苦手なもの
誰だって苦手なものはありますよね?
「よっ!」
「ブギィ」
シンが剣を一振りすると、足元に野ブタが転がる。祐鬼の住むソオ村までは徒歩で5日ほどかかる。常夜の森を歩きながら、今日の食料を狩っていたのだ。
「よし、この野ブタ1頭でソオ村に着くまでの食料は確保できたな。とりあえず今日の分を焼くとするか」
そう言うと、仕留めた剣とはまた違う小振りな一刀を取り出し、肉を切り分ける。木の枝に刺した肉を火で焼き始めると、パチパチという音とともに香ばしい匂いが立ちこめる。
おもむろに祐鬼が立ち上がった。
「どうした?」
シンの問いかけに祐鬼が答える。
「僕もご飯の材料になるものを獲ってこようかと……」
その言葉にシンが呆れたように返す。
「何を言ってるんだ? ご飯ならもうすぐできあがるじゃないか。それとも肉は嫌いか?」
「え! 僕も食べていいの?」
驚いて訊き返す祐鬼に、シンがいよいよ呆れる。
「祐鬼、こんな大量の肉。俺一人で食べきれると思うか? 野ブタを獲ったのは、最初から君と俺の食料を確保するためだよ」
命を助けられただけではない。母を救うために村まで来てくれる。そのうえ道中の食料までくれるという。祐鬼はいよいよ言葉を失った。
「シン……本当に……ありがとう」
涙声でお礼を述べる祐鬼の頭をクシャクシャ撫でながら、シンが明るく言う。
「子供なんだから遠慮せずにガンガン食わないとダメだ!」
「ありがとう。いただきます」
そうして二人は野ブタの肉を心ゆくまで堪能した。ここまでほぼ飲まず食わずだった祐鬼は夢中で肉を頬張った。久しぶりに満腹になると安心したのか、静かな寝息をたて始める。
「こんな小さな子が母親のために……。母親……か」
祐鬼の寝顔を見ながら、シンは自身の産まれについて思いを巡らす。そうこうするうちにまどろんできたので、そのまま意識を手放すことにした。
翌朝、祐鬼が起きるとシンは朝食の支度をしていた。
「おはよう、祐鬼」
「ごめんなさい、シン。朝ごはんも任せちゃって」
「いいんだよ。言っただろう? 俺は暇なんだから」
「ありがとう……」
物心ついたときに父親がすでにいなかった祐鬼。「お父さんてこんな感じなのかな?」と思ったが、それにしてはシンは若すぎる。「年の離れたお兄ちゃんかな?」。そう考えているとシンが「できたぞ。食べよう」と声をかけてきた。
朝食を終えて、今日歩くルートを確認するとシンの表情が少し曇った。
「どうしたの?」
祐鬼も不安になって尋ねる。
「いや、今日のルートでタマス沼の近くを通るだろう? あの辺、イート・フロッグがめちゃくちゃ多いから、ちょっとな……」
確かにタマス沼周辺にはイート・フロッグが大量にいる。しかしイート・フロッグはコボルドの子供たちでも捕まえることができる生物で、シンが嫌がる理由がわからなかった。
「シン、カエルが苦手なの?」
「あまり好きじゃないかな。あいつらなんかヌルヌルするじゃん。手に着くと気持ち悪いんだよ」
「そんな理由かぁ。あんなに強いシンにも苦手なものがあるんだね」
「誰だって苦手なものはあるだろう? 祐鬼は何が苦手なんだ?」
シンにそう訊かれて、しばし祐鬼は考えた後に大きな声で答えた。
「怒ったときのお母さん!」
その答えに2人で笑いあった。
「そりゃ確かに苦手だろうな」
ひとしきり笑った後、2人は今日の旅路につくのであった。
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