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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第9話 所内案内 前編

管理係の説明を少し入れました。

改行等一部修正しました。

 翌日。


「──よし、端末の設定も終わったし、

 キリがいいから他の係に顔出しに行こうか。挨拶しないとね」


 カギモトは明るくそう言った。


 「……お任せします」

 「それじゃ、ちょっと俺達席外すからよろしく」


 カギモトが周囲に告げるとティーバは僅かに頷き、ナナキは行ってらっしゃいとソナに手を振った。

 ソナは今朝ナナキに渡された事務職員用の濃灰のローブを羽織り直した。

 

 カギモトに連れられ、昨日ナナキと通った職員用の階段室へと向かった。


 カギモトと2人で行動することに、ソナは嫌悪感を感じるのを抑えることができない。


 手にじっとりとかいている嫌な汗。足を引きずるような気分でカギモトの後ろを歩いていた。

 

「2階は管理係、その上は調査係のフロアだよ。まずは、2階から行こう」


 説明するカギモトに対し、ソナは黙ったまま無表情に頷いた。

 そんなソナに、カギモトは少し困ったような笑みを浮かべたが、それはごく一瞬のことで、すぐにソナに背を向けて階段を上り始めた。


「ある程度知ってるかなとは思うけど、管理係は、遺跡の結界や魔素濃度の管理をしてる部署だよ。あとは遺物の研究とかね」

 「はあ」とソナは相槌を打った。


 2階フロアは、1階に比べて静かだった。

 管理係にはほとんど来客がないからのようだとフロアを見てソナは思った。


「あっ、カギモトさん!」


 階段室からのカギモトの登場に、真っ先に気がついて駆け寄ってきた人物がいた。

 ふわふわした赤毛に、カギモトよりもさらに小柄でまだ少年のようにも見える。

 藍色のローブを羽織っている。


「何か用ですか?僕にできることならなんなりと」


 まるで尻尾を振る犬のようで、カギモトに随分と懐いているらしい。ソナは信じられない気持ちで赤毛の職員を見ていた。


「新人さんの挨拶で来ただけだよ。俺、教育係になってさ」


 カギモトの視線につられる形で、その少年のような職員は、ソナの存在に今初めて気がついたような顔をする。


「……ソナ・フラフニルです」

 「ああ」と職員は髪色と同じ赤い瞳でソナを見上げた。


「そちらにも新人が来るって話でしたね。僕も新人、君より2ヶ月早く管理係に採用されたんだ。エンデだよ。エンデ・エリュトフィラ」


 懐っこそうな笑みを浮かべながらもどこか口調が刺々しく感じるのは、気のせいだろうか。


「それにしても、カギモトさんが教育係だなんて羨ましいなあ」


 一瞬皮肉なのかと思ったが、エンデの表情は本気に見えた。


「僕のオズワルドさんと変わってほしいよ。今日だってあの人」

「俺が何だって?」


 近くの別の扉からぬっと顔を出したのは、太い眉が特徴的な、がたいの良い男性職員である。


「──いえ、僕はオズワルドさんが教育係で幸運だなっていう話です」


 エンデは尖らせかけた口元を瞬時ににっこりと吊り上げ、180度違う言葉を平然と言ってのけた。

 さらに、オズワルドが出てこようとする扉をさっと開けに行くまでする。


「お、そうかそうか。本当におまえは素直で良い後輩だな」


 まんざらでもなさそうな様子でオズワルドと呼ばれた職員が、大きな箱を抱えて扉から出てきた。エンデと同じ藍色のローブ姿である。

 オズワルドはカギモトとソナに気づくと、ソナの顔を穴が空くほど見つめた。


「おお……ど、どちらさま?」

「ソナ・フラフニルです。昨日から総務係に配属になりました」

「ああ、総務の新人か……。俺はオズワルド。管理係の4年目だ。よろしく」


 ソナが後輩だとわかり、オズワルドは自信ありげに自分の茶髪を整えながら笑顔を作った。が、すぐにソナの横を見て顔をしかめる。


「──で、まさか、君の教育係がカギモトなのか?」

「そうだよ」


 ソナの代わりにカギモトが答える。

 オズワルドは心底気の毒そうな溜息をついた。 


「こいつが教育係って、所長はいったい何考えてんだ。“杖無し”に務まるかよ」


 これが、普通の反応だ。


 ソナはここに来てようやく初めて、カギモトへの否定的な意見の持ち主と出会ったことになる。

 別に嬉しく思うようなことでもないのだろうが、総務係のカギモトへの接し方が普通すぎで、自分の方がおかしいのかと不安になっていたのだ。


「でもほら総務係ですから」

 とエンデがフォローに入る。 

「魔力の有無より事務処理能力とか、探索士対応ができるかとか、そっちの能力の方が大事ですからね」

「いやそもそも、“杖無し”のくせによぉ」

「あまりそんなこと言うと、平等法に引っかかっちゃうかもですけど」

 笑顔のエンデがオズワルドに被せるように言う。

「僕の尊敬すべきオズワルドさんが、そんなことするわけないですもんね?」

「おう。そんなこと当たり前だ」

「ですよね。あっ、その荷物、地下に運ぶんですね。僕手伝いますよ!」

「お、気が利く後輩だな、おまえは」


 オズワルドの手綱はエンデにしっかりと握られているらしい。


 エンデはカギモトにこっそり目配せすると、オズワルドの箱を一緒に抱えて階段へと向かって行った。


 2人を何となく見送ってから、カギモトはソナに振り返る。

 

「ちょっと変わったやつだけど、エンデとは仲良くするといいと思うよ。他の係に同期がいると心強いからね」


 それはさざ波一つ立たないような穏やかな表情で、ソナは言いようのない違和感を感じる。

 オズワルドの暴言は、カギモトには一切響いていないらしい。

 

 この男は、一体どういう神経でこの職場で働いているのか。


 ソナには到底理解できないように思えた。

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