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短編 カギモト・カイリの遺失物再調査 2話目


 結局最後まで居残ってしまった。

 しんと静まりかえった執務室の戸締まりをするために、廊下に出る。

 と、階段室から降りてくる足音が聞こえた。

 扉から顔を出したのは、さらりとした茶髪に細い銀縁の眼鏡。健康的に引き締まった顔で、爽やかに微笑んだ。

「──バルトロさん」

「まだ残ってるひとがいるのかと思ったら、カギモトくんか」

 管理係の主任、バルトロさんである。

「夜勤当番ですか。お疲れさまです」

 遺跡は24時間問題が発生する可能性がある。管理係には必ずしひとりが夜間も事務所に待機することになっている。

 バルトロさんで良かった、と心底思う。これで残ってるのがメッツェンで、鉢合わせてしまったらと考えると薄ら寒くなる。

 まあ、あの遺跡管理問題で少しは大人しくなったようだが。


「夜勤なんだけど、何にもなくて退屈でね。誰か話し相手でもいないかなって探してたんだ」

「何もないのが何よりだと思いますが」

「まあね。でもカギモトくんも帰るところなら──大人しく退散しよう」

「あ、待ってください、バルトロさん」

「ん?」と、どこか嬉しそうにバルトロさんが振り返る。

「もし、手が空いてたら……ちょっと見てもらいたいものが」

「なになに、見ようじゃないか」

 言い終わる前に、バルトロさんは意気揚々と総務係の執務室へと入っていった。

 よほど、暇だったのだろう。


 再び明かりの灯る執務室。

 バルトロさんはティーバの席で指輪をじっと眺めている。

 管理係は遺物の鑑定もその業務として行う。物の素材や製造時期などにも詳しいのではないかと期待する。


「ふうん、リングの部分は真鍮に金メッキ、デザインも凝ったものじゃないし……カギモトくんのお見込みどおり、高価なものではなさそうだね」

 いろんな角度で指輪を見ながらバルトロさんは独り言のように言う。

「といっても、子供のおもちゃってわけじゃない。内側の刻印はよく見えないなぁ。傷つき具合と劣化具合からすれば、3、40年くらい前に作られたものじゃないかな」

「そんなに古いんですか」

 後で読めるように、なるべく丁寧にメモを取る。

「その宝石はどんなものだと思いますか」

 バルトロさんは宝石部分を光に透かし、眼鏡の位置を調整しながら慎重に見ている。

「うーん、硝子ではないけど、価値のある宝石でもなさそうだね。でも、なんか……」

「なんか?」

 指輪を少し離して見つめ、バルトロさんはやや険しい顔になる。

「なんか見たことある気がするんだ、この指輪」

「──え?」

 なんだろう、どこで見たんだろう、と首をひねり出すバルトロさん。

「12年前の落とし物だろ? 俺はその時ここに所属してないしな。……いや、そういうんじゃない気がする」

 ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。

「友達とか、近しい人がつけていたような、ううん……」

「3、40年前の指輪なら、当時つけていた方は、今は少なくとも50代か60代くらいでしょうかね」

 思考を邪魔しないように、小声で言ってみる。


「あっ」


 バルトロさんは椅子を後ろに弾き飛ばすように立ち上がった。

 それから決まり悪そうに軽く笑い、椅子を戻して座り直す。

 声のトーンを落として言った。

「思い出したよこれ──俺のかみさんの、母君がつけてた」

「え?」

 予想外の方向からの情報に、思わず目を瞬いてしまう。

「じゃあそれ、バルトロさんの義理のお母さんのってことですか?」

「いやいや違う違う」

 顔の前で手を振って、

「流行ってたんだよこの指輪、40年くらい前にね」

「流行り……」

「そう」と指輪を手に載せてバルトロは眺める。

「この石、どこかの島で採れる石で、何でか忘れたけど曰くがあって、恋人に贈る指輪ってことで当時すごく流行してたらしいよ。……前にかみさんが教えてくれたことがある」

 懐かしさに目を細めるようなその横顔は、どこかしんみりとしていた。

 バルトロさんの奥さんは数年前に亡くなっているとは聞いていた。その左手の薬指には今も、銀の指輪が嵌められている。


「……つまりこの指輪も、恋人への贈り物か、贈られたものかもしれない、と」

「その可能性は高いね。でもそんなに大事なものならなくしたときに探し回るだろうし、警察にも届け出るとは思うけど。うちに残ってるのが不可解だ」

「……」

「カギモトくん。この事務所で落とし物を見つけて持ち主が現れなかったら、警察に報告するだろ?」

「はい、そうなってます」

 規定上、遺跡管理事務所で遺失物を保管していることを警察に知らせておく必要がある。落とし物を探す人は、たいてい警察に問い合わせるからだ。


「──ほんとに報告してるのかなぁ」

 ぼそりとバルトロさんが言った言葉に背筋が冷える。

「……嫌なこと言いますね」

「10年近く前だと、職員も今よりだいぶ緩かったからね。もしかしたら、きちんと手続きを踏んでなかったりして、とか思ったりして」

「警察に問い合わせればわかるでしょうか」

「向こうもどれだけ古い記録が残ってるかだね」

 バルトロさんは立ち上がり、うんと伸びをした。壁の時計を見れば、既に針は深夜を回っていた。

「さて、そろそろ仕事に戻るとするか」

「あ。ありがとうございました」

「いや俺も楽しかったよ」と言った後で、バルトロさんはふと真顔になった。

「でも指輪とか特にだけど、体に身につけるようなものって、人の思い入れが深かったりする。良かれ、悪かれね」

 薬指の指輪に、大事そうに触れていた。

「……?」

「いや──落とし主が見つかって喜んでもらえるといいね。結果を教えてよ」

 はい、と頷くと、バルトロさんは爽やかに去っていった。


 机の上に残された指輪にもう一度目を落とす。執務室の灯りを、くすんだ金属が鈍く反射していた。


 幸運にも廃棄を免れ今日まで眠っていたこの指輪が、元の場所に戻してくれと訴えている。


 そう思えてならなかった。


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