短編 カギモト・カイリの遺失物再調査 1話目
前回短編、歓迎会よりも後の話になります。
少しでも何かを動かすたびに大量の埃が舞った。
別に気管支が弱いわけでもないが、反射的に咳き込んでしまう。
「大丈夫ですか? カギモトさん。やっぱりマスクした方がいいですよ」
口と鼻をマスクで覆ったソナ・フラフニルが、眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。手袋をはめた華奢な手には経年劣化で変色し、潰れかけた箱を抱えている。
「確かに……ちょっとひどいね、これは」
「“俺は大丈夫”とか根拠もないのに強がるからですよ。マスクありますから、はい」
と同じくマスクをしたナナキが、無地の布マスクを渡してくれた。
「おっしゃるとおり」と今度は素直にマスクをつける。
西部遺跡管理事務所、地下の資料室にいた。
「──あそこ、そろそろ本格的に片付けようよ。新しい資料の置き場が全然ないんだよ」
ゴシュ係長が今月頭に総務係にそう告げて、皆が嫌がってなんとか引き延ばしていたが、暑すぎず寒すぎない本日、その作業が実施される運びとなった。
「年度も種類もばらばらじゃねえか。どの箱が捨てていいやつなのかよくわからねえな」
こちらは本当に埃が平気らしいトレックが、うんざりしたように言った。
「保存期間表を渡しただろう。ちゃんと見て判断しろ」
ばっさりと切り捨てたのは、マスク姿でも険しい表情がよく伝わるセヴィンさんである。
腰のあまり良くないシンゼルさんと潔癖症のティーバ、そしてゴシュ係長は執務室に残って、通常業務をやっている。
「とにかく、期限が過ぎてるものは、一旦廊下に運び出してくれ」
セヴィンさんの指示に従い、資料室に乱雑に置かれた箱の山を確認し、埃や蜘蛛の巣をはらいながら黙々と整理をしていく。
「──これも、捨てて良いんでしょうか」
ソナが、他の箱よりだいぶ小さめな箱を持ってきた。振るとからからと音がしている。
「何入ってるの、それ」
「なんか……何年も前の落とし物のようですが」
ソナが箱を開けてみせる。
中には、ひとつの指輪が入っているだけだった。
金の台座に、青く丸い宝石らしき石がついたものである。
箱を確認する。マジックによる雑な字で側面に書かれてあるのは、
「“落とし物、1階ロビー、985年11月”……」
の文字だった。
「10年以上前のものですよね」
「とっくに保存期間は過ぎてるな。廃棄が漏れちゃったのかな」
指輪を取り出して見る。
資料室の頼りない灯りではよく見えないが、内側に何か文字が刻んであるようにも思える。しかし判然としない。
「貴金属ですけど……廃棄して平気でしょうか」
「落とし物を見つけたら、一定期間ロビーに置いておきますよね」
空いた棚を雑巾で拭きながらナナキが話に加わる。
「展示期間が過ぎたら資料室でまた保管、そして5年過ぎたら廃棄です。警察にもうちで遺失物を保管していると届け出るので、それらを経た上でここにあるんですから、そんなに古いのなら捨てちゃって問題ないですよ」
「わかりました」とソナが立ち上がる。
「──あ、ちょっと待って」
呼び止めていた。
ソナが振り返り、ナナキも首を傾げる。
「あ……えっと、今ここでこれを見つけたのって、すごい偶然って感じがしない?」
何と説明していいのかわからない感情を、何とか言葉にして伝える。
「だからせっかくだし……これを期にもう一度落とし主を探してみてもいいかも、なんて」
ナナキが呆れ半分の険しい顔になった。
「ダメですよカギモトさん。ただでさえ面倒なことが多いのに、余計な仕事増やさない方がいいですって」
「そうですよ、いつも残業してますよね」とソナも同意する。
「それは、通勤時間がない分だらだらやっているだけで……」
別にそこまで仕事に追い込まれているわけではない。
「でもほら、もしかしたらこれ、誰かにとって、すごく大事なものかもしれないし」
「そんならとっくに引き取りに来てるだろ」と離れた棚からトレックがすげなく言う。
「そういうのにかまけてると、ティーバに叱られるぜ」
「まあ、だめそうならすぐやめるさ」
ソナが持つ指輪の入った箱を、さりげなく引き取る。
「とりあえず、何かの縁だと思うんだ。やれることをやってみようかな」
にこやかにそう言ってみたが、みんなの反応はいまいち白けたものだった。
§
午後の勤務時間のほとんどを、資料室の片付けに費やした。
ようやく終えて埃まみれで席に戻ると、ゴシュ係長が、どこからか配達してもらったのか、全員分のアイスコーヒーを配り始める。
「ほんと、お疲れさまだね。──ん、それなに? カギモトくん」
氷のたっぷり入ったアイスコーヒーを席まで渡しに来ながら、ゴシュ係長は机の上の小さな箱を見て首を傾ける。
礼を言ってコーヒーを受け取り、
「資料室で見つけた、落とし主の現れなかった遺失物です」
とさらりと答える。
「カイリ……また余計な事に手を出そうとしてるだろ」
ソナの席越しにティーバが言ったが、聞こえなかったふりをする。
「へえ、12年前のかあ、よく捨てられずに残ってたね」
ゴシュ係長も興味深そうに箱の中身を覗いていた。
「もしかして、これの落とし主探そうとか思ってるの?」
「まあ、手が空いてるときにでも」
「カギモトくんらしいね」
とゴシュ係長は笑った。
「通常業務に支障をきたさないなら好きにしていいよ」
そんなお墨付きをもらい、何か言いたげなティーバとソナをよそに、明るいところで改めて指輪を見てみることにする。
ところどころ剥がれた金メッキ、青い球体の宝石にも細かな傷がついている。宝石が何なのか、そもそも宝石なのか硝子細工なのか、見当もつかない。そう高価なものではないようにも思える。
そして内側に刻印されたもの。やはり文字のようである。名前のイニシャルか何かかもしれない。
──自分でわかるのはこの程度か。
勤務終了のチャイムが鳴る。
窓口当番のシンゼルさんが、暗くなった窓をカーテンでさっさと隠していく。
指輪のことは一旦置いておいて、資料室掃除のせいで後回しになっていた本来業務に手をつけることにした。




