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短編 『日常の魔法』

作者: 芙美


 故郷から遠く離れた土地で暮らし始めて、どれくらい経っただろう。

 いつまでたっても友達も恋人もできず、休みの日にはよく一人で散歩をした。

 今日もそう。良く晴れたこんな日は、どこまでも歩きたくなる。

 私は歩くのが好きだ。自分の力だけで、自分を遠くへ連れて行く。少しずつ変わる景色を楽しむのが好きだ。知らない家のつくりや前に咲く花を勝手に楽しみ、近所の人間しかこないような小さな公園の端に座り本を読むのが好きだ。ごった煮のようなお店の、いつのものかわからないような商品を買うのも好きだ。

 さあ、どこに行こう……なんて考えても意味はなくて、結局はいつも通りの気ままな散歩になるだろう。それをわかっていても何かに期待して、考えてしまう。

 起きたばかりの私は、淹れたばかりのコーヒーを飲みながらぼんやり空を眺めた。窓から入るゆるやかな風がカーテンを揺らし、自由に動き回って部屋の中をざわめかせる。

 外は明るい。今日はきっと歩くのが気持ち良いだろうなあ。

 私はパンとサラダとスープで朝食をすませて、お昼に食べるたまごのサンドイッチを作った。

 出る用意をすませて窓の外を見ると、アパートの横を流れる川が、朝日にキラキラ輝いてまぶしい。川沿いに並ぶ桜が陽を浴びて白く光って見える。

 広がる光景に私は目を細め、一度大きく伸びをして家を出た。


 家を出て、やはり私は当てもなく歩いた。そして時々休んでは本を読み、気が向けばまた歩きだす。

 そのうちおなかがすいてきて、時計を見るともう十二時半。そろそろご飯を食べることにする。

 少し歩くと公園があったので、中に入った。木陰でシートを広げてのんびりご飯を食べようと思ったのに、人が多くて見つからない。どうやら花見の集まりで、公園はいっぱいになっているようだ。

 公園の中は楽しげで、入り込めない雰囲気だった。

 笑い声や歓声や嬌声がひっきりなしに聞こえていた。

 その中でぽつんと一人、シートを広げる私を思い浮かべる。なんだか、居た堪れない。

 私は諦めて、公園を出た。

 公園を出てすぐの、出入口付近にベンチが見つかった。桜も何も周りにない、誰にも見向きもされないような、ひっそりとした場所だった。

 落ち着いてご飯が食べられる場所が見つかったことに安堵し、腰かけてサンドイッチを頬張った。

 遠くで笑い声が聞こえる。

 私は楽しい気分から一転して、沈んだ気持ちになっていた。

 寂しいんだろうか。うらやましいんだろうか。

 そんなことない、と思いたかった。そうだとしても、きっとそれを認めたくないのだ。何故だろう。

 もやもやとした気持ちに、首を傾げる。

 とりあえず、サンドイッチが今日は上手く出来た。とてもおいしかった。

 それでいいや。

 ということにして立ち上がる。

 


 私は歩き続けた。

 なだらかな坂を上って、古本屋や雑貨屋が並んでいる通りにはいった。石畳の道をゆっくり歩く。

 子供たちが笑ったり悪態をついたりしながら、私の横を通り抜けた。

 風が起こり、声が遠ざかっていく。

 なんだろう。胸をよぎるものがあったが、何かはわからない。

 古本屋にはいると、独特のにおいがした。

「いらっしゃい」

 おじいさんがカウンターに座っている。ふぞろいな高さの本が延々並んでいる。

 この本たちは誰かの手を通ってここにいるのだ。

 装丁のきれいな本を一冊手に取る。

「ありがとう。はい、これ」

 本を買ったら、おじいさんがおつりと一緒に飴をくれた。いちごの飴だ。

 お店をでると、目の前に古びた家があった。

 私の中をよぎる感覚と、子供の声のフラッシュバック。懐かしさが胸を衝く。

 ようやく私は気付いた。

 ここは、故郷に似ている。

 あの頃の私が叫びながら駆け抜けていく。

 ああ、やっぱり少し寂しい。先程の問いの答えがいまさら見つかる。



 帰り道は行きと別の道を選んだ。正しい道筋かわからないまま、なんとなくで歩いてみる。

 別に間違えていても構わないと思いながら、のんびり、ぶらぶらと。

 気が付くと目の前に白い猫がいた。こっちを見ている。

「にゃあぁご」

 猫の気をひこうと、鳴きまねをした。

 実家の猫は私の猫まねに反応してよく鳴いていたが、白い猫はぷいっと後ろを向いて、私に背を向けて歩き出してしまった。

 私はなんとなくその後をつけて歩いた。なんとなく、鼻唄を歌いながら、猫の後ろをテクテクと。

 そういえば、こんな話を小さい頃に読んだなあ。

 猫の後をつけると魔法のお店にたどり着いて、そこから冒険が始まる、そんな話だった。

 この子は、私を魔法の世界に連れて行ってくれるだろうか。

 そんな風な空想で遊びながら、猫の後を歩いていく。

 あれ?ここは……。

 狭い路地にはいり、また見覚えがあるような感じがした。

 しかしそれは気のせいだろう。

 私は今までこんな路地にはいったことはない。こんな場所、昔も今も知らない。

 それとも忘れているだけだろうかと、立ち止まり、辺りを見渡す。

 やはり、覚えのない場所だった。

 周りの風景に気をとられている間に、猫はどこかに消えていた。

 また、一人ぼっちだ。

 私は心細くなって、早足で路地を抜けた。

「あっ」

 思わず声をあげてしまう。

 目の前には大きな桜の木、そしてその向こうに川が流れている。

 毎日見ている風景だった。いつの間にか、アパートに帰ってきていたのだ。

 そういえばアパートの裏側を通ったことは今までなかった。

 知らないけど、知っている場所。

 知っているけど、知らない場所。

 自分が突然ワープしてきたような、キツネに騙されたような、不思議な感覚だった。

 ただ、裏道を通っただけなのに。それだけなのに、何故だか妙な感動でくすぐったい。

 あの白い猫の魔法が、私の日常を少し変えてくれた……なんていう考えは、大げさだろうか。

「ただいま」

 見上げると、青空。少し古い木造のアパートと風に舞う桜の花びら。光に反射する川面とせせらぎ。

 いつもと変わらない、大切な私の風景が、ここにあった。



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― 新着の感想 ―
[一言] かなり、カッコつけて書きたいのを、おさえて書いておられ、非常に好感をもちました。何気無い日々に小説だと感じることがありますよね。(^-^)/
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