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ソナ・フラフニルの歓迎会 3/4


 パフェを食べる時にはもはや自由席となっていた。

 ソナはフルーツやクリームが盛り付けられた自分の皿を持って、角の方で足を組んで座るセヴィンの方に向かう。

 チョコレートのかかったカステラを食べているセヴィンは、とても甘いものを口にしているとは思えない気難しい顔をしている。


「あの、セヴィンさん」

 声を掛けると目だけを上げた。

「今日は色々と、ありがとうございました」

「礼などいらん。誰かがやることだ」

 素っ気なく、セヴィンはまたパフェを口に入れる。食べるペースは早い。

「このパフェに乗っているお菓子も、こないだ入院していた時のお見舞いのお菓子も……すごく、おいしかったです」

 表情は変わらない、が、どこか得意げな口調で「そうだろう」と言う。

「奥様にも、よろしくお伝えください」

「ああ──伝えておこう」

 セヴィンは口元をにやりとさせた。 

 こんな風に笑うセヴィンを見るのは、恐らく初めてだった。


 

「宴もたけなわってやつだけど、そろそろお開きだね」


 皆がデザートを食べ終えた頃に、顔を赤くしたゴシュが言った。


 会計を済ませる間に身支度するようセヴィンに指示され、宴席の余韻を残しながらも皆いそいそと準備を始める。


 ティーバとカギモトが卒なくみんなの荷物を手渡していく。


「はいどうぞ」

 カギモトがソナの上着と鞄も渡してくれた。

「ありがとうございます」と礼を言って改めてカギモトを見ると、その顔色も普段どおりだった。あまり酒は飲んでいないのだろう。


 先程の、写真を撮る直前のカギモトの表情を思い出す。

 まるでその場から逃げ出してしまいたいというような、そんな顔だった。


「……好きじゃ、ないんですか?」


「え、何が?」


 カギモトが首を傾げる。

 何だか、聞いてはいけない気がしてしまう。


「その……えっと、お酒が」

「お酒? あー、……嫌いじゃないよ、っていうかむしろ好きなんだけどね」

 上着を着ながらカギモトは曖昧に笑う。

「体質的に合わないのかな。次の日まで残っちゃったりするから、あまり飲まないようにしてる」

「はあ……」

「ほら行くよー」

 ゴシュに声を掛けられ、ぞろぞろと階段を降りる。店主夫婦に感謝の挨拶をして、目の覚めるような寒さの外に出た。


 満月が静かに輝きを放っていた。

 周りには他にも飲食店がちらほらあるが、時間的に閉まっているところがほとんどで、人通りもないに等しかった。


 トレックとシンゼルが寒い寒いと騒ぐ中、

「──いやほんと大丈夫、帰れるから。ほとんど飲んでないし」

「だめだ、約束しただろ」

 後ろでカギモトとトレックが押し問答のようなことをしていた。

「なになにどしたの?」とゴシュが赤ら顔をで首を突っ込む。

「こいつ、俺を送っていくって言って聞かないんですよ。近いし大丈夫なのに」

 カギモトが心底困ったように説明する。ティーバは2人乗り箒をケースから出そうとしていた。

「もう遅いのに、カイリにひとりで夜道を歩かせるわけにはいかない」

「おまえカギモトのママなの? 彼氏なの?」

 呆れ顔のトレックに、内心で同意してしまう。ティーバのカギモトに対する過保護っぷりは確かにひどい。

 特別扱いされたくないというカギモトの意志に、真っ向から反しているようにも思える。


「あっ、そろそろトラム来ちゃうので、トラム組は出発しないと。あとは何とか収めてくださいね」

 面倒だと思ったのかナナキがこの場を離れようとして……ソナを見てはたと首を傾げる。

「あれ、ソナさんはなにで帰るんですか?」


 何を今さらと思いながら、ソナは肩に掛けた折り畳み箒のケースを示す。


「箒です」


「……何言ってるの、飲酒運転でしょ、それ」


 ティーバの冷たい声に、

「──あ」

 ようやく気がついた。


「あ、そ……そうですよね……」

 そんなことに思いも至らなかった自分が恥ずかしい。

 だからティーバは酒を口にしなかったのかと理解する。


「じゃあ一緒にトラムで帰ればいいじゃん」とトレックが言うが、ナナキが首を振る。

「ソナさん、最近職員寮に入ったんですよね? あそこ、最寄り駅から結構歩かないとですから、もう遅いし、ちょっと心配です」

「それなら俺が寮まで送って」

「トレック」

 セヴィンの声にトレックがさっと口を閉じる。


 魔導ハイヤーを呼ぶか、しかし週末の夜はハイヤーはつかまえにくい、それに寒い中でひとりで待つのは……と煮えきらない議論が続く。

 自分のことでこの寒空の下に皆を留めてしまっていることに申し訳なさを感じる。


「あの、私は大丈夫で」

「わかった。こうしよう」


 声を上げたのはカギモトだった。


「ティーバは歩いて俺を送る。悪いけどそれにフラフニルさんもついてきてもらう。そのあと、フラフニルさんはティーバに箒で送ってもらえばいい。そしたら俺は箒に乗らずにすむし、フラフニルさんもひとりで帰らなくてすむ。みんなの要望を満たすのは──これしかないと思う」


 皆、首をひねる。


「……珍しくカギモトくんが何言ってるのかよくわからないな」

 ゴシュが眉をひそめ、

「よっぽど箒に乗りたくないんですね」とナナキも言う。

「何でもいい。最終便を逃すぞ。俺は行く」

 セヴィンはさっさと立ち去った。

 ナナキ、シンゼルもそのあとに慌ててついていく。

「おいティーバ、ソナさん送ってくのはいいけどな、変なことは」

「じゃあ任せるよ! みんなお疲れさま!」

 

 ゴシュがトレックを引っ張るようにして、トラム組のあとを追った。


 ソナ、カギモト、ティーバの3人が、灯りの消えた月鍋亭の前に取り残された。

 

 カギモトが笑顔で振り返る。


「さっきの提案でいいよね?」



…………………


 街灯は少ないが、月明かりのおかげでそれほど暗いとは思わない。

 カギモトを間に挟み、ソナ、ティーバの3人でひっそりと静かな道を歩く。


 一体これは、どういう状況なのか。


「悪いね、フラフニルさん。無駄に歩かせちゃって」

「いえ……」

 カギモトの機嫌は良さそうで足取りは軽い。

「カイリ、本当に家の方まで行くのか? この子連れて」

 ぶっきらぼうにティーバが問う。

「だってひとりにしたら、あとでみんなに責められるだろ」

「そうだけど」

 

 歩く先には、遺跡管理事務所が見えてきた。来た道を戻っているだけである。


「カギモトさんのおうちって、こっちの方なんですか」


 事務所の周りには、探索士向けの店や宿が多く、普通の住宅は少ないはずだ。


「うん、俺事務所の地下に住んでるんだよね」

「そうなんですか──って、え?」


 あまりにあっさりと言われたのでつい流しそうになってしまった。


「事務所に? え? それはどういう……」

「正確には地下の地下ね。空き部屋をちょっと改造してもらってね。知ってるのは総務係と所長だけだから、フラフニルさんも内緒だよ」

「庁舎にただで住むなんて本当はだめだから」とカギモトは軽く笑っている。

「……」

「通勤とかでも危険だったりするから、カイリは。だからなるべく外を移動しないようにってことで、そうなったんだよ」

 あまり積極的ではなさそうな様子でティーバが補足した。

 確かに、魔力の無い人間は、変に目をつけられやすい。毎日の通勤を危険なものにしたくないというのは、理解できる。


「だからさっきの店からだって近いし、ほんと心配性だよティーバ」

「何かあったら、後悔するくらいじゃすまないから」

 差し込まれるティーバの口調に軽さはない。

 カギモトも口を噤んでしまい、間もなく遺跡管理事務所の門の前に着いた。


 鍵を持っているらしく、南京錠を解錠し、カギモトは軋む門を開けて中へと入る。


「わざわざありがとう。じゃあ、これで。2人とも気をつけて」


 門の向こう側で、カギモトはソナとティーバに向けてにこやかに片手を上げた。


「うん、また来週」

「あ……、し、失礼します」


 穏やかな月光の下、もう一度手を振り、カギモトは職員通用口へと消えた。


 本当に、事務所に帰っていった。


 冷気が頬を撫ぜ、思わず首をすくめる。

 

「僕たちも帰ろう」


 ぼそりと、ティーバが言った。 

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