短編 カギモト・カイリの遺失物再調査 4話目
「珍しく所長の名前が役に立ったね」
警察署1階の、待合のベンチにソナと腰掛けていた。
「警察にも顔が利く……というより、あの人怯えているようでしたが」
ソナはどこか釈然としない様子である。
しかし、あらゆるところに妙なツテのある男だ。警察と関わりがあってもおかしくはない。もしかしたら、弱みの1つや2つ握っている可能性だってある。
「ま、結果オーライだよ」
「はあ」
結局、指輪の実物を見せて改めて丁寧に説明すると、上席の警官も話に納得し、当時の遺失物の届け出を調べてくれることとなった。
「ありましたよ」
少し興奮した様子の若い女性警官が呼び掛けに来た。
ソナと2人で受付に向かうと、女性はやや早口に告げる。
「12年前の10月、ある方から、同じ特徴の指輪の遺失物届けが警察に出されていました。その指輪が、その方の物である可能性は高いですね」
「やっぱり、届け出はあったんだ」
「つまり当時の総務係から警察には報告していなかった、ということになりますね」
「だね」
ソナと小声で言葉を交わし、女性警官を見た。
「その方の名前や連絡先を教えていただくことは」
「それはできかねます」と申し訳なさそうにかぶりを振り、「ですが」と続ける。
「遺跡管理事務所さんから遺失物を保管していたとの申し出がなされたと、警察からその方に連絡を取りましょう。それでもし返してほしいなどの要望があれば、その方から直接そちらに連絡してもらいます。どうでしょうか」
申し分のない提案だった。
「お手数おかけします」と頭を下げた。
「わかりました」
女性警官はにっこりと微笑む。
「所長様に何卒よろしくお伝えくださいと、上席が申しておりました。なんか、すごくお世話になったみたいですよ」
§
外に出た時には、とっくに昼食時を過ぎていた。
「さすがにお腹空いたな。飯食べに行こうか。何食べたい?」
「この辺り、あまり来たことがないです。お店とかよくわからなくて」
「俺もなんだよね」
警察署本部の周りは比較的大きな道路が走っていて人通り、車通りも多く、店自体はいくつかありそうである。
「ランチ時間過ぎてるし、おやつっぽくなっちゃうかもしれないけど」
「かまいません」
ソナは即答する。
そういえば、ソナは甘いものが好きらしいということを思い出した。
見つけたのは通りに面したオープンテラスのカフェだった。
ちょうど気候もいいので外の席に座る。
じっくりとメニュー表を眺めるソナが何となく微笑ましい。
ウェイターを呼ぶと、遠慮がちにタルトとカフェオレだけを頼んでいた。
食事ものはサンドイッチしかないようなので、消去法的にそれとコーヒーを注文する。
ウェイターの若い男性はソナにはにこやかに対応し、こちらには終始事務的だった。今さら気にするところでもない。
「ついてきてくれたお礼なんだから、もっと大胆に頼んでもいいのに。大きなパフェもあったよ」
「はい。……いえ」
ソナは目を伏せ、先に運ばれた水のグラスを両手で包むように握っていた。
「はい、いえ? どっち」
思わず笑うと、ソナは生真面目な顔を上げた。
「……よかったですね、指輪の持ち主の手がかりが見つかって」
「ん? ああ、うん」
水を一口飲んだ。
「そうだね。よかった。無事に返すところまでいけるといいけど」
「カギモトさんは」
言いかけ、ソナは迷うように口を閉じた。
テラス席の上に屋根のように枝を伸ばした木々が風で揺れ、葉擦れの音を立てている。
「なに?」
「……どうして、そんなに古い落とし物のことで、熱心になれるんですか?」
「……」
「私は……あくまでも好奇心です。でも、カギモトさんのは、なんというか、ちょっと」
「──執念じみてる?」
先回りして言ってみると、ソナは目を見開いた。
「執念……。そう。そうかもしれません」
口の中で繰り返すように、ソナは呟いていた。
注文の品が運ばれてくる。
「ま、食べようか」
そう言うとソナは浅く頷き、色鮮やかなフルーツが乗ったタルトの端を、フォークで削る。
口にいれると、すぐに顔を綻ばせた。
「おいしいです」
「それはよかった」
こっちもサンドイッチをいただく。
「これもうまいよ。ベーコンが厚切りでいい」
ソナは軽く微笑み、しかしまた、懸案そうに眉根を寄せてフォークを持つ手を止めた。
「……カギモトさん、昨日残って指輪のこと調べてたんですよね。今日みたいにすぐに休みを取るって決めて行動したりして、仕事よりも落とし物のことにのめり込んでるようで。何となくちょっと、怖いというか」
うかない顔のソナを見ながらコーヒーに口をつけ、カップを静かに置く。
そんなことはない、と告げるのは簡単だった。自分も単なる好奇心だと。
しかし目の前の、遠慮がちなのに時折深くまで立ち入ってくるこの同僚には、通用しない気がした。
「俺はね」
頭上の葉が、テーブルクロスに落とす斑な影を眺めて口を開く。
「思い出っていうのはとても大事なもので、その人を形作るものだと思ってる」
ソナは黙っていた。
「だからもし、大切な思い出が込められたものをなくした人がいたら、何とかして返してあげたいって思うよ」
「それは……わかります。わかるんですけど」
ソナは一所懸命に言葉を選んでいるようだが、それがまだるっこしい。
「たぶんだけどね」
無意識に、コーヒーカップのソーサーの縁を指で撫でていた。
「思い出をすべて失ったら、その時俺は死ぬんだと思う」
ソナの顔がさっと凍りつく。
「……冗談だよ」
口元をにやりとさせて言うと、ソナは唇を微かに震わせた。
「冗談で……死ぬとか言わないでください、子どもですか」
さすがに怒らせてしまったらしく、「ごめん」と謝っておく。確かに子供じみていた。
「でもそれくらい、俺は思い出っていうものを大事にしたいってこと。自分のはもちろん、他人のでも」
その薄灰色の瞳に僅かに滲んでいたが怒りがふっと消え、探るようにこちらを見ていた。その視線に笑顔を返す。
「ケーキ、食べなよ」
「カギモトさんの言う思い出って」
ソナの言葉はどこか不安そうに響いた。
「どこか遠いところにあるもののように聞こえます」
「……そう?」
ソナは唇を結んだ真剣な顔をしていた。
「“海向こうの世界”の……元の世界での思い出ということ、ですか」
「うん、そう」
努めて軽く頷き、サンドイッチを手に取る。
「こっちの世界では、ないんですか。カギモトさんの思い出。思い出って、増えていくものなんじゃないですか」
「……」
やっぱりこの子は、思いがけずにこちらに踏み込んでくる。
「いい思い出が多いんだ、元の世界は。それを抱えておくので、手一杯なんだよね」
深刻にならないよう冗談っぽく言ったつもりだったが、どう聞こえただろうか。
ソナは口を開きかけ、しかし、何も言わずに俯いた。
またフォークを手に取り、タルトの壁にさくりと刺す。
ソナ・フラフニルにはわからないだろう。
“杖無し”に優しくないこの世界で、俺が自分というものを保って生きていくには、認められていた世界での、過去の良き思い出に縋るしかない。
だから記憶や思い出というものに、人一倍固執してしまっている。
執念じみているように見えるのなら、そのとおりだ。
ソナは黙々とタルトを口に運んでいる。
2人とも黙ってしまえば、魔導車やトラムが行き交う音、通行人の雑多な足音だけがよく聞こえる。
そういえば初めてのソナとの外食だが、随分と静かなものになってしまった。




