短編 カギモト・カイリの遺失物再調査 3話目
「ああ、あの指輪かあ! 言われてみれば」
「確かに、あたし達より上の世代でつけてる人いたわよねぇ」
翌日、ロビーの客がいなくなったところを見計らって、ゴシュ係長とシンゼルさんに昨夜のバルトロさんとの話をすると、2人とも合点がいったという顔になった。
「そんなに有名なものなんですか?」
ソナがやや疑わしげに、ゴシュ係長が持つ指輪を見ている。
「そうねぇ、確か、昔の恋愛小説に出てきたんじゃなかったかしら? その舞台が、実際に南にある島なのよ。そこで本当にその島で採れる青い石で作られたアクセサリーが売ってるのよね」
「うんうん」とゴシュも懐かしそうに頷く。
「僕んちの親はつけてなかったけど、流行ってたのは確かだよ。もしかしたらその年代の人のものかもしれないね」
「一晩でそこまでわかったんですか」
ナナキが少し驚いたように話に加わる。
「バルトロさんのおかげでね。──それでナナキ、ひとつ確認したいんだけど」
「なんです?」
「当時、遺失物をちゃんと警察に届けたかどうかって、そんな記録、もう残ってないよね」
「当時。当時っていいますと……」
「12年前」
答えると、ナナキは顔をしかめた。
「ないですよ。ていうか、もしあっても昨日の作業で捨てられてますね」
「そうだった」
思わず手で頭を叩く。
昨日資料室から出た不要な書類の箱は、セヴィンさんが事前に手配していた業者によって既に事務所から運び出されてしまっている。
「ん? 12年前?」
ゴシュ係長が声を上げる。
「12年前でしょ。ちょっと待って……」
慌てたように自分の席に戻り、端末を操作し始める。係長の席で電話が鳴り出したが、出る気配もない。仕方ないと言った様子でナナキが受話器を取っていた。
「本来業務に支障をきたしてるんじゃないの」
冷ややかにそう呟くティーバには、苦笑いを返すしかなかった。
「ああやっぱり!」とゴシュは端末画面を見ながら溜息混じりに言った。
「これ、12年前のこの事務所の所属職員の名簿だよ」
ソナ、シンゼルさんとともにゴシュ係長の画面を覗きに行くと、誰一人知らない名前が、ずらりと並んだリストが表示されている。
「こいつ、当時の総務係の職員、僕の元同期なんだけどね」と指さしたのは、ローレンスという名前の人物だった。
「元、ですか」
ソナが聞き返すと、ゴシュ係長は鼻息荒く「元だよ」と強調した。
「ろくでもないやつでね、仕事をやったふりしてさんざん溜め込んで、そのまま辞めちゃったんだよ。今も仕事してるとたまにそいつの負の遺産が現れてさ……」
そのまま愚痴をこぼし出すかと思いきや、係長はぐっとこらえたようだ。ハンカチで乱暴に顔の汗を拭い、こちらを見た。
「つまりね、当時……12年前の事務処理が適正になされてるかについては大いに疑問があるってこと。──もちろん、遺失物処理についてもね」
思わずソナ、シンゼルさんと互いの顔を見やる。
「……ゴシュ係長、仕事の相談があるのですが、そろそろよろしいですか」
少し苛立たしげなセヴィンさんが書類を持ってくると、「あ、なんか熱入っちゃった」と照れたように笑っていた。
とにかく──
「警察に照会してみるか」
独り言のつもりが、「ですね」と横でソナが同意した。
「あれ、手伝ってくれるの?」
「なんか……気になってきちゃいました」
真顔で言われた素直な言葉に笑ってしまった。
§
しかし、さすがに正規の仕事ではない。勤務時間中に堂々と警察署を訪れるわけにも、書面で照会するわけにもいかなかった。
それで取った手段が、
「午後半日休み、ね」
ティーバは心底呆れたように言った。
「……しかも君まで休むのか」
「カギモトさんひとりだと少し心配なので」
当然だというようにソナが答える。
「はあ。まあ休みの使い方は自由だから、何もいえない」
大きな溜め息をつき、ティーバは諦めたように自分の事務仕事に戻った。
係長にも承認をもらい、昼休憩に入るチャイムとともに、ソナと外に出た。
今日はたまたまトレックが休みで良かった。ソナと行動してると知られたら、やかましいことこの上ないだろう。
魔導トラムの駅までの道を行く。
昼時なので、昼食を取るためか出歩いている人が多い。
「すっかり春ですね」
ソナは暖かな風にほんの少し目を細め、顔にかかる蜂蜜色の髪を邪魔そうに払った。
「なんでちょっと嫌そうなの。春だよ」
「どちらかというと、寒い方がすきなので」
暖かい方が絶対にいいと思うのだが、水掛け論になる気しかしないので掘り下げようとは思わない。
それに。
「確かに、フラフニルさんには冬が似合う」
そう告げると、ソナは目を見開いて固まった。
「それは……どういう意味ですか」
「ん? なんかこう、きりっと、ぱきっと、清廉って感じするから」
「……」
黙ってしまった。
「えーと、とりあえず警察署行っちゃっていい? お腹空いてるなら先に昼食べてもいいけど」
「……まだ空いてないので大丈夫です」
「悪いね。あとで奢るよ」
ソナは「ありがとうございます」とあらぬ方向を見て言った。
赤い魔導トラムはそれほど待たずに乗ることができた。
§
西部地区の警察署本部で、受付の若い女性警察官は困惑を隠さなかった。
「12年前の遺失物の記録……ですか」
「残ってるものなんですかね」
「はあ、どうでしょうか」
女性警官は調べようとするでもなく、胡乱げな視線を向けてくる。
魔力の有無は一目で知られてしまう。
魔力がゼロの“杖無し”が、昔のことを掘り起こしに来たのだ。何となく警戒もするだろう。
「あの、大事なもののようなので、何とかして持ち主を特定したいと思ってるんです」
ソナが真面目に告げると、女性警官の様子が少し変わる。
「……ちなみに何を落とされたんですか?」
ソナを連れてきてよかったと思った。
鞄から布に包んだ指輪を見せる。
「これです。大事なひとにプレゼントするものだったそうです。恐らく、なくされた方は相当探したんじゃないかと思います」
意図的に強調したわけだが、「大事なひと」「プレゼント」という単語に、女性警官は少し切なそうな表情を浮かべた。
「なので、当時にこういった指輪を遺失物として警察に届け出た方がいるとわかれば、もしかしたらお返しできるのではと考えまして」
「お願います」とソナも横で頭を下げた。
「私の判断ではなんとも。そもそもそんなデータが残っているかどうか……」
片頬に手を当てて警官は考え込み、「上司に相談します」と一旦その場を離れた。
待っている間に警察署の執務室を眺める。
西部地区の本部というだけあって、職員も多く慌ただしい雰囲気である。ただ、今いる1階フロアは自分達と同様総務的な部署らしく、水色の制服を着用しているという以外に、あまり警察という色はない。
やがて若い女性警官が、ずんぐりとした年配の男性警官を連れて戻ってきた。
「昔の記録が見たいとのことですが、正式な照会文書はお持ちですか」
低い声で男性警官が問う。
「いえ、これは古すぎるものですから、職務として来たわけじゃないんです」
警官相手に嘘もつきたくないので、正直に答える。
「ほう?」と男性警官は眉を上げた。
「お暇なんですかね、遺跡管理事務所さんは」
「そういうわけではありませんが」
にっこりと笑顔を返す。
「まあ、とにかくそれでは無理ですな。最近は個人情報にもうるさいもので」
「わかります」と殊勝に頷いていると、どうするつもりなのか、と問うような視線がソナから向けられているのを感じる。
同じ公務員である。だめと言われればだめなのはわかるし、ごねても相手を困らせるだけだ。
「ここは諦めよう」
首をすくめ、あっさりとソナに言う。それから何の気なしに思いつきで、
「帰って所長にも調べてもらおうかな」と呟いた。
「──所長?」
席に戻りかけた男性警官がこちらを見た。
「君たちは……どこの遺跡管理事務所から来たんでしたっけ?」
「西部ですが」
「……今のあそこの所長というのは」
「キィトです。キィト・ザクソン」
見る間に、警官の顔が青くなった。
「あ、ああ、キィト先生のとこのね……。ああそう。あの……、先生にはよくお世話になってましてね。それで、えっと」
汗を噴き出しながら、「何を確認したいんでしたかな」と慌てた様子で男性警官が尋ねる。
ソナと顔を見合わせるが、ソナも不可解な表情を浮かべていた。




