの未来の姿を見せつけてな! さァ、行くぞぉ!」
「あいつだ、あのハンドマイクがマーフィーだ」
そんな声が聞こえた。
そうか、彼か。
わぁと云う喚声と共に、地響きを立てながら、群衆がこちらに向かってくる。
「やばい、やばいぞ!」
「店の奥に隠れるんだ!」
「脱走者。抵抗するならば、射殺する!」
スピーカーが怒鳴った。
「撃て!」
警官達の自動小銃が火を吹いた。同時に、新兵器のガトリング銃もブーンと云う、胃袋に響く低くてでかい音と破裂音が混じった音を立て始めた。
怒濤の群衆の先頭集団が血しぶきにまみれて、一瞬で崩れ落ちた。後ろの集団は勢い余って、その死体の山にぶつかり、転がり、這い上がり、再び血しぶきに染まった。
「ははは。こりゃ凄いぞ」
「物凄い威力ですな」
「その調子だ。撃って撃って撃ちまくれ。撃てば当たるぞ!」
死体の山を築きながらも、群衆は迫ってきた。自動小銃の乱射、火炎瓶の炎、鉄片やらコンクリートブロックやら投石がバラバラと降ってきた。
「えーい、手ぬるい。RPGは無いのか? 構わん。吹っ飛ばせ」
大音響と共に群衆の先頭集団が吹っ飛び、ガトリング銃の弾の嵐が、とどめを刺す。それでも、迫ってくる群衆だが、既に大半は死に絶えている。
土壇場でガトリング銃は弾が切れたようだ。既に沈黙している。
射撃音と共に、立っている脱走者達は倒れ、今や、残っているのは数人。そして、全部倒れた。第160中隊の隊長が先頭に立って向かう。
「隊長、まだ危険です」
「何を云うか。こんな時に先頭に立つのは当たり前だ」
何人かの隊員が自動小銃を構えながら、隊長について行く。隊長は腰の自動ピストルを抜いて、うめいている脱走者を次々と射殺する。…と、転がっている一人の前で止まった。
「おい、マーフィー。なんてざまだ。流石のお前もここで終わりだ」
「ちょっと待ってくれ!」
云いながら、私はマーフィーに近づいた。
「誰だ、お前は!」
第160中隊の隊長が驚きながらも怒鳴った。
「ちょっと、あんた。困るよ。こんな所で!」
第25小隊の隊長が、止めに入った。
「知っているのか?」
「何でも、頼まれて、マーフィーに会いに来たらしいですが」
「あんたら、上流階級が出る場所じゃないよ」
「済まない。一言、マーフィーに質問したいのだ」
「どうします」
「まぁ、偉い人が云うんじゃ、仕方ないか。但し、一言だけだ」
「判っている。感謝する。マーフィー、一言聞きたいのだが」
「…誰だ、あんた」
「頼まれたんだ。質問に答えてくれ。ここよりももっと悪い国はどこだ?」
「なんて質問をするんだ」
第25小隊の隊長が、困った顔をした。
「まァ、ちょっと面白そうじゃないか」
第160中隊の隊長が云った。
「ここよりもっと悪い国…。無いよ、そんな所。ここが最低だ」
「いや、もっと悪い国があるだろう」
「そうだな、例えば、暗殺の国だな」
「暗殺の国…」
「よし。質問はもう良いだろう」
パン!
マーフィーは射殺された。
「さァ、用事は済んだろう。帰った、帰った」
「エントルゥザンク、召喚!」
その直後、地面が物凄いスピードで滑り始めた。付いて行けない人や家や車は転がりながら、盛大な絶叫を上げつつガリガリと削られ、あっと云う間に黒いしぶきになってしまった。
わたしは、その寸前に列車に戻された。




