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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サンタスレイヤー

クリスマス特別企画。


と言うわけで今回は冒険者の物語をお送りします。

テーマは「サンタクロース」


…奴を殺せ。話はそれからだ。


また、一部本編と矛盾する描写がありますので、ご注意願います。



―――それは、何気ない一言からはじまった。


マイハマ第3孤児院。

恵まれない大地人の子供たちと1人のシスター、そしてとある冒険者の父娘が暮らす

孤児院で、冒険者であるまなは父親であるタークにたずねた。

「ねぇパパ。こっちでも、サンタさんはきてくれるかな?」

季節は冬…12月のはじめ。

日本人の子供なら誰しも楽しみにするその日を3週間後に控えたある日のことであった。

「どうしたんだい?やぶから棒に」

11歳の今でも無邪気に『サンタさん』を信じる純粋培養な娘を微笑ましく思いながら、

タークがまなに聞き返す。

「うん…テツもルリちゃんもジャック君もジョシュアさんもサンタさんなんていないって…

 みんな、サンタさんなんて知らないって言ってたから…」

ああ、なるほど。

その言葉に、タークは深く納得した。


セルデシアにおいて、大地人にはクリスマスと言う行事は存在しない。


地域ごと、季節ごとに様々な行事は存在するが、それはこの世界独特のものであり、

元の世界のそれとは大分異なるもの。

故に、この世界においては子供にプレゼントをくれる聖人の化身など存在しないのだ。

「こっちにはサンタさん、いないのかな…」

寂しそうに呟くまなを見て、タークの決意は固まった。

「大丈夫だよ。まな、今年もちゃんとサンタさんは…」

とりあえず今年も悪友に後でプレゼントを例の格好で運んでもらおう。

今年はおあつらえ向きに煙突もちゃんとある。

今の彼の身体能力なら余裕だ。そう考えていた、そのときだった。


「…そうだ。サンタだ。サンタは、いる…」


ベテラン冒険者であり、若い頃は大分『冒険』をしていたタークはその事実に思い当たり、顔を青ざめさせた。

「…パパ?」

急に顔をしかめた父親に、不安気にまなが尋ねる。

「…ああ、大丈夫だよ。今年もちゃんとサンタさんはきてくれる」

それに気づいて、タークは慌てて笑顔を作り、まなに言う。

「ほんと!?」

その言葉に、まなは顔を綻ばせる。

「じゃ、じゃあ、それじゃあ…」

「分かってるよ。ちゃんとパパが頼んであげるから。

 真奈以外の、孤児院の皆も良い子にしてたから、プレゼントをあげて下さいって」

「やったあ!ありがとう、パパ!みんなにも教えてくるね!」

それを聞き、嬉しそうに友達の下へ向かうまなを見て、タークは密かに決意を固めた。


―――サタンクロース、お前はここには来させない。


それが、アキバとウェンの大地を結ぶ、大事件のはじまりだった。


『サンタスレイヤー ~NIGHTMARE IN THE X'mas~』


1


アキバ円卓会議の緊急招集。

それが掛かったのは、タークの報告が行われた翌日のこと。

事態は、それだけ逼迫していた。

「…以上。うちのギルド員から上がってきた懸念事項なんだが…」

掻い摘んだ説明を終え、今回の緊急招集を行ったミチタカは周りを見渡した。


会議室備え付けの黒板に書かれた議題は『クリスマス災害対策』


元の世界においては全世界規模の人気イベント…

今となっては、ただの災害としか言いようの無い事態に、円卓会議は挑もうとしていた。

「クリスマスにちなんだイベントを企画していたサーバーは幾つありましたっけ?」

「ああ、それなら昨日、タークさんに話を聞いてから、うちのギルドの連中に確認した。

 1つは日本サーバ、ここだな。幾つかのフィールドで、特殊モンスターが発生する。

 あとは中国と韓国サーバにも似たようなイベントがあるらしい。

 この辺りは、特定のフィールドやダンジョンにしか出ないから問題ないな」

カラシンの問いかけに答えたのは、アキバ最大の生産ギルドのマスター、ミチタカだった。

X-DAY(クリスマス)まで後20日ほど。

彼らはタークに聞かされた『危険な存在』以外の脅威が無いかは真っ先に確認した。

「確か北欧サーバにもクリスマスイベントあったんやない?確かフィンランド辺りに」

「あれは問題ない。発祥の地にある家にたどり着いた冒険者に、

 特別なアイテムをプレゼントするイベントだからな」

マリエールの挙げたクエストに、ウッドストックが首を振る。

「そうなるとオーストラリアサーバのクリスマス島開放イベントも、害はありませんね。

 あそこは厳しいダンジョンだしボスも強いですが、近寄らなければ特に問題は無い」

攻略情報についてならばこの場でも1,2を誇る博覧強記アインスが続いて意見を述べる。

「となると問題は…」

そして、彼らはミチタカと同じ結論にたどり着く。

「…後はクリスマスといやあ北米サーバの〈サタンクロース〉か」

アイザックがみなに確認するように不敵に呟き、笑みと共に辺りを見渡す。

それに、全員が頷いた。

「ウェンの大地のレイドモンスター。Lvは2年前のアップデートから90。

 世界規模で有名なモンスターだが問題は…」

ロデリックの淡々とした言葉に言葉が重ねられる。

「…『もし、冒険者が止めることが出来なければ、彼は世界中の子供達に

 配り歩くことだろう。恐怖と死と言う名のプレゼントを』でしたっけ?」

ソウジロウが漏らした世界的に有名なレイドモンスターの紹介文。

そこにポツリと記された一文。それが大問題だった。

「流石にただのフレーバーテキストじゃないのか?世界中とは…」

「だがな〈ゴブリン王の帰還〉だってただのフレーバーテキストだと思ってた設定で、

 あれだったんだぞ?」

カラシンの言葉に重ねられたミチタカの言葉に、円卓会議一同が沈黙する。

夏に〈ゴブリン王の帰還〉を未クリアのまま放置したことによる結果発生した、

大規模な緑小鬼の軍勢の侵攻。

イースタルに存亡の危機をもたらしたそれは、未だ終わっていない。

「…じゃあこっちの1年が向こうの1ヶ月ってのは?」

「…なんとも言えねえな。夏に〈海の死神〉が出たんだ。

 こっちじゃあ12年に1度かも知れんが、それが今年じゃないとは言い切れない」

ウッドストックの確認に、茜屋が首を振る。

あれもまた、大事件であったが故に、皆の記憶に残っていた。

「…今分かってることは、彼が誕生してからただの1度もポップした、

 その日のうちに倒されなかったことは無い。それだけですね」

クラスティが簡潔に結論を述べる。

そう、かつて、サタンクロースは世界的に有名なレイドモンスターであったが故に、

世界中から廃人冒険者が集い、無数の冒険者が挑んでいた。

圧倒的な数の暴力。それにサタンクロースが屈しなかったことは無い。

…大災害が起こる前までは。

「ってえことは何か?放置してたらマジでガキの大虐殺はじめる

 可能性があるってことか?」

クラスティのいつも通りに落ち着いた指摘に、アイザックが聞き返す。

「否定は出来ません。相手は高位の悪魔系モンスターですから」

それにクラスティは頷きで肯定する。

この世界に置いて、悪魔と竜は別格の力を持つモンスターだ。

こちらの常識が通用する相手とは、思えなかった。

「け、けど、流石にそんなやばいのん、向こうの冒険者が倒すんちゃうん?

 確かあいつてドロップもごっついもん落とすんやろ?

 たしか最後にとどめさした冒険者がもらえるんは幻想級て…」

マリエールの希望的観測。それを打ち砕いたのは…


「…いいえ。現在のウェンの大地の冒険者に、

 サタンクロースを撃破することは難しいと思います」

今の今まで沈黙を保っていた、腹黒眼鏡ことシロエの言葉。


「…どういうことです?シロ先輩」

「ああ。今から説明するよ。

 …みなさん、これを見てください。

 僕が知ってる限りのウェンの大地の情報をまとめてみました」

ソウジロウに頷きを1つ返して、円卓会議の面々に直筆の書類を配る。

それは、シロエが知っている限りのウェンの大地の現状。

偵察隊が持ち帰った情報と、ウェンからやってきた『異邦人』の言葉をまとめたもの。

何気なくそれを見た、非戦闘系の円卓会議の面々は、思わず息を飲んだ。

「…ウェンの大地にあるプレイヤータウン近辺は高確率で冒険者が暴れまわる

 ススキノ並の危険地帯!?なんやこれ、酷すぎやん!?」

そこに記された情報に、ススキノに苦い思い出があるマリエールが悲鳴を上げた。

「バルバトスからの噂で色々聞いてたけど…これほどとは…」

カラシンも予想以上に悪い事態に眉を潜める。

「これってつまり…」

ミチタカが確認するようにシロエを見る。

そんなミチタカに対してシロエは…無表情に自らの結論を述べた。

「今のウェンの大地の冒険者に、サタンクロースを倒すだけの

 結束力は期待できないと思います」

事態を飲み込んだ円卓会議の面々に、シロエは自らの見解を伝える。

現在のサタンクロースはアメリカサーバの冒険者の限界であるLv90のレイドモンスター。

更に乗っている8頭の魔獣もLv90のモンスター。

この群れが同時に襲ってくると言う事態は…

セルデシア史上最強を表すレイド4に匹敵する。

すなわちLv90の冒険者が最低でも100人近く集まり、協力し合ってはじめて倒せるのだ。

…当然、サタンクロースは冒険者1人とは比べ物にならないほど強い。

それを、疑心暗鬼によって結束を失った個人主義のウェンの冒険者が倒せるとは

思えなかった。

「じゃ、じゃあやばいやん!?どうするん!?」

狼狽するマリエールに、シロエは考えていた腹案を示す。

「…確実を期すならばアキバから迎撃部隊を派遣する必要があるかと。

 バルバトスから進軍してサタンクロースの発生ポイントであるピーターソン城砦で

 サタンクロースを迎撃。派遣人員は96人のレギオンレイド級の戦闘メンバーに

 戦闘マージンと現地でのトラブルも考えて後方支援部隊が必要になると思われます。

 無論、僕達がどうしてもやらなくちゃいけない、と言うわけでは無いでしょう。

 仮に例の一文が『真実』だったとしても、放っておいても『アキバの冒険者』には

 ほぼ影響が無い存在です。…そのうえでお聞きします。

 クラスティさん、アイザックさん、アインス先生。ご協力、お願いできますか?」

考えうる言葉を重ねた上で確認を取る。

アキバにおいて最高位の実力を持つ戦闘集団の長たちに。

相手は死亡する覚悟で挑まねば倒せぬ化物。

倒そうと思えばアキバ屈指の戦闘ギルドの協力は不可欠だ。

しかも問題の敵は必ず現れると保証されてもおらず、どうしても倒さねばならない

相手でも無い。

現在の、死亡に伴うリスクが知られている現在では、戦わないと言う選択肢は

充分『あり』だ。


だが、アキバ屈指の廃人が集う戦闘集団は、誰一人首を横には振らなかった。


「…了解した。何人か見繕って頼んでみよう。無理強いは出来ないけどね」

クラスティは、いつものように落ち着き払い、約束する。

「おう!うちからも何人か出すぜ!つーかやらせろ。

 クリスマス撲滅委員会主催のサンタ殺しはうちの年中行事なんだよ!」

アイザックは豪快な笑みを浮かべ、今回の任務に送り込む手だれの検討を開始する。

「分かりました。遠征班の人員に依頼してみます。事態が事態ですからね」

アインスは以前作った『対サタンクロース攻略マニュアル』の文章化を考えながら、

サタンクロースに挑む人選を考え出す。


彼らは確信していた。

危険で実入りが保証されていないサタンクロース討伐を嬉々として了承する廃人が、

自らのギルドには何人もいることを。


かくて、事態は動き出す。

「…では、アキバ円卓会議としては討伐部隊を派遣する方向で考えます。

 移動プランは僕、シロエが担当します。よろしいですか?」

集まった円卓会議の参加者が一斉に頷く。


それを確認し、シロエは宣言する。


「では、クエスト『サンタスレイヤー』をアキバ円卓会議より発令します!」


アキバでも屈指の大作戦の開始を。


2


サンタスレイヤーの発令から2週間。

X-DAY(クリスマス)まであと1週間ほどに迫ったその日。

バルバトスから渡ってきた蒸気船『アエロー1号』が選ばれた冒険者達を吐き出した。


数は170人。

120人のアキバ冒険者と、50人ほどのバルバトスを拠点とするカリブ冒険者。

今回の任務を聞き、志願してきた精鋭部隊である。


「そいじゃあ、俺らは1度バルバトスに帰還します。頑張ってくだせえ!」


バルバトス海軍…元海賊系ギルド〈カリビアンズ・ドレッド〉リーダー、

ドレイクに叱咤激励されつつ、冒険者たちは進軍を開始した。


乗騎の主流は八脚神馬や召喚術師が呼んだ乗り物系の召喚生物が地を駆ける。

アキバでも3桁にやっと届くほどしか乗り手がいない鷲獅子も10体近く空を駆けている。

それはまさに、圧巻の光景だった。


「行軍速度からしてピーターソン城砦までの距離はおよそ3日…何事もなければ、か」

ザントリーフ戦役での見事な指揮を認められ、今回も後方支援の責任者を任された

猫人冒険者、たまきちがホネスティが作り上げた地図を眺めながら言う。


彼らの目的地はピーターソン城砦。


かつて古来種の騎士団が邪悪なる〈サタンクロース〉を

監視するべく立てたと言う城砦であり、サタンクロースの出現ポイントである。

本来であればそこには古来種の騎士が何人か常駐し、

例え冒険者が全滅しても足止め位はしてくれる。

その間に蹴散らされた冒険者が近隣の街(狙い済ましたかのように

ピーターソン城砦からそう遠くない場所に、プレイヤータウンが存在していた)の

大神殿で蘇生して再度城砦に押し寄せ、最終的に数の暴力で押しつぶす。

それが毎年の光景だった。


だが、今回それはできない。


ヤマトにおいて、古来種はごく一部の例外を除いて謎の失踪を遂げていた。

ウェンでも同様のことが起こっているであろうことは、想像に難くない。

また、この地での大神殿の利用…

それは、この危険なウェンの大地に魂を括られるということと同義語だ。

アキバやバルバトスの平和に慣れた冒険者たちに大陸に残ると言う選択肢は、無い。

すなわち敗北し、大神殿送りになれば今回の戦いからは『完全退場』だ。

…無論『今年サタンクロースが現れない』と言う可能性はあるが、

今、この場では現れると考えるべきだろう。


「何事も無いってこたあ無いでしょう。今、ウェンの治安は最悪らしいっすから」

たまきちの副官を務めるグンソーが口を挟む。

「ああ、だろうな。既に幾つかのギルドや〈追跡者〉が偵察に来たと聞いている」

現状では戦闘はまだ起こっていないが、これから先は分からない。

真っ向からやりあったとしても、100人を越える、

アキバでも屈指の廃人冒険者の軍勢が負けることはまず無い。

だが、無駄に戦えば損耗は免れない。

本命がまだ残っているうえ、補給も受けにくい現状、それは避けるべきである。

だが、そうも行かない事情があった。


ウェンの大地の冒険者は、基本的に死を恐れない。


自分はこの異世界で無限に蘇る不死身の戦士(エインフェリア)と化した。

そう考えるものにとって『自殺行為』は『なんらリスクの無い行為』でしかない。

このウェンの大地ではこれ以上になりようが無いLv90となり、

固定化した装備以外は最低限の所持品しか持ち歩かない。

ただそれだけで、ウェンの冒険者は嬉々として死に突っ込む。


『死を恐れる冒険者』など、ウェンの大地では少数派なのだ。


対して補給を受けられない前提で準備してきたアキバ冒険者は、

食糧を始めとして大量の貴重なアイテムを持ち込んでいる。

ローリスクハイリターン。

それが知られれば、ゾンビの如くウェンの冒険者が強襲してくるだろう。


「うまくやってくれると良いんだがな…」

その懸念をアキバで聞いたとき、1人の男が名乗りを上げた。

戦闘系ではない、生産系ギルドの一角〈第8商店街〉に属する冒険者であり、

円卓会議公認のクエスト斡旋人。

アキバでも上位の『店の財産』を使ってなにやら準備をしてきた。


そしてバルバトスに降り立ったとき、彼は言った。俺に考えがあるから任せろと。


そして何人か、自分の店の『従業員』と臨時雇いのバルバトス冒険者を連れて

本隊が動き出す前に戦列を離れ、独自に行動していた。

「『サラリーマン』のお手並み拝見と言った所っすね」

「ああ。信じよう」


―――心配すんな。こっちの客に売れるものはしっかり準備してきた。


そう言って笑っていた男の姿を思い描きながら。


3


ウェンの大地の冒険者、サミュエルとキャサリンはイライラしながら順番を待っていた。

「まったく、いつからココはロシアになったんだキャス!?」

「ほんとねサム!ああもう、全然すすまない。

 これで売り切れとか言い出したら店に火をつけてやる!」

物騒な言葉を交わし、イライラしながらひたすらに待つ。

2人の目の前に広がるのは、200を越える人。

…後ろに続くのも、200を越える人。


ウェンの大地ではまず見られない500を越える『冒険者』の行列。


最寄りの『プレイヤータウン』から30kmは離れたゴーストタウンで、

それがずらりと続いていた。


ことの起こりは、大陸の冒険者の間で流れた噂だった。


―――冒険者が『アメリカの味』のリアル・フードを売る店を開いた。


ウェンに生きる冒険者にとって、見過ごすことが出来ない噂を。


ウェンの大地においても、リアル・フードの秘密…

『コックのスキルと実際の料理』の関係は発見されている。

当初は一部の幸運なギルドの独占技術だったのだが、夏の終わり頃にどこかのギルドが

秘密を念話を通じて広めてしまい、現在ではNPC…

大地人にすら広く知られた知識となっていた。


かくしてウェンの大地でも流通するようになったリアル・フードだが、欠点もある。

味が『実際の腕前』に左右される以上、作れるものはプレイヤーの技量に左右されるのだ。

当然、難しく、複雑なものなら作れるプレイヤーはごく限られる。

更に砂糖、塩、酢、各種ハーブ以上の調味料を必要とする高度な料理など、

ごく一部の真の意味で高レベルな冒険者がいる限られたギルドに所属するか、

彼らに目の玉が飛び出そうな金を積まねば食べることは出来ない。

それがウェンでは常識である。


だからこそ故郷の味のリアル・フードを出すと言う店にウェンの冒険者は集まっていた。

「くそう!こっちは丸2日あのクソッタレのダンボールしか食ってないってのに!」

「ああもう!さっさと食わせろ畜生!」

焦燥を募らせ悪態をつく。

だが、暴れるわけには行かない。

流石にここで暴れたらどうなるか位は2人にも分かっている。


サミュエルとキャサリンは、これでもLv90の腕利きの冒険者である。

でなければハーフサイズでもなおだだっ広い大陸を渡り歩くことなど出来ない。

…だがそれは、この場に居る冒険者の大半に当てはまる。

今、この場に集まっているのはプレイヤータウンを離れて荒野を彷徨えるだけの力を持つ、

高レベル冒険者ばかりなのだ。


ハイスクールの貴重なナード友達だったサミュエルとキャサリンがここまで来るのに2日。

それから2時間は並んでいる。それが全て水泡と帰すのは、ごめんだった。

「あの~、すいませ~ん…こちらをどうぞ」

そうして、イライラしながら行列が消化されるのを待っていた2人に、声が掛けられる。

「なんだ?あの店の店員か?」

「アンタ、中国人?」

そこに立っていたのは、茶色い髪で彫りの浅い顔立ちの、東洋人の女だった。

ローズリーフと言う名前のLv90のカンナギが薄ら笑いを浮かべて、立っていたのだ。

「え~っと…まあそんなところです。

 実は、予想より行列が長くなったので、サービスして来いと言われまして。

 これ、うちのお店のメニューです。先に選んでおいて頂けるとよろしいかと…

 あと、こちらはおまけのクッキーです。ハニーさん特製だから、美味しいですよ」

そう言って2人に差し出すのは、紙と小さな紙袋。

「…ありがとう」

「メニュー、ねぇ…」

毒気を抜かれながら、2人はそれを受け取る。

「はい。それでは…メリークリスマス!」

そう言うとローズリーフは再び歩き出し、2人の後ろの冒険者に声を掛け始める。

「なるほど…名前だけは本物だな」

「噂どおり、結構な値段だけどね」

気を取り直し、メニューを見た2人が思わず唾を飲み込み、言う。


ホットドッグがノーマルとチリから選べて1つ金貨80枚,タコスが70枚,

フライドチキンが40枚,ドーナッツが1個で10枚,6個入りで50枚,

チリビーンズのスープがSサイズ35枚のLサイズ50枚,

ビールが60枚にコークがSが25枚でLが40枚…


どれも噂どおり、味わいを忘れそうなほど長らく口にしていないものばかりだ。

値段も高いが、もし本当に同じ味なら惜しくはない金額でもある。

(こんな値段で買った客が暴動起こしてないってことはまともなものなんだろうが…)

サミュエルはその値段を見ながら考える。

高レベル冒険者の収入から考えればそう高くは無いが、それでも結構な値段だ。

味が酷ければクレームと暴動になっていてもおかしくは無い。

この世界において、冒険者とは屈強なネイビーでも敵わない武装した超人だ。

もし暴動がおきれば酷いことになるのは、サミュエルもビックアップルで“体験済み”だ。

(本物となると…何を食べようか?)

幸い財布の中には危険地帯(プレイヤータウン)にできるだけ近寄らずに済むように

最高位の100枚金貨が50枚は入ってる。

それはキャサリンも同じで、今の2人ならばこの値段ならば躊躇せず出せる程度の額だ。

半年以上口にしていなくて半ば忘れかけた薄れ掛けた故郷の味を思い出しながら、

サミュエルは先ほど貰ったクッキーを取り出して食べる。

人型を象った大き目の、サミュエルにとっては慣れ親しんだ形のそれを頭から齧る。

さくりとした食感。滑らかなバターとシナモンの風味とハチミツの甘み。

僅かに混じった生姜の辛味がなんとも言えない。

(ジンジャースナップか。そう言えばもうすぐクリスマス…!?)

何を頼もうか考えながら2枚目に手を伸ばそうとしたところで、気づいた。

思わず驚愕しながら顔を上げる。

そこには、同じように驚いた顔をした、キャサリンの顔があった。

「…おいキャス!?これ、ジンジャースナップだぞ!?」

「ああ神様!信じられない!こんなに美味しいジンジャースナップははじめてよ、サム!」

2人の近くでも悲鳴にも似た驚きと歓喜の声が上がった。

北の大陸では貴重な、甘い焼き菓子。

大陸では持ってることが知れたらPK(ころしあい)に発展してもおかしくない、

貴重な代物がタダで配られたのだ。

驚かない方がおかしい。

2人は無言で貪るようにジンジャースナップを食べる。

1袋に3枚しか入っていない、貴重なジンジャースナップは瞬く間になくなった。

袋をひっくり返し、袋の底に残った最後の粉まで全て口に入れた。

それは2人に限らず、他の冒険者もみな同様だ。

今、配られたものは全て『本物のジンジャースナップ』だったようだ。

「…どうやら噂は本当だったようだな」

「…うん。間違いないよ。この店は本物だ」

そのざわめきと歓声に、2人は納得する。

あんなものをタダで配る店が偽物を出すはずが無い。

そう思うと、先ほどより更に熱心にメニューを吟味し始める。

2人とも、もはや喋らない…喋ると、唾が零れそうだったから。


4


それから2時間後。

ついに2人は店の中に入ることに成功する。

「いらっしゃいませ…カウンターへどうぞ」

入り口に立つ冒険者の見張りに言われ、奥へと行く。

(ちなみにこの“店”は既に購入済みのものらしく、並んでいる間に問題を起こした

 冒険者は『入店拒否』をくらっている)


そこは、慣れ親しんだ音と匂いが充満する空間だった。

金網の上で炭火で炙られ、ぷつぷつと音を立ててこんがりと焼けるソーセージ。

冷めないよう、焦げないよう慎重に調整された鍋の中で焼きたてのトルティーヤに

挟まれるのを待っているタコスの具。

わざわざ2つの鍋で2度揚げられている骨付きのフライドチキン。

別の鍋で揚げられ、たっぷりとシナモンとパウダーシュガーが振りかけられたドーナッツ。

湯気を上げ、スパイシーな香りを漂わせている熱々のチリビーンズ。

樽から安い木製のジョッキに注がれ、きめ細やかな炭酸の泡が盛りあがるビールやコーク。

天井からは吊り下げられた手製の星条旗。

ごくりと、サミュエルとキャサリンの喉がなる。

そこは久しく忘れていた『アメリカ合衆国』だった。


「キッチンやまもとにようこそ!ご注文をどうぞ!」

先ほどジンジャースナップを配っていた東洋人の店員に声を掛けられ、

サミュエルとキャサリンは尻に火がついたように注文する。

「ホットドッグ2つ。1つはチリで。あとタコス。

 フライドチキンを2本。それとコークをLでくれ」

「アタシはホットドッグのノーマルにタコス、あとドーナッツを半ダースのセットで。

 後はスープをLと、コークをSでちょうだい!」

「はい。お会計はそちらのお客様が350枚,そちらが275枚になります」

2人で金貨600枚を越える、一食の値段としては異常な額の大出費。

だが、ウェンではロクな使い道が無いせいで金は有り余っていた。

2人は叩きつけるように金貨を置く。

「はい…確かに!それではこちらをどうぞ!」

金を数え、おつりと『Kitchen Yamamoto』と書かれた暖かな紙袋を渡す店員。

「ついに来たな…」

「うん、長かった」

2人はそれを受け取るとテイクアウト専門だと言う店を出て適当な廃墟に陣取り、

早速とばかりに袋を開ける。

空けた瞬間辺りに漂う、なんとも懐かしい香り。

それを思いっきり吸い込んでゴクリと唾を飲み、手を伸ばす。

ホットドッグの包みを開いて、出てきたものに思い切りかぶりつき…

「「…うまい!」」

声が重なる。

期待通り…いや、それ以上の味だった。

ウェンの大地ではまず手に入らないケチャップの酸味とマスタードの辛味。

それがカリッと焼き上げられたソーセージの肉汁と混じり、

柔らかめのパンと共に口の中に広がっていく。

この世界ではまず手に入らないと諦めていたアメリカ味。

我慢できないとばかりに2人は次々と包みを開き、味わっていく。

他の料理もどこまでも完璧だった。

冬の寒さを吹き飛ばすようなマスタードとは違うチリの辛さ。

サルサソースの酸味と挽肉の肉汁が甘く炒められた玉ねぎと

まろやかなチーズに混ざり合うタコス。

がっつりとした砂糖の甘みとシナモンの風味が嬉しいドーナッツ。

カラリとした衣と柔らかでたっぷりと肉汁を含んだフライドチキン。

故郷では毎日のように飲んでいた炭酸の刺激が酷く懐かしいコーク。

どこまでも懐かしくて美味なそれに2人は歓声を上げ、

うっすら涙すら浮かべながら食べ続け、コークの最後の一滴まで味わいつくす。

「ふぅ…」

キャサリンは満足げに息を吐く。

「ねぇサム。これからまた…サム?」

そして、再び行列に並ぼうと提案しようとして、キャサリンは首を傾げる。

先に食べ終えたサミュエルが、なにやら紙を熱心に眺めている。

「なんだい?それ」

「あ、ああキャス。これを見てくれ。袋に入ってたんだ…」

そう言いながら、キャサリンにも見せる。

それは、クエストの募集告知だった。

クエストのタイトルを見たキャサリンの目が見開かれる。

「…サタンクロース撃破への協力依頼?」

訝しげに尋ねる。

サミュエルもキャサリンもサタンクロースは知っている。

このウェンの冒険者ならば、誰しも一度は聞いたことがある有名なモンスターだ。

最後の一撃を持って行った冒険者は、来年1年はヒーローになれるとも聞いたことがある。

だが、『ゲームじゃなくなった日』以降あれを倒そうなどと考える、

酔狂な冒険者がそうそういるとも思えない。

果たしてそんな依頼を出したのは誰か?

それを見て…キャサリンは息を飲む。

「依頼主は…バルバトス国王アンドレア=G=バルバトス8世!?」

「ああ。バルバトスだ…」

サミュエルはじっと紙を睨みつけながら考えつつ、言う。

「バルバトスって…あの“楽園の島”でしょ!?」

一方のキャサリンは興奮を隠せない様子で再度尋ねる。

バルバトスはウェンの大地で、最もホットな噂だ。


カリブの海に浮かぶ『楽園の島』

様々な幸運や実力で彼の地にわたることに成功した冒険者が

念話で親しい友人に流していると言う噂。

それによればそこはこの酷い世界に突如現れたウェンの大地唯一の『楽園』であるという。

「いやでもそんなの…本当なの、サム?」

俄かには信じがたい話。

だが、サミュエルはかぶりを振って言う。

「信憑性はあると思う。

 あの店は『バルバトスの冒険者が始めた』って言う噂もあっただろ?

 …少なくとも、大陸の冒険者に、アレを再現できる連中はそう多くない」

「そうよね。あんなもの作れる人なんてそんなには…それってつまり…」

本物。

その答えにたどり着いたとき、キャサリンはその一点に目を向ける。

サミュエルが先ほどから凝視していた一箇所…報酬についての説明。


サタンクロース撃破への協力依頼。

参加した冒険者には今年のクリスマス…

25日にピーターソン城砦にサタンクロースが現れなかった場合、

あるいは現れても撃破された場合は自動的に成功と見なされ、報酬を支払われる。


その報酬は…『バルバトスへの片道切符』


「…行くの、サム?」

「ああ。詐欺の可能性はあるが…報酬がでかい」

頷く。

参加しない手は無い。

「そ、そうね…バルバトスに渡れる可能性があるなら…」

キャサリンも息を飲んで頷く。

撃破ならばともかく、ただの協力依頼と考えれば報酬がでかい。何しろ。

「1回や2回死ぬくらい、どうってことないものね」

「そういうことだ」

この世界では『死ぬ』ことは『なんらリスクの無い行為』なのだから。


5


そして、X-DAY前日(クリスマス・イブ)

冒険者の召喚した様々な光により照らされた、ピーターソン城砦の演習場…

サタンクロースの出現ポイントに冒険者たちは陣取り、戦いに備えていた。

「う~わ、緊張してきた。やっぱ現実でサタンクロースと戦うのは怖いな」

そのうちの1人。

ホネスティの妖精の環探索部隊の小隊長を務めるセシルは緊張に身を震わせる。

例年通りであれば、出現するX-DAYの午前0時まであとわずか。

現れるかどうか…死闘が始まるかどうかは、その時に決定する。

「なに隊長?びびってんの?」

「大丈夫だって!俺らこれでもホネスティの中じゃ強い方なんだし!」

「まあ、先生から攻略法もバッチリ聞いてきたしな」

「それにほら、記憶吹っ飛ぶっつっても大したこと無いじゃん?

 俺ら全員、5回は死んでるぜ?全滅も結構してるし。

 でも、問題なかったじゃん?」

気楽そうに言う、部隊の面々。

その気楽な様子にため息をつく。

(まったく、僕の気も知らないで)

これでもセシルは、自分も含めた6人の命を預かる、小隊長である。

自分が死ぬのはいい。

守護戦士が大規模戦闘で死ぬのは良くあることだ。

だが、自分の部下に死なれるのは、辛い。

「大丈夫だよ、隊長」

そして、更に緊張を高めるセシルの肩に、ポンと手が置かれる。

「ローザ…」

そこにたっているのは小隊唯一の女性である、神祇官。

回復と結界魔法に特化した、小隊向けの構成(ビルド)の彼女はにっこりと笑って言う。

「私たちが死んでも、代わりはいるもの」

「…いや、お前それ死亡フラグだから」

呆れた声を上げてセシルはため息を吐き出す…緊張と共に。

「ま、ね。でも実際そうじゃん?ていうか超豪華メンバーに控えもばっちりじゃん?」

朗らかに笑って言うローザに、セシルは辺りを見渡して、言う。

「うん…それもそうか」

今、この場にいる96人のメンバーを見渡す。

アキバでも屈指の戦闘ギルドから選りすぐられた精鋭たちを。


あの倉橋ゆみるが所属する黒剣騎士団の精鋭探索部隊

最近“魔王殺し”を達成したD.D.Dの斥候部隊ハリウッド組

今回の戦いに傭兵として参加した“惨殺”キリヤをはじめとした元シルバーソード隊

そしてホネスティにおいてセシルの上司とも言える『シゲル教授』が率いる精鋭部隊…


〈ゴブリン王の帰還〉と同時進行だったためにギルドマスターこそいないものの、

今、この場に居るのはアキバでも屈指の精鋭部隊(ドリームチーム)だ。


更に控えもばっちり。

…一体何をどうやったのか、後方に作られたキャンプにはウェンの大地の冒険者が

1,000人近く控えている。

このクエストに報酬目当てで参加したと言い、料理班が用意し、

或いは集めてきた素材で作られたキャンプの野戦食に歓声を上げる彼ら。

もしもアキバの冒険者96人が返り討ちにあったら、数の暴力で叩き潰す作戦と聞いている。

錬度こそアキバの精鋭部隊に及ばないものの、彼らの場合は例え死んでも

近隣のプレイヤータウンから戻ってくる『従来の戦法』が使えるのだからまず負けは無い。

更に彼らが現れてからは、今まで悩まされてきた

ウェンの大地の冒険者の襲撃(PK)も無くなった。

相応の大きさのギルドなら対抗できなくもない100人ならともかく、

街1つに匹敵する規模である1,000人の冒険者に挑むのは無謀すぎると言うことだろう。

数の力。それを感じさせる一件であった。

「それにそもそも来るかも分からないんでしょ?」

「うん。まあ、ね」

かつて、年に1度しか出現しないとされていた〈海の死神〉はその後の調査で

こちらの世界では12年に1度しか発生しないことがわかった。


それは恐らくクリスマス限定のレイドモンスターであるサタンクロースも同様である。


と言うのが円卓会議の見解だ。

つまり、単純に考えて今年サタンクロースが発生する確率は1/12。

計算上は9割以上の確率で“発生しない”。

「取り越し苦労かもってことでしょ?うん。この戦いが終わったらバルバトスで…」

「いやだからそれも…うん?」

馬鹿話を続けようとしたところで、セシルは気づいた。

…何か、音が…人の声がすると。


アキバの、鍛え抜かれた精鋭部隊が一斉に戦闘体勢に入る。


「…どうやら、当たりだったみたいですね…」

精鋭部隊の隊長の1人、ハリウッド組のセガールがゆっくりと構えを取りながら、呟く。


誰しもが聞き覚えのある、クリスマスのテーマソングが何処からともなく響く。

ひび割れたその曲は、本来の楽しげな雰囲気など欠片も無く、陰鬱にして冒涜的であった。


―――Jingle Hell♪Jingle Hell♪


その音楽に乗り、何処からともなく歌声が響く。

低い、陰鬱な男の声。

冒険者たちは緊張し、身を固くする。

これからはじまる…地獄に備えて。


―――Jingle kill them all…♪


そして、それがついに姿を現す。

赤い鼻を持つリーダーと、それに従う7頭の巨大な魔獣。

魔獣に挽かれた人間を含めた様々な動物の骨を悪夢のように組み合わせて作った巨大な橇。

その橇を飾り立てている、無数のしゃれこうべが、

陰鬱なクリスマスソングを朗々と歌っている。

ひときわ大きな魔獣…伝説通り、赤々と輝く鼻を持つ、怪物。

それを筆頭に研ぎ澄まされた2本の巨大な角を生やした8頭の魔獣たちが、

目を血走らせて今日最初の獲物(こどもたち)を見る。


―――楽しみにしてたか?Fuck'n Children?


そして、その橇の主。

橇の中央に陣取る真っ赤な服を着た怪物が凶暴な笑みを浮かべながら冒険者に尋ねる。

言葉に合わせて巨人族に匹敵する巨体が揺れる。

ただ立ち上がっただけで、空気が震えた。


―――今日は特別な日。喜べ。Fuck'n Children…俺は、ケチらずくれてやる。

   良い子には天国行きのご褒美を。悪い子には地獄行きの罰を。

   差別は無しだ。全員にきっちりくれてやる。


腰にさしていた、巨大な鞭…当たれば冒険者とて一撃で砕き散らしうる鞭を手にする。

それだけで、冒険者の間に緊張が走る…数秒後の地獄の開始を予感して。


―――さあ、始めようかFuck'n Children…地獄の開演(プレゼントタイム)だ!


地面に轟音を立てて鞭がめり込んだ瞬間、繋がれた魔獣たちが一斉に嘶く!

その鼓膜を破りそうなほど凄まじい音が、はじまりを告げる!


レイドランクの高位悪魔系モンスター『サタンクロース』


ウェンの大地全土で見ても最強クラスの化物が、冒険者達に襲い掛かった!


6


サタンクロースの鞭を受け、魔獣が走り出す。


―――突撃(チャージ)が来るぞ!戦士部隊、防御!


後方から監視している〈D.D.D〉のオペレータ部隊から指示が飛ぶ。

サタンクロースの初手である橇での突撃。

橇というよりも戦車(チャリオットと呼ぶに相応しいその橇の一撃は、

後衛が食らえばひとたまりもない。

連携もクソも無く戦い方を選ぶ例年であればこれで何十人も吹っ飛ぶ。

だが。


―――了解!


その経路に立ちはだかるのは、重い金属鎧に身を包んだ重装の守護戦士と武士の集団。

それぞれ別のギルドに所属するはずの彼らは熟練の連携により、一枚の壁と化す。

そして激突。

その威力は凄まじいが…

流石に金属鎧を着込んだLv90代の重戦士を即死させる威力は無い。

勢いを殺され、止まった橇に容赦なく刀の一撃が炸裂し、橇を“削る”


受けたダメージに応じて強烈な一撃を見舞う武士のカウンタースキル〈返しの太刀〉


それが一斉に発動したのだ。


―――よし!予定通り!総員、橇を破壊せよ!回復職は戦士部隊の治療を!


突撃の厄介なところはその機動力だ。

走り回られると弓や魔法でなければまともにダメージを与えられない。

近接武器の使い手ではまず追いつけないのだ。

だからこそ、今、動きが止まった瞬間を狙う。


妖術師や召喚術師の攻撃魔法。

吟遊詩人や付与術師の援護を受け終えた暗殺者と盗剣士、格闘家の一撃。

そして、壁となった戦士たちの反撃。


それらが一体となって橇を飾るしゃれこうべが詠唱する強力な攻撃魔法をものともせず、

橇を壊していく。

「ふむ。これで終わりだな」

そして、冷静に耐久力を見ながら攻撃を加えていたホネスティの幹部の1人、

“教授”シゲルの刀が橇を切り裂いた瞬間、橇を飾るしゃれこうべの絶叫と共に

橇が崩壊する。


―――作戦第一段階完了!総員、散開!


サタンクロースの行動パターンは完全に把握している。

次なる一手に対応するために、橇が崩壊すると同時にそれまで一箇所に集まっていた

冒険者が2小隊単位で散り散りとなる。

一斉に移動力が非常に低いサタンクロースから離れ、距離をとる。


―――グォォォォォ!


その直後、橇から放たれたサタンクロースの手下たる8頭の魔獣が咆哮する。

それはそれぞれがパーティーランクの力を持ち、特に群れのリーダーたる

赤鼻(レッドノーズ)〉に至っては、ハーフレイド…小隊2つ分の力を持つ。


もし、この魔獣とサタンクロースの完全な連携が為されていれば、

恐るべき密度で放たれる連携攻撃の前に、戦士たちも蹴散らされていただろう。

だが、彼らは既にサタンクロースから離れてバラバラに散開している。

となるとどうなるか。


―――グォォォォォ!


咆哮を上げて、魔獣が突進する…散開した冒険者たちに対し、てんでバラバラに。


―――作戦第二段階成功!各隊!各個撃破せよ!

―――了解!


そして、アキバ屈指の小隊が、それぞれに魔獣を迎え撃つ。

パーティーランクの相手に、小隊2つ。

熟練の冒険者が負ける道理は無い。


…ただ1つ。単独で小隊2つ分に相当する実力を持つ〈赤鼻〉を除いては。


「っしゃ!こっち来た!運がいいぜ!」

目前で荒い息を上げる赤鼻を見て、赤鼻を迎え撃つことになった部隊は幸運に感謝した。

「見ての通り、俺らのところが大当たりだ!全員気合入れろや!」

部隊の隊長が部隊を激励する。

そして。

「よう!Lv93を初見でぶっ倒したってその腕、俺らに貸してくれ!」

すぐ近くに陣取った、小隊規模では屈指の実力を誇る部隊に声を掛ける。


「はい!…みんな!打ち合わせどおりに!」

その言葉を受けて、もう1つの部隊の隊長の指揮の下、全員が一斉に動き出す!

「イエー!俺の歌を聴けえー!〈守護のセイクリッドソング〉と〈焚き火のポルカ〉だ!」

ギターを構え、物理防御上昇と赤鼻の冷気ブレスへの耐性を上げる歌を歌う、

吟遊詩人エアロ=スミス。

「ふむ。この場合は…レディ、その剣に力を与えよう…〈キーンエッジ〉」

別部隊の盗剣士に攻撃力強化の魔法を掛ける吸血鬼の付与術師クリストファー。

「おいおいクリストファー!そういうのって普通チームメンバーが先だろ!

 …〈コンセントレート・ゼン〉!」

初撃のみ爆発的な威力を誇る〈一の太刀〉を確実に叩き込むべく、

精神集中を開始する武士ミフネ。

「さぁってとお仕事しますかね…〈不動の城砦〉」

後衛の盾となるべく移動力を捨てて防御力を高める弓使いの守護戦士リプリー。

「ナギ…私、頑張るから!」

気合をいれ、いつでも回復魔法が発動できるよう待ち構える、森呪遣いベル。


そして。


「…カルマさん!タウントはお願いします!〈獅子の構え〉…〈錬気充填〉!」

スキル効果を高めるスタンスと共に、力を溜める格闘家。その名は…セガール。


魔王すら討伐した〈D.D.D〉の斥候部隊『ハリウッド組』は、

息のあったコンビネーションを見せ付けた。


「…やるじゃねえか。おう、こっちも負けてらんねえぜ!」

そのさまを見て、もう1つの部隊…漆黒の装備で統一された黒騎士部隊も動き出す。

「挑発なら任せろ!〈タウンティングシャウト〉!」

守護戦士の基本である挑発を行う守護戦士カルマ。

「そっちの編成からすっと、火力担当はこっちだね。〈魔法強化:炎〉」

自らの最大の魅力を引き出すため、自身の炎の威力を高める

エンハンススペルを詠唱する妖術師阿国。

「そっちが一の太刀狙いなら、こっちもそうするか。

 悪い手じゃないしね…〈精神統一〉」

相手の武士に対抗心を見せて、〈一の太刀〉の構えを取る武士ヨシヒロ。

「〈従者召喚:誘歌妖鳥〉…ユキ!巻き込まれないよう上空で歌をお願い!

 歌のチョイスは任せる!」

歌系スキルを多数習得した翼持つ従者を召喚し従者自身に判断を任せる召喚術師ヨウケン。

「あくまで本命はサタンクロースです!赤鼻は10分…いえ、8分で仕留めましょう!」

〈キーンエッジ〉のかかった2本の剣を構え、敵を見据えながら言う、盗剣士ユーミル。


「っしゃあ!行くぜ!黒剣騎士団の実力、みせてやらあ!」

部隊長である施療神官、アトラスが声を張り上げる。


黒剣騎士団とD.D.Dの精鋭連合(ドリームチーム)

赤鼻と拮抗…否、凌駕する12人がついに赤鼻と激突する!


7


―――なんなんだ?今回は…


サタンクロースは困惑していた。

冒険者の戦い方が、今までと比べて、余りに違いすぎる。

今までならば、もっと冒険者は苦戦しているはずだった。

無論、今までも最終的にサタンクロースは負けて来てはいた。

だが、今回は…


―――魔界最強の将たる俺たちが…この程度の数の冒険者に押されている、だと?


余りに、敵側の被害が少なすぎた。

今までならば、もっと虐殺的な戦いが繰り広げられていた。

待ち構える1,000に届きそうな数の冒険者たち。

それを次々と蹴散らしていくのが、いつもの戦いだった。


―――いつもなら、この時点で300は仕留めているはずなんだがな。


今回撃破した冒険者は…わずか10人に満たない。

おまけに撃破したと言ってもあくまで『死んだだけ』

倒れた直後に仲間の癒し手により蘇生を果たしており、全体の戦力は殆ど落ちていない。

そもそも戦闘に参加している冒険者の数は、100をきる。

そんな状況にも拘らず…サタンクロースは、おされていた。


―――仕方ねえ。俺が直々に…


ばらけさせられ、苛烈な攻撃に悲鳴を上げる魔獣(ペット)に加勢をするべく、

巨体を揺らして歩き出した…そのときだった。


―――Fucking shit!?舐めやがって!ガキが!


魔獣の1頭を叩き斬り、僅か12人で突っ込んでくる冒険者の一団を捕らえ、

サタンクロースは立ち止まる。

単独でも50人の冒険者と対等に渡り合えるサタンクロースを侮るような突撃を見て、

サタンクロースは怒りに震える。

そして、その場に立ち止まり、その一団の戦闘を走る剣士に自慢の鞭を渾身の力を込めて

振り下ろす!

轟音と共に、鞭が先頭を走る剣士に命中する。そして。

「…っはは!予定通りだ!」


サタンクロースの鞭を受け…

最大HPの3割を一撃で失いながら、盗剣士“惨殺”キリヤは笑う。


「…ったく、あいっかわらず無茶な戦い方しますね。〈D.D.D〉の厨二並じゃないですか」

この世界でも相変わらず過ぎるキリヤを見て、結界魔法を掛けながらその無茶に

苦笑いを浮かべるのは、昔取った杵柄によりキッチンやまもとの店番から

戦闘部隊の小隊長へと昇格した神祇官、ローズリーフ。

「さすがキリヤだ!死に掛けになってもなんとも無いぜ!」

「よ~し、しっかり攻撃引きつけろよメイン盾!」

「そういやあいつ、この戦いが終わったらシブヤに速攻帰って

 おっぱい大きい嫁さんとデートするんだとかぬかしてたぞ」

「マジで?やっぱそのまま死ねキリヤ」

仲間たちも相変わらずだ。

軽口を叩きあいながら、油断無く攻撃のタイミングをうかがっている。

ホネスティの部隊と組んで魔獣と戦っていた時はまだ“定石どおり”だったのだが。

どうやら昔の血が騒ぐらしい。


大災害後、様々な理由でシルバーソードを脱退した冒険者6人で編成された銀剣部隊。


それが、今年最初にサタンクロースの魔獣を仕留めた部隊の正体であった。

「うっわあ…回復させなくていいんですか?キリヤさん、HP真っ赤ですけど」

先ほどのサタンクロースの一撃で、残りHPが20%をきったキリヤに、

たまたま同じチームになった小隊の隊長、ホネスティのセシルが尋ねる。

「ああ、大丈夫です。シルバーソードでは良くあることですから」

その問いかけに朗らかに笑いながら、ローズリーフは答えを返す。

「あれも作戦のうちです。

 うち(シルバーソード)では『赤壁(レッド・クリフ)』とか呼んでましたね。

 生命調整面倒臭いのと、短期決戦にしか使えないので、

 普通の守護戦士の壁の方が楽なんですけど…今回うちの部隊戦士いませんから」

「レッド・クリフ…赤壁の戦い?」

「超語感だけですけどね」

セシルに答えながらローズリーフは肩を竦める。

この手の無茶こそがシルバーソードの真骨頂。

大学時代、未だ弱小だった頃から変わらぬギルドの性格を懐かしく思いながら。


シルバーソードは『若い』ギルドである。

何しろリーダーだったウィリアムからして未だ10代だと言う噂もあるほどだ。

そんなギルドなためか集まった冒険者は大半が高校生や中学生。

数年前はローズリーフのような就職を控えた大学生すら珍しいほどだった。

その若さゆえの柔軟な発想と、正攻法では経験と装備資産に勝る古参相手に勝てない。

そんな認識がシルバーソードに博打まがいの様々な奇策や定石外しを生み出させた。

赤壁(レッド・クリフ)もその1つである。


赤壁とは(タンク)…敵の攻撃を一手に引き受ける役を『盗剣士』に任せる戦法である。


盗剣士は武器攻撃職の中では最も防御力に優れ、

更に回避系スキルもあるので壁にもそれなりには向いている。

そう、それなりに、だ。

本職の戦士職に比べれば、どうしても体力や防御力と言った壁としての性能には劣る。

それに、もう1つ、重要な問題がある。

盗剣士には壁を壁たらしめるスキル…挑発(タウンティング)スキルが一切無いのだ。

これではひたすらにヘイトを稼ぎ、アタッカーが全力を出せる状況が作れない。

故に、壁は戦士職。彼らがひたすら挑発を繰り返しヘイトを稼ぐことで

アタッカーやヒーラーに攻撃を回させない。

それが定石だ。


それを覆すのが赤壁である。


盗剣士が壁を努める上で問題となる、挑発スキルがないと言う問題。

それを補うのは…圧倒的な火力。

火力特化職であるが故に耐久力は低めに設定されている暗殺者や妖術師を上回る

攻撃力を叩き出す盗剣士の壁役がいれば、ほとんどダメージを発生させない、

防御に徹する壁役を用意するより更に早く敵を仕留められる。

シルバーソードは、そう考えた。

「ふう…ローズリーフさん!あとそっちの…ローザとか言う人!援護よろ」

そう言うと、息を吸い込んでキリヤは赤壁を成立させるためのスキルを使用する。


「…〈赤い靴〉!」


攻撃速度を速めることで爆発的な攻撃力を得る、盗剣士にとっての奥義。

その効力は極めて強力で、発動中は他の火力特化職に匹敵する攻撃力を出せるが…

残りHPが最大HPの20%を下回らないと発動できない、まさに最後の切り札。

赤い靴のエフェクトであり赤壁の名の由来となった赤い光を纏い、キリヤは切りかかる。

凄まじい勢いで攻撃スキルを連発し、格闘家並の連続攻撃(コンボ)を作り出して

サタンクロースを削っていくさまは、まさに獅子奮迅。

その攻撃に、完全にターゲットをキリヤに絞ったサタンクロースが反撃を加える。

鞭を振り上げ、叩きおろす。

ただそれだけだが、残りHP20%のキリヤではまともに喰らえば一撃で即死するであう一撃。


だが、攻撃は届かない。


キリヤの前に現れた、光の壁がサタンクロースの攻撃を阻む。

攻撃力の大半を光の壁に吸い取られ、サタンクロースの一撃はキリヤに

僅かなダメージを与えるに留まった。

「まあ、“突貫”とか元茶会組とかの超一流(ばけもの)と比べられると困りますが、

 私もこれで元シルバーソードなので…」

最前線で壊れたように攻撃を繰り返すキリヤを見ながら光の壁の操り手…

元シルバーソードの古参神祇官、ローズリーフは壁を張り直しながらすまして言う。

「ローザさんはとにかく結界魔法優先でお願いします。

 対象はアレで。回復は私にお任せを」

ホネスティのヒーラーに指示を出し、今度は回復魔法を詠唱。

…回復させすぎないよう、慎重に使う魔法を選ぶ。

「んじゃ、やりますかね…他の部隊が来るまでの時間稼ぎにもなりますし。

 …あ、それと、セシルさん、今のうちにヘイト稼いどいてください」

「え?」

シルバーソード屈指の剣士の暴れっぷりを呆然と見ていた

セシルがローズリーフの方を向いて声を上げる。

その声に、ローズリーフはキリヤの結界の状態と残りHPから目を離さず、言葉を紡ぐ。

「赤壁って生命調整しててもあんまり持たないんですよ。主にMPの問題で。

 私の知るキリヤの性能だと、多分3分くらいでガス欠しますから、

 その後の引きつけは、頼みます」

多分5分もあれば他のどこかの部隊が魔獣を仕留めて続くだろう。

そう考え、ローズリーフは戦況を見極める。


神祇官は冷静な判断力が求められるクラス。


最前線から引退し、上司が経営するアキバの薬屋の店員となった今もなお、

一流の神祇官であるローズリーフの実力は衰えてはいなかった。


8


黒剣騎士団とハリウッド組のタッグチームと赤鼻との戦いは、佳境を迎えていた。

「ふむ、あと少しだな…〈ソーンバインド・ホステージ〉」

今夜何度目かになる、クリストファーの呪いの茨が赤鼻にまとわりついたその瞬間。

「サンクス!クリストファー!…〈ツイン・スラッシュ〉!」

「おっと!黒剣の武士としては負けてられないね!〈鷹の一閃〉!」

「あと少しです!みんな、頑張って!〈飛燕の構え〉…〈縛鎖拳〉!」

「おらおら!一気に行くぜ!くらえや!〈ホーリー・スマイト〉!」


―――グォォォォ!


その茨は息のあった2つの小隊が放った怒涛の連続攻撃によって一瞬で弾け飛び、

赤鼻の残り少ない体力を奪っていく。

戦いが始まって7分。

既に赤鼻は満身創痍の状態まで追い込まれていた。そして。

「…今です!阿国さん!とどめの一撃を!」

動きを鈍らせるセガールの〈縛鎖拳〉にあわせるように逃げられないよう

〈ニーブレイク〉を叩き込んだユーミルが、瞬時に赤鼻の残り体力を確認し、声を上げる。


「ああ、任せときな!」


その声を受けて、黒剣騎士団きっての火力馬鹿(ストライカー)

阿国は最後の引き金に手を掛ける。

(やれやれ。こんなにド派手なのは久方ぶりだね)

予感を感じながら、阿国は頬を緩ませる。


冬の魔物であるが故に炎が弱点属性に設定されているモンスター。

ハリウッド組の吟遊詩人の〈マエストロ・エコー〉と付与術師の強化魔法。

二次元が呼んだ〈誘歌妖鳥〉の攻撃力強化の呪歌。

属性強化、魔力圧縮、次回使用の攻撃魔法の強化…

この戦いが始まってから地道に重ね続けた数々のエンハンススキル。

ここまで条件が整った魔法が撃てることは、通常ではまずありえない。

(んじゃ…一発、行きますか)

そして、今まで積み上げてきた結果を解き放つ。


「派手にかますよ!…〈原初の炎球(プリミティブ・ファイヤーボール)〉」


それは派手に、と言った割には地味なエフェクトの魔法であった。

色は白、大きさはピンポン玉ほど。

軽く放られたボールのような速度で、放物線を描いて赤鼻へと向かう。


命中率は最低、発動速度も最低、累計消費MPは4桁に達し、

外せば次を撃つのに多大な時間を要する。

そんな数々の欠点を含んだその魔法が、目の前の挑発を続ける守護戦士(あいかた)

完全に意識を向けた赤鼻に着弾し…


―――グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!


天まで届きそうな光の柱と化して赤鼻を包み、ただの一撃で全てを焼き尽くした。

「っし!一撃必殺!」

凶悪過ぎる威力にたまらず倒れた赤鼻を前に、阿国はガッツポーズをとる。

欠点を全て『破壊力』に変換した阿国の…

ヤマトでも屈指の“砲台”妖術師の放つ必殺魔法。

その一撃は、阿国自身の予想すら越えた、大ダメージを与える威力に達した。

「ふぅ…やっぱりすごいですね。黒剣騎士団は」

今のこの場で2番目に厄介なモンスターが沈黙したのを確認し、

セガールは少しでもMPを回復させるべく、戦闘状態を解除する。

「みんな、5分間だけ休もう!…アトラスさんもそれでいいですか?」

「おう。このまま行っても他の連中の足手まといだろうしな」

セガールの提案に、黒剣騎士団の部隊も賛同する。

どちらの部隊も赤鼻を仕留めるための戦いで大分消耗している。

今、このままロクに回復せずに突っ込んでも、サタンクロースに返り討ちにされるだけ。

それが分かっているが故の選択だった。

「イエー!MP回復速度アップの歌はっと…」

「ダメージ受けてる人は集まってください!〈癒しの聖域〉使いますから!」

慣れたもので、早速とばかりに回復体勢を取り出すハリウッド組若手が回復に動き出す。

「…おおう。あっちも頑張ってんな」

遠目に戦況を見て、アトラスが呟く。

「…はい。早く行かないと、参戦する前に終わっちゃうかも知れませんね」

セガールもMPの回復に努めながら、言う。


((これは…勝ったな))


2つの部隊の隊長は、奇しくも全く同じことを考えていた。


9


―――どうやら今回ぁ、俺の完敗のようだな。


幾たびも冒険者との戦いを繰り広げてきたサタンクロースは、

魔界の将軍として鍛え抜かれた戦術眼で、自身の完全な敗北を悟っていた。

当初、僅か12人だった冒険者たちはすでに50人近くまで膨れ上がっていた。

いつもであれば、たかだか50人の冒険者くらい容易く蹴散らすのだが…

まるで1つの生き物のように蠢く冒険者の群れが相手では勝てる気がしなかった。


―――まったく、今回は一体どうなってやがるんだ?


サタンクロースと冒険者の戦いは今回で15回目。

その全てに負けてきたので、負けることそれ事態は珍しいことではない。

だが、今回の冒険者は、偉く強かった…否、賢すぎた。

いつもの戦いの冒険者が『獣』だとすれば、今回の冒険者は『軍』だ。

サタンクロースは徹底的に壁に阻まれ、魔法による縛めを受け、

弓矢と魔法、そして刃にさらされ続けた。

生き残った魔獣も残り少ない上に瀕死の重傷を負っている。

自身の魔獣でも最強の1頭だった赤鼻も、ついさっき凄まじい炎に焼き尽くされた。

体力にはまだ余裕があるが…ここから逆転する目が見えない。


―――まんまと足止めを喰らったのが、まずかったか。


足止め。

そう、あれは足止めだった。


凄まじい勢いで斬りつける、赤い光を放つ剣士。

その怒涛の勢いが止まったのは、5分後だった。

あの後、勢いが止まった剣士を踏みつけることでようやく仕留めた

サタンクロースは剣士の傍らで小うるさく叫んでいた騎士に攻撃を開始した。


それが失敗だった。


盾を構え、防御に徹する騎士。

その壁に遮られ、後ろで攻撃を繰り返す冒険者に攻撃が上手く届かなかった。

更に貧弱な騎士であるはずの冒険者は後方の癒し手の力でサタンクロースの猛攻を、

辛くも耐え切った。

そうして攻めあぐねているうちに続々と魔獣を仕留めた冒険者達が

サタンクロースに殺到し…


―――Fuck!


動き出した新手の冒険者が、よりにもよって赤鼻を仕留めた連中であることに、

サタンクロースは内心毒づく。

また、負けの方に天秤が傾いた。


サタンクロースがセルデシアに降り立つ目的である子供たちの絶滅は、

どうやら今回も失敗したようだ。

それを悟りながらも、サタンクロースは鞭を振るう。

逃げることなど考えない。

本質を滅ぼされることは決してない不死身の悪魔は、最後まで戦いを捨てることはない。


10


かくて戦いは終わった。

サタンクロースの撃破報酬…

最後に残った袋につまったアイテムが、戦闘に参加した冒険者に分配されていく。

魔法級、秘宝級のアイテムが無数に詰まった袋の中身を戦闘での功労に応じて配っていく。

目の前で繰り広げられる『オークション』を見ながらたまきちはほっと息を吐いた。

「終わりましたね…」

「ああ、勝ったな」

グンソーの言葉に頷く。

『サンタスレイヤー』はとりあえず最大の難所を乗り切った。

出現したサタンクロースは見事撃破された。

倒された冒険者も既に蘇生を遂げ、戦いは終わりを告げた。

「もっとも、俺たちの仕事は、これからだがな…」

そう呟きながら、たまきちは戦闘に参加したアキバの冒険者とは別の、

期待に満ちている一団に目を向ける。

「な、なあ…サタンクロースは倒されたんだ。だったら…」

希望に目をぎらつかせた冒険者の男に尋ねられる。

それにたまきちは1つ頷き、用意していた答えを返す。

「はい。作戦は成功しましたので…報酬をお支払いします。

 ここから3日ほど離れた港に、バルバトス行きの船が来ますのでそちらにご案内します」

歓声が上がる。

ウェンの大地の『後詰め』冒険者たちが、抱き合い、自らの幸運に感謝する。

人種も年も性別も関係ないその光景を見ながら、たまきちはふぅ…とため息をついた。

(まったく…集めすぎだ)

アキバ円卓会議公認クエスト斡旋人山本。

何をやって集めてきたのか、彼が集めてきたウェンの大地の冒険者は、1,000人近い。


これなら、普通にサタンクロースと戦った方が楽だったのではないか。

そう思いながら、たまきちは動き出す。

(糧秣と…ああ、後は護衛も何人かいるか。後は…)

喜び一色に包まれる周囲をよそにたまきちの表情は堅い。

当然だ。何しろたまきちの仕事はこれから。


1,000人の冒険者を、無事バルバトスまで送り届けること。


新たに発生した任務に、たまきちは動き出す。

クエストは、無事に帰るまでがクエストなのだから。


11


かくてサタンクロースが撃破され、つつがなくクリスマス当日を迎えた日の昼のこと。


ヤマトの南方、ナインテイルの片隅。

小さな国がひしめき合うその地域にあるエルフの国で、

『ヒゴの三剣士』と呼ばれる、凄腕の剣士たちが宴の準備をしていた。


そのうちの1人、バッチリと青いドレスを着込んだ『速の剣』の異名を持つ

狼牙族の暗殺者アユカは、仲間の男子2人の様子にはぁ!?と驚きの声を上げた。

「ちょい待ち。あんたらなんなのその格好!?」


「「え?」」


その声に驚いてアユカの方を見るのは、剣士の残り2人。

いつも通りの、迷彩柄に染めた上下と甲冑に身を包んだ

エルフの森呪遣い『知の剣』ヘイタと、

ロングコーストに天神小冒険部の4人で遠征した時に買った、

アキバ製のジーパンとセーターの上からブルゾンを重ねた

ドワーフの守護戦士『力の剣』コウスケ。


若干12歳の小学生男子2人は不思議そうにアユカを見る。

「え?いつも通りだと思うんだけど…」

「そうそう。ちょっとお城でメシ喰うだけなんだし、いつも通りでいいじゃん」


「よくないわよ!」


分かっていない男子2人に、思い切り言葉を叩きつける。

「いい!?今日はお城でパーティーなのよ!?

 それにそんな格好で出ようとか、ばっかじゃないの!?」

間違いなく女は勿論男もそれなりに着飾ってくる。

この国の王様に招待されるような人ならば、なおさら。

その中に、仮にも『国賓』である2人が今の格好で出たら。

笑いものになるのは火を見るより明らかだった。


「だいたい、昨日モニカが届けてくれたでしょうが!?

 ちゃんとサイズぴったりの奴!そっち着なさいよそっち!」

招待した方も分かっていたのか、3人にちゃんとした服を持ってきた。

セルデシアではかなり高級な品に分類される、子供サイズのドレスとタキシードを。

「え~、だってあれ動きづれえよ」

「そうそう。それに防御力とかも…」

ごちゃごちゃと反論しようとする馬鹿男子2人を据わった目で見ながら、アユカは言う。


「い・い・か・ら・き・が・え・ろ」


これ以上ごちゃごちゃ抜かしたら問答無用でぶっ刺す。

目が、そう語っていた。

「「…はい」」

長い付き合いでそれが分かったヘイタとコウスケは素直に頷き、着替えを始めた。


そして、2人も着替えが終わり、後は迎えの馬車を待つだけとなってから。

「にしてもよー。こっちでもクリスマスパーティーやれるとは思わなかったな」

着慣れないタキシードにそわそわしながら、コウスケが2人に言う。

「確かに。モニカに感謝だね」

そう、今回のパーティーは、クリスマスパーティー。

表向きは1年が無事終わったことを感謝する宴と言うことになっているが、

実際はクリスマスパーティーだ。


きっかけは、3人にとって共通の友人でありエルフの姫君たるモニカの会話だった。

向こうの風習に、クリスマスと言うものがあり、毎年楽しみにしていたと聞いたモニカが、

3人に感謝の意味を込めて企画してくれたものだ。

「本当にね。お城でパーティーなんて、こっち来た頃は思ってもみなかったわ」

聞いたところによると、この『クリスマスパーティー』は盛大にやる予定だと言う。

南の国から伝わってきた珍しい『ニホン料理』が出たりダンスがあったりするらしい。

今年は楽しいクリスマスになりそうだ。

故に心残りはただ1つ。


「「「クリスマスプレゼントが無いのは残念だけど」」」


3人の声が揃う。

そう、彼らもまだまだ小学生。

年に一度のプレゼントは、毎年楽しみにしていた。

「あ~、やっぱプレゼントないのは、残念だよな」

「ね。まあお金なら沢山あるから、買おうと思えば好きなもの買えるんだけど」

「やっぱり誰かから貰うプレゼントはなんか違うよね」

3人がそれぞれの想いを言う。

そのまま自然と3人の会話は続く。


「そういやよ。お前等サンタって何歳まで信じてた?」

コウスケがふと思いついたように聞く。

「サンタか…」「サンタ、ねぇ…」

その言葉にコウスケも含めた3人は遠い目をする。

「…私は、2年生くらいまでかな…

 サンタさんに会いたいって布団被って寝た振りしてたら、

 パパが枕元にプレゼント置いてくの見ちゃってさ…子供心にショックだったなあ」

「え~、そんならいいじゃん。俺なんてアレだぜ?

 小学1年の頃、父ちゃんにあっさりネタ晴らしされた上に、

 『お前が欲しいプレゼント買ってこい。俺は最近のオモチャのことはよく分からん』

 っつって金渡されたんだぜ?」

「…俺は5歳の頃だったなあ。

 父さん、普通じゃつまらないからってマンションの屋上から

 ラペリングでベランダに降りて、窓から入ってきたらしくてさ。

 それで母さんと危ないだろって喧嘩になってるの聞いちゃって…」

それぞれに苦い顔をしてサンタの思い出を語る。

クリスマスとサンタ。

子供がその正体を知るとき、それは大人の階段を1つ昇るとき。

3人はとうにそれを越えていた。

「…こうして聞いてみると結構すぐにバレてるもんだな」

「まぁ、サンタさんが~何て本気で信じてられるのは低学年までよね普通」

「そうそう。3年生辺りになると友達が普通にバラすしね」

ひとしきり共通の話題で盛り上がる。

それくらい、暇だった。

「…あ、でも私、信じてる振りはしてたなあ」

「あ、それ俺も」

「え?マジで?」

2人の意見に親自身からネタ晴らしされたコウスケが驚いた声を上げる。

「うん。バレバレだけどさ、それでも隠そうとするからね。親って」

「そうそう。なんていうのかな…

 大人って、子供にはいつまでも子供で居て欲しい、みたいなところあるから」

ヘイタとアユカは大人びた顔をして呟く。

「へぇ…そういうもんか」

「うん。そういうもんだよ親って」

「そうそう。そんな感じ…子供だって、いつまでも子供なわけじゃ無いのにね…」

3人は少ししんみりする。

もう半年以上会っていない、親の顔を思い浮かべて。

「…っと。いつまでも辛気臭い顔してられねえな」

「…うん。そうだね。こんな顔してたらモニカが余計な心配するだろうし」

「…そうね。よし!気を取り直して今日は楽しみましょ!

 ちょうど馬車も着たみたいだし!」

それを振り払うように3人は笑い、ヒゴの城からの馬車を迎える。

今日を楽しく生きるため。明日も楽しく暮らすために。


…今日は特別な日


地球の裏側で行われた死闘のことなど、ヤマトの殆どの人間が知らぬまま。

クリスマスがセルデシアの大地に訪れた。

以上です。


今回のお話はある意味お祭り企画。

てなわけで過去最多の冒険者数でお送りしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サンタとサタン…… それにしてもなんと殺伐としたクリスマスでしょう。 なんだか、現実でも人知れず頑張ってくれてる人がいるような気がして、別に誰にとは言いませんが応援したくなりました。 面…
2013/06/05 14:31 退会済み
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[良い点] サンタみな殺すべし [一言] 慈悲はない
[一言]  サンタクロースならぬサタンクロースとは、恐れ入りました。同名の映画も面白そうです。ところでサタンクロースは「いつもの戦いの冒険者が『獣』だとすれば、今回の冒険者は『軍』だ。」と呟いています…
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