ソナ・フラフニルの歓迎会 2/4
酒は一旦シンゼルに取り上げられ、ティーバと同じく、氷の入った水をもらった。
それをちびちびと飲みながら、ナナキに取り分けてもらったメインの料理を口にする。
魚介と芋のシチュー。
ゴシュが言っていたとおり、これも美味しい。
「本当おいしそうに食べますね」
横でナナキが微笑む。
結局トレックは荷物席に追いやられ、シンゼルが適当に水と料理を渡していた。
そのせいかセヴィンが予定していたらしい席替えはなされなかったが、半ば自動的にみんなの場所が変わっている。
カギモトとティーバは食べる手は止めずにいつものように雑談し、ゴシュとセヴィンもグラスを傾けながら真面目な顔で言葉を交わしているようだ。
まだ少しふわふわした気分でソナは答える。
「あの、本当に、おいしいので」
「ですね」
ナナキは何杯目かはわからないが、グラスの酒を飲み切った。顔色は全く変わらない。
ことりとグラスを置き、ソナを見る。
「その、ちょっと聞きにくいんですけど」
少し眉間に皺を寄せ、ナナキが顔を近づけた。
「正直……トレックさん、どうですか?」
「どう、とは」
「一言目にはソナさんかわいいかわいいって、さすがに……ちょっとしつこくないですか? あれがあの人なりのコミュニケーションで、ソナさんは確かに可愛いですよ。でもあんまり言われても反応に困りません? 迷惑なら私が──がつんと言ってあげますよ」
ナナキが握り拳を見せてくる。
ソナはまた少し笑った。
確かにトレックの物言いはストレートで、反応に窮してしまうことがあるのは間違いない。
でも。
「……あまり何も、気にならないというか」
「え?」
「見た目の事を何と言われても、何とも思わないといいますか」
ナナキは首を傾げている。
どう言葉にしようか考えながら、また水のグラスに口をつける。
「人に……迷惑かけない程度には外見に気を遣ってます。でも、それだけです。だから表面だけを見ての評価って、私にとっては何の意味もない、というか」
ますます、ナナキの眉間に皺が寄る。
容姿を褒められることはこれまでもあった。しかしそれが、自分に何のメリットをもたらすこともなかった。
口下手で無愛想な自分には友人と呼べる存在はほとんどいなかったし、学業ができても人望というのもなかった。
結局のところ。
「中身がなければ、意味がないんだと思ってます」
「……」
「ゴシュ係長は」
俯きかけていた顔を上げる。
「いつも忙しなくしてますけど、しっかりと係をまとめてくれて、言うときはちゃんと言ってくれます」
「セヴィンさんは、とてもきっちりしていて、何でも曖昧にしないところがすごいなと思います」
「シンゼルさんは仕事も詳しいですけど、何だかみんなのお母さんのようで、近くにいてくれると安心します」
「トレックさんはいつでも明るくて、深刻な雰囲気のときでも、緊張をほぐしてくれます」
「ティーバさんは冷静で、確実に、無駄なく仕事をする姿勢がとても勉強になります」
「ナナキさんはいつも周りを見てくれていて、気を遣ってくれて、必要な時に優しく支えてくれます」
「カギモトさんは……自分というものを持っていて、とても、信頼できる人です」
総務係一人ひとりを見て、ずっと感じていたことを言葉にする。
こんな風に誰かに内心を吐露するとは思っていなかったし、こんなにも同僚について語ることがあったのかと、言いながら自分でも驚いていた。
これがお酒なんだと、改めて思う。
「皆さんのこと、尊敬してます。私も……中身のある人間になりたいなって、そう思うようになりました」
ナナキは何も言わずにソナを見つめていた。
やがて、ふっと優しく微笑む。
「そんなにたくさん喋るソナさん、初めて見ました」
「……そうかもしれません」
ようやく恥ずかしくなってきて、水滴のついたグラスを固く握る。
料理を口に運び、飲み込んでからナナキは続ける。
「私のこともそんなふうに思ってくれてたのは、なんか嬉しいです」
「いえ……はい」
水を飲む。
「トレックさんにも聞かせてあげたいですけど、またうるさくなりそうですからね」
いつの間にかシンゼルと楽しそうに食事するトレックの方を見ながら、ナナキは冗談めかして笑った。
それから改めてソナに視線を向ける。
「周りの人をよく見て、素直にそう言葉にできるのは、素敵なことだと私は思います」
「そう、ですかね」
「そうですよ。でもみんな結局……ないものねだりですよね」
少しだけ、翳りのある口調。
不思議に思いナナキの表情を伺うが、いつもの柔らかな笑みを浮かべていた。
「今よりもっと良くなりたいと、そう思うことって、大事だと思いますよ」
「ご歓談中すみませんが」
ざわめきの中でセヴィンが声を上げた。
「今日は歓迎会ですから、新人のソナ・フラフニルさんからも、一言挨拶をお願いします」
ぎくりとした。
いや、突然挨拶を振られたゴシュやカギモトを見ていれば、当然想定すべきだったのかもしれない。
間の悪いことに酔いはほとんど醒めていて、顔が引き攣る気がする。
とりあえずグラスを置いて立ち上がった。
酒の席だ。何も緊張する必要はない。
散らかったテーブルの向かいで、笑顔のカギモトが、“がんばって”という形に口を動かしたのが見えた。
それだけで、心が少し軽くなる気がする。
ふう、と息を吐き、総務係の面々を見渡した。
「あの、今日は、歓迎会ということで、ありがとうございます」
声は小さかった。
しかし皆も、静かにしてくれていた。
「私は……家庭の事情で、今の職場に配属を希望しました。何というか、前向きな理由ではなくて、最初は仕事に戸惑うことも多かったです」
もっと、建前の言える人間だったはずなのに、余計な事を言ってしまっている気がした。でも取り繕うような言葉は、このような場ではあまり意味がないようにも思えた。
「でも、みなさんが、温かく迎えてくれて、優しく教えてくれて、仕事が楽しいというのとはちょっと違うんですけど……もっと頑張りたいなって、あの、本当にそう思うようになりました。だから」
皆、頷いたり、微笑んだりしながら話を聞いている。
「まだ全然、至らないこともあると思いますが、これからも、頑張ります。よろしくお願いします」
頭を下げた。
やはり拍手はまばらで、でもなごやかだった。
「はい、デザートお持ちしました!」
タイミングを計ったかのように、店員の元気の良い声が響く。
振り返ると、店員は大きな皿にこれでもかと盛りつけられたパフェを運んできた。
済んだ皿が片付けられ、テーブルの真ん中に豪華なパフェが鎮座する。
「……」
「目がすごい輝いてるよ」
パフェを見つめていると、ティーバがどこか面白そうに呟く。
シンゼルが席に戻ってきた。
「私たちでセヴィンくんに手配をお願いしといたのよぉ、メニューにはないスペシャルよ」
「こないだのランチで本当に嬉しそうに食べてましたからね、ソナさん」
横でナナキがにこりとする。
「そこに乗っているチョコレートとクッキーはうちの実家のものだ」
真顔のセヴィンが事務報告のように告げ、
「フラフニルさん、こういうの好きなんだ」とカギモトも微笑んだ。
「うわぁすごいねそれ、僕はちょっとでいいや。若い人達で食べて」
すっかり赤い顔になったゴシュがシチューをかきこんで言う。
「ねえ、そろそろ俺こっちに戻っていい……?」
シンゼルの背後からトレックがしおらしく顔を出した。
また笑い出しそうになるのを、酒の抜けた今は、なんとか耐えることができた。
どうしてこんなに楽しくて、嬉しく感じてしまうんだろう。
「そうだ、デザートの前に写真撮影だ」
パフェを取り分けようとしたナナキを留め、セヴィンが思い出したように店員を呼んだ。
「総務係の伝統だからな」
そして、戸惑うソナを真ん中に押し込み、パフェが画角に入るようにして、全員でまとまって並ぶ。
背後にはカギモトがいた。
ふと見れば、こちらがどきりとするほど、ひどく物憂げな顔をしている。
ソナの視線に気がつくと目を見開き、それからぱっとにこやかな笑みに変えてみせる。
「はい、せっかくなんでもっと笑顔でお願いしまーす」
明るい店員が笑顔でカメラを構え、それでもみんななんとも言えずに顔を見合わせていた。
ようやく焚かれたフラッシュに、目がちかちかした。
一体、皆どんな顔をして写っているのだろう。
現像されるのを心待ちにしている自分がいた。




