短編 トレック・バウハーの憂鬱な休日出勤 1話
ようやく春らしいと思える、暖かな朝だった。
そんな爽やかな朝日のもと、トレック・バウハーの顔色は浮かないの一言に尽きる。
「こんな良い日に休日出勤とか」
遺跡管理事務所総務係であることを示す濃灰のローブは今日は羽織っていないが、黒のスーツにループタイという、きっちりとした格好である。
「何か、天気が良い休日にやりたいことでもあったのか?」
同じような服装のティーバが淡々とした口調で尋ねると、トレックは「うっ」と痛いところを突かれたような顔をする。
「べ、別に特にはないんですけど」
「ないのか」
「でもこんな日に仕事って、しかも男3人雁首揃えて……なんか虚しくねえか」
「別に」とティーバは小さく肩をすくめる。
「仕事は嫌いじゃない」
「虚しいよなぁ、カギモト」
トレックから視線を向けられ、曖昧に笑う。
「俺も別に……。休日手当がもらえるし、今日はそんなに大変な仕事じゃないだろうし」
そして腕時計を見て、
「──あ、ほら、そろそろ集合時間だ」
あらかじめ指定された場所へと3人で向かおうとする。
建物正面のアーチ型の大きな入口から中に入り──
「あれ、集会室ってどっち? こっち? こっちだよね」
「カイリ、正反対だ。あっちの突き当たりだよ」
西部地区にある、比較的規模の大きな市民体育館にいた。
今日はこの建物を借りて、四半期に一度の西部地区での探索士試験が行われる。
その手伝いとして西部遺跡管理事務所総務係の自分──鍵本海里含め、ティーバとトレックの3人が休日に駆り出されたのだ。
本来ならソナ・フラフニルが出勤するはずだったのだが、先のクルベ通りでの怪我がまだ完治しておらず、代わりに自分が出ることとなった。
そのことをトレックは知らない。知ったら「ソナさんと休日勤務がよかった」と文句を垂れ流すのは目に見えているから教えないでおく。
当日の作業内容は事前に本部から配布された書面でも知らされていたが、この建物の集会室で、メンバーの顔合わせと作業の最終確認があった。
集会室の扉を開けると、じろりと皆がこちらを向いた。作業メンバーは既に揃っているようである。
試験を主管する国家防衛・エネルギー省の職員が数名、探索士連盟の事務員が数名、そして試験官である現役探索士らしき数名がいた。特に見知った顔はいない。
魔力がない人間というのはすぐにわかるようで、不審そうな、侮蔑するような、そんな視線が自分に向けられるのをいくつも感じる。まあ、いつものことだ。
「西部遺跡管理事務所から来ました」
そう挨拶すると、青のスーツに眼鏡をかけた同世代の男性が、クリップボードに挟んだ名簿らしきものをちらと見て「やっときたか」と呟いた。
神経質そうに眼鏡の位置を直し、
「あなた達、手伝いですよね? 我々本部のものより早く到着するのが常識では?」
そんな常識は知らないが、トレックが文句を言うよりも早く「すみません」と謝り、ティーバ、不満顔のトレックと共に、そそくさと部屋の隅に移動する。
眼鏡の男はじっとこちらを睨んでいたが、時計を見て気持ちを切り替えたらしい。
「──では、全員揃ったので始めます」
彼はこの試験会場のリーダーのようで、仕切り始めた。
「私は国家防衛・エネルギー省遺跡管理部試験課のマティアスと申します」
そう名乗り、今日の作業の流れを滔々と説明していく。
事前に配布された書類も持参せず、欠伸を連発しているトレックを見るとやや不安を覚えるが、遺跡管理事務所の職員に割り振られているのは基本的に雑用だ。
マティアスか話している間に、同じ試験課らしい女性職員が試験スタッフだと示す黄色い腕章を配り歩く。
「──では、皆さんそれぞれよろしくお願いします」
とマティアスが説明を終え、各自がぞろぞろと与えられた仕事に向かい始めた。
「ったく本部のやつらはいけすかねえな──で、何すんの?俺ら」
「話聞いてろよ」
腕章をつけ、マティアスが集会室の机に置いていった数枚の紙と会場の図面を手に取った。紙には試験会場屋トイレの場所を示すための矢印や図が描かれている。
「これ、案内用の張り紙をあちこちに貼れってさ。あとは試験会場の机並べたりとか、受付時間になったら入口のところで受験者の受付だって」
「あー了解。張り紙は任せろ」
トレックがあっさりと紙を奪い取る。
「え、いいの?」
「だってカギモトおまえ」
と鮮やかな水色の瞳で覗き込んでくる。
「この会場の図面把握できる?正しいところに貼れる?──無理だね。おまえに任せたら受験者大混乱だぞ」
「……」
「トレックが適任だよ。じゃあ僕とカイリで他の準備してるから」
さらりとティーバが流し、トレックは「おう!」と軽やかに去っていく。
「酷い言い方だよな。大げさだって。なあ? ティーバ」
同意を求めるとティーバは一瞬黙り、すっと視線を逸らした。
「……悪いけど、その点に関して僕は、カイリの味方はできない」
申し訳なさそうにぼそりと言う。
裏切られた気分になっていると「おい君たち」と鋭い声が掛けられる。
スーツ姿の眼鏡の男性──試験課のマティアスである。
「まだここにいるんですか、てきぱき仕事をしてくださいよ。まったくこれだから西部の総務係は……」
言い捨てるようにして忙しなく廊下を通り過ぎていった。
ティーバと無言で視線を交わし、与えられた仕事を果たすため、持ち場へと向かう。




