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何気ないSS

作者:

 

 たまたまの通りすがりの人間に、

「寂しいところだよね」

 と陰口を叩かれるほどに閑散としている商店街は昔は繁盛していたそうだが、太陽と月が幾度と回転するうちにシャッターだらけ。灰色と赤錆。むかしは『あまり日差しが強くなくて助かるわ』、などと商店街の良い面としてみなされていた日陰も、今では閑古鳥が鳴く商店街の寂しげな雰囲気をより強調してしまっている。

 今にもなくなってしまいそうな、シャッターだらけの商店街。

 また一つ、シャッターが永久に降りてしまいそうなお店が……赤字で経営難、魚屋の主人はしかしまったく疲れた様子も見せずに店先に立ち、「らっしゃー」と大声でうるさいほど騒がしい。

 魚屋主人の奥さんが、奥から声をあげる。

「もうやめとくれよ、みっともない」

 魚屋の主人は、「ら……」と閉口し、首をかしげて奥さんのほうへと身体ごと振りむいて尋ねる。

「なんで、魚屋の主人が客を呼ぶ声をあげて、みっともないってんだ」

「みっともないから、みっともないんだ。あんたは長年魚屋の主人をやっているのに、まわりからこのお店がどういう風に見えているのか、わかってないんだ。だから、みっともないってんだよ」 

「しゃらくせえ! みっともない、みっともないって。お前は、何様だ」

「……」

「そこは、奥様、と言えよ!」

 奥さんはそこまで聞くと鳥肌が立ったかのように背筋をゾクッとさせて、

「おお、寒い寒い」

 と言いながら、より奥へと入っていって、お茶を飲みにいったのだろうか出てこなくなる。

 ひとり取り残された魚屋の主人は、顔を真っ赤にして一人叫んだ。

「ちくしょう!」



                      ◆◆◆



 魚屋の主人は気分があまりに悪くなったので、店を閉めると、着ている魚の匂いの染み付いた服装もそのままに、お天道様の下で気分を転換しよう、という腹づもりだったが、

「なんだ、雨か」

 天気が悪くなってきた。先ほどまでは太陽のその日差しが、実に爽やかに眩しかったものだが天候は急転してしまってパラパラと雨。大雨ではないが、魚屋の主人は二階の窓際に自分の布団を干しっぱなしだったことを思い出したので、小雨であっても憂鬱とした。

 傘だってない。酸性雨だったら頭皮に雨が染み込んでハゲてしまうのではないか。

 頭を手の平で優しくさすりながら、傘屋で傘を買おうと思ったが、去年にシャッターを閉めたのだったと思い出してうんざりする。仕方ない、コンビニで買おう。

 小雨の中、パラパラと降り注ぐ小雨がなるべく頭皮に注がれないよう両手で必死に傘を作って保護シートのようにハゲの進行を防ごうとする魚屋の主人であるが、やや風が出ているのか、斜めから降り注いでくる小雨はパラパラパラパラと主人に、主人の頭皮に、いやらしく襲い掛かってきて主人はさまざまな憂鬱な思いも元々抱えている内面を、より憂鬱にさせてしまって、憂鬱によって発生する弱気を防ぐためにイライラという怒りへと変換しようと思うのだが、やはり憂鬱は憂鬱であって憂鬱だった。

 魚屋の主人は憂鬱極まりない心情のまま、コンビニに入って、傘を買おうと思ってビニール傘がたくさん刺さっている所を見ると、なぜかそこに金属バットが一つ。

 なぜ、金属バットがあるのだろう。

 理由もわからぬまま、だがいつのまにか魚屋の主人は傘ではなく、金属バットをレジに、どん、と真横に置いていた。

 得意気な顔をして金属バットを購入した魚屋の主人であるが、ふと向かい側にいる縞々模様の制服をきたコンビニ店員の顔を見ていると、

(どっかでみたことあるな、この顔) 

 と気が付いてハッとする。

 ハッとして見とれていたら、店員と視線が合ってしまい、気まずくなったので、慌てて目線を反らしたところで値段を告げられたので、小銭を置いて、金属バットを手に握り締めて、袋にも入れてもらわず、コンビニを意気揚々と出て行ったら、丁度小雨がやんでいた。

「ちっ、なんだよ。雨やんでんじゃねえか」

 といいつつ、手に握っている金属バットを傘の要領で開こうとする動作をしてしまうのだが、当然、金属バットは傘ではないから、開かない。

 魚屋の主人はあり得ない自身の馬鹿げた失敗に憤慨し、顔を真っ赤にしつつ、金属バットを今にも鬼が持つ棍棒のように振り回さんとする様子で、シャッター商店街へと帰る風であった。

 金属バットを持ってとぼとぼ歩いていたわけだが、ふと気が付く。

(あのコンビニの奴は、サッカー選手にどことなく顔が似ていたのだ。そうだ、サッカー選手だ)

 と、コンビニ店員がサッカー選手に顔が似ていると気が付くが、名前が出てこない。

(誰だっけな、あのサッカー選手の名前)

 わからぬまま、魚屋の主人はコンビニの駐車場を後にして、信号を渡ると、電柱柱に貼ってあるポスターが丁度そこにあるので、視線を向ける。

 だがそこに貼ってあったポスターは野球選手であった。

 魚屋の主人は、思い出せねぇなあ、と感じながらそのポスターを通り過ぎて商店街へととぼとぼ帰っていくのだが、ふと足が止まる。

 で、ポスターに貼ってあった野球選手のフォームを真似して、片足をあげたままの一本足打法をやってみようとしたのだが、すぐにふらふらしてしまい、

「おっとっと」

 とけんけんしながら、ふらついて金属バットを杖変わりにしてコンクリにガキンと先端をぶつけると、金属バットの振動が強く手の平に伝わって、骨に心地よかった。



                      ◆◆◆



 ついにサッカー選手の名前を思い出すことはないままシャッター商店街に戻ってきた魚屋の主人は、先ほどの金属バットのせいで、骨を痛めたとわかった。

 日焼けしているニの腕が、赤黒く腫れていて、ぼこっと凸に突き出てしまっていて、触れればピリッと痛みまである。

 下手なことはやるもんじゃねえな、と思いつつ自分の魚屋の前にまで戻ってみれば、自分の妻と近所の肉屋の奥さんが噂話をしているのが目に入った。

 いつものことなので気にもかけず、雨に降られたり腕を痛めたりでうんざり疲れた魚屋主人は、裏口から自宅にはいって休憩しようと足を進めていたが、その背中に妻の声。

「あんた、泥棒がいるんだってさ!」

 魚屋主人は足を止める。そして顔を真っ赤にしながら、奥さん二人のほうへ身体を振り向かせた。

「ど、泥棒だとぉう……?」

 怒りに打ち震えながら魚屋の主人は二人に詰め寄るようにして近寄る。元来、泥棒という存在が虫唾が走るほどに憎々しく思っている主人が”泥棒”という言葉を耳にすれば、怒涛たる感情を抑えることはできないのだ。

 二人の話を聞くところによれば、泥棒は素早い手付き、何気ない通行人を装って、ひっそりと品物を奪っていくのだという。ほぼ毎日。しかも買い物をしつつ、盗みを働いているのではないかと推測されているらしい。

 毎日この商店街で買い物をしている人物といえば、そう多くは無い。閑散としているこの商店街で毎日買い物をしてくれている常連の、貴重で大切なお客を疑うのは魚屋の主人としても、あまり好ましいことではないが、その中に紛れて一人いる憎々しい憎悪すべき悪を検挙するためには、仕方ない。せめて不愉快に思わせないよう、何気なく彼らの様子を観察していればいい。

 怒りに震えながらも、魚屋の主人、思考は冷静であった。

 そっから数日、日々、常連を観察。

 本当にいるのか、と思えるほど、なかなか尻尾を出さない。

 それでも「らっしゃー」と言いつつ、魚屋の主人は、ギラギラと生きた魚の目で眼光をするどく光らせる日々を送っていて、魚屋の脇には何気なく金属バットが置いてあるのは、犯人と格闘するに備えてである。

 そして、ついに尻尾を掴んだ。はっきり、目撃した。

「あ、あなただったのか……」

 戸惑いつつも、魚屋の主人は金属バットを手で強く握り、

「らっしゃーせー!」

 と気が付いていないフリを声だけでしながら、走って犯人へと迫っていく。



                      ◆◆◆


 

「お、俺はかなしいよ。この商店街との信頼関係を築けているお客さんだと思っていた……」

 背後からの奇襲によって、商品を持っているほうの手を完全に掴み取ることに成功した。そのお客さんは普段から魚も良く買ってくれる、近所に住むおばあさんであった。

「金が無かったんじゃ……辛くてつらくてひもじくて……」

 そんな言い訳は聞いてられないと、怒りで顔が真っ赤な魚屋の主人は思う。

「とにかく、こっちに……」

 とおばあさんを引っ張ろうとしたその瞬間である。この前金属バットで痛めた方の手でおばあさんを捕まえていたのがアダになり、捕えていた手が無理矢理に振り解かれたかと思うと、

 おばあさんが、自由になったその手で、手に持っていた商品をおもいっきり、投げた。

 半円を描くようにして弧を描いた商品は、そして、地面に落ちるかと思えば、颯爽と風のようにどこかから現れた若い風貌の青年が、それを掴み取って逃げ去っていくではないか!

「あっ!」

 あまりの事態に一瞬怒りを忘れて呆然とした魚屋主人であるが、すぐに気を取り直して「このばあさんから目を離すなよ!」と騒ぎを聞きつけて集まってきた人々に告げると、その青年を金属バットを持って追いかけ始めた。

 炎天下の中、商品を握った青年と、金属バットの魚屋主人。

 若い方が体力があると考えれば、当たり前のようにスポーツマン風の若者が有利に決まっていたのだが、怒りを身に宿した一心不乱の魚屋の主人には、鬼気迫るものがあった。

 実際に鬼が憑依しているかのようだった。

 一度背後に振り向いた青年は、金属バットを持った魚屋の主人が、本当に赤鬼のように見えた。棍棒を持った鬼。ひっ、とうめき声をあげて前に振り向いたら、ちょうど電信柱があって顔面から直撃してしまい、青年は商品をぼとりと落として地面に突っ伏した。

 だがすぐに起き上がり、青年はタイムロスがありながらも、またすぐに魚屋の主人との距離を開いていく。

「しつこい奴だ!」

 そう怒りの声を上げながら、魚屋の主人はしかし気合で走る速度を向上させると、自分が魚になったような気分を漲らせた。俺は、カジキマグロだ。

 魚屋の主人の速度が急上昇する。

 一気に距離を詰めて、そしてハッと閃いた手段。金属バットを背後から放り投げて、青年の足を足払いのような感じで掬い上げた。網で掬い取られた魚のように、青年はスッテンコロリと地面にまたも転がってしまい、今度はもう体力が尽きたせいか起き上がらなかった。降参。

 そして魚屋の主人は、青年の顔を見て、あ、コンビニの店員の顔に似てると思った。

 つまりサッカー選手の顔に似ていたのである。

 そして息を弾ませながら、サッカー選手に似ているその顔をまじまじ見ている内に、ついに名前を思い出した。そのサッカー選手の名前は、

「らっしゃーせーだ!」

 らっしゃーせー、ラッシャーせー、ラッシャー瀬田。

 ラッシャー瀬田という名前だった、と思い出した魚屋の主人。

 名前も思い出し、犯人も捕まえて、天気も晴れている。

 商店街に戻った魚屋の主人は、

「らっしゃーせー、らっしゃーせー」

 と機嫌も良いままに、今日も明日も声を張り上げる。

 らっしゃっせーと叫ぶたびに、ラッシャー瀬田の顔を思い出してしまう魚屋の主人は、ラッシャー瀬田のチームのファンになり、ラッシャー瀬田の活躍に期待しながら、サッカースタジアムで観戦したときも、魚屋の時と同じ叫び声で、彼と彼のチームを応援する。

「らっしゃーせー!」

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