短編 カギモト・カイリの遺失物再調査 最終話
翌日の出勤早々、案の定トレックに絡まれた。
「おまえ、昨日ソナさんと休みとって出かけてたんだって? 何だよそれ、教育係の範疇超えてるだろ。俺が休みの隙に」
「うるさいなあ、ある意味仕事だよ」
こっちの席まで喚きに来るのが鬱陶しい。
隣の席にはソナがいるが、意中の相手の前で堂々とそんな話ができるトレックのメンタルの強さには、尊敬すら覚える。当のソナは、いつものことだと言わんばかりに冷めた目をしていた。
「仕事じゃなくて趣味だろ、カイリのは」
不意に鋭く差し込まれたティーバの言葉に、さすがにむっとする。
「趣味じゃない」
「趣味だよ。来週の本部からの視察の受け入れ準備、進んでる? 担当だろ?」
「や、やるよ今から」
はあ、とティーバは盛大な溜め息をついた。
痛いところを突かれてしまった。確かに本来業務を疎かにするべきではない。
「トレックさんも席に戻ってくださいね」とソナに言われたトレックは、素直に頷いていなくなった。
落とし物のことから一度離れて、仕事に集中しよう。ただでさえソナに、“のめり込んでいる”と言われたばかりだ。
そう決意したにも関わらず、
「カギモトくん、カギモトくん」
とゴシュ係長に呼ばれた。
小走りに駆け寄ると、近くの丸椅子を勧められ、腰掛けてすぐに「指輪のことだけど」と小声で話が始まる。
「12年前の総務係のこと、当時の職員に電話したりして、ちょっと調べたんだ」
「何かわかったんですか」
係長は声を一段とひそめた。
「やっぱりね、あのローレンスって職員が急に辞めたどたばたと、他にも問題のある職員がいたみたいで、正直、その頃の事務処理はかなり適当だったみたいだよ」
「そう……なっちゃいますよね」
「遺失物管理まで手が回らなくて、とりあえず資料室に入れといたみたいな感じらしい」
「警察にも届け出てない、と」
ゴシュ係長は深く頷いた。
「では当時、他にも遺失物があったとしたら、それは誰に知られることもなく、時期が来たら廃棄されてしまっていたということですか」
「まあ、そういうことだね」
暫し、沈黙が流れる。
「──でも、持ち主の見当はついたんだって? 指輪。よかったよね」
「あ、ええ……警察の方に協力していただいて。その方から連絡があればいいんですけど」
「そうだねぇ」とゴシュ係長はしみじみと頷いた。それから申し訳なさそうな顔を向ける。
「今の話は、色々とこの件で調べていた君だから伝えておいたよ。でも組織としては済んだことだから、ね」
「わかってます」と頷きを返した。
ある程度の正義感、倫理感は持ち合わせているつもりだが、ここまで個人的な感情で動いてきて掘り起こした過去だ。明かしたところで、損する者はあっても得する者はないだろう。蒸し返しても、仕方がない。
ただ、知らないうちに廃棄処分されてしまった物の持ち主たちを思うと、やるせない気持ちにはなった。
§
数日後、1羽の伝心蝶が西部遺跡管理事務所総務係を訪れた。
昼休憩の時間がそろそろ終わる頃、食べ終えた弁当箱を片付けていたソナが、優雅に飛んできた伝心蝶を受け取った。
「カギモトさん、これ……。まだ最初の方しか読んでませんが」
神妙な顔のソナが、伝心蝶をその手に乗せて椅子を寄せる。
差出人の名はなかった。
ソナの操作で蝶は虹色の羽を広げ、文字が浮かび上がる。
“西部遺跡管理事務所 総務係ご担当者様。
この度、警察の方より、以前に失くした指輪についての連絡がありまして、そちらにご連絡した次第です。
私は12年前に泥棒に入られ、例の指輪を盗まれてしまいました。結婚前に夫から贈られた大切なものだったので、警察の方にも熱心に探してもらいましたが返ってくることはなく、とても悲しい思いをしておりました。
しかしその後訳あって、夫とは離婚しました。とても嫌な別れ方をしましたもので、元夫のことは忘れたいと思っております。その指輪を見ると、あの人を思い出し、嫌な気持ちになってしまうでしょう。
遺失物の届出を取り下げ忘れていた私もいけないのですが、その指輪はそのままそちらで処分していただけますと幸いです。
なぜ遺跡管理事務所にあるのかその経緯はわかりませんが、今回、指輪を見つけ出し、わざわざ私にご連絡をいただいたことには大変感謝しております。
お手数おかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします”
読み終えて、唖然とした。
読み返すが内容は同じだ。
ソナも強張った顔で何も言わない。いや、言えないだろう。
だから俺が、何か言わなくてはならない。
「えっと……」
笑みを浮かべてみせた。とりあえず出てきた言葉は、
「盗まれたもの、だったんだね」
「そ、そうみたいですね……。なぜそんなものが、この事務所に落ちていたんでしょうか」
この事務所を訪れた探索士が窃盗犯だったのか。まさか職員がそうだったのか。考えられる可能性はいくつもあるだろうが──
「わからない」
素っ気ない言い方になってしまう。
「12年も前の話じゃもう、知りようがない」
「そう、ですよね……」
伝心蝶を前に、2人で黙り込んだ。
昼休憩終了のチャイムが鳴り響いた。
席にいなかった職員も戻って来て、業務がいつもどおり再開される。
「それで、結局のところ」
ごくりと唾を飲み込む。なるべく悲壮感が出ないように注意する。
「無駄骨だったってことだ」
「……」
「確かによく考えれば、良い思い出にまつわるものとは限らないよね。……そうだよなあ」
「わ、私は、無駄とは、思わないです……」
「──いいよ気遣ってくれなくて」
「……」
青白い顔で口を閉ざすソナを見て、今のは良くなかったと察する。
「ごめん、嫌な言い方した。フラフニルさんにも……手間取らせちゃったね」
笑顔を崩さないよう、引出しから例の指輪を取り出した。
「それじゃ本人の希望通り、捨ててくるよ」
ごみ箱に向かおうとして、まずはバルトロさんに伝えておこうと思い直した。
指輪を持ったまま2階の管理係へと階段を上がる。
幸い席にバルトロさんはいた。
メッツェンやオズワルドからは冷たい視線を向けられたが、バルトロさんはこちらに気づくと爽やかに微笑んで、階段室近くまで出てきてくれた。
「やあカギモトくん、どうしたの? 暗い顔して」
「例の落とし物の件なんですけど……苦い結果に終わりました」
「ははあ」
どこか納得したようにバルトロさんは笑う。
「いらないって持ち主に言われたんだね」
「そんな気がしてました?」
「いや、確信してたわけじゃないけど、可能性としてはあるかなって」
「俺は……」
いつの間にか、手の中の指輪を握り締めていた。
「誰かの大事なものだって、誰かにとって大切な思い出に関わるものだって、思い込んでました」
「まあ、そこはカギモトくんの良いところじゃないかな」
その言葉に力無く笑った。
「全部無駄でした。係にもバルトロさんにも迷惑かけました」
「俺は別に迷惑してないけど」とバルトロさんは首を振る。
「とにかくその持ち主は、なくしてた指輪があると知って、その上で捨てる選択をしたんだろう。きちんと過去の清算ができたってことだ。そういう意味では、君のやったことは無駄じゃないと思うよ」
返すべき言葉が思いつかず、足元の灰色のカーペットを見つめていた。
「気休めにもならない?」
「いえ……ありがとうございます」
バルトロさんはにこりと微笑んだが、ふと遠いところを見るような目つきになった。
「過去の清算ができるって、いいことだよ」
「バルトロさん……?」
「過去ばかり見ないで前を向ければいいなって思う。俺にはなかなか難しいことだけれど」
自分に言い含めるようにバルトロさんは言った。
「別にいいんじゃないですか、過去ばかり見てても」
考える間もなく、そう答えていた。
「前を向くことが常に正しいとは、俺は思いません。過去があるから今があって、だから、過去の思い出を大事にしたっていいじゃないですか」
「……0か100かの話じゃないんだけどね」
「0か100かの話なんですよ、俺にとっては」
バルトロさんは少し困ったように笑い、じっとこちらを見る。
「これは俺も人からの受け売りなんだけど」
年上であることを感じさせる、落ち着いて、諭すような声色だった。
「君が生きているのは今なんだよ。前は向けなくても、“今”から目を逸らしてはいけない、ってね」
「……わかります」
精一杯の笑みを浮かべて頷いた。
「理解はできますよ」
管理係のフロアを去る。
1階廊下の途中にあるごみ箱の前に立ち、再び指輪を眺めた。
廊下が暗いせいか、古くも煌めいて見えていたはずのそれは、今はくすんだガラクタのようにしか思えなかった。
放り入れるとごみ箱の底で、からんと乾いた音を立てただけだった。
完
今後のモチベーションになりますので、面白いと思った方は評価などしていただけますと幸いです。




