ソナ・フラフニルの歓迎会 1/4
再びソナ視点の幕間的な短編全4話。本編にも絡みます。
聞いていた名前から想像していたよりもずっと、“月鍋亭”は小洒落た店だった。
西部遺跡管理事務所からもそれほど遠くはない。以前にナナキとシンゼルと昼食を共にしたレストランともわりと近いところだった。
暖色系の木材で統一された店内は明るい。
テーブルや椅子などのセンスも良く、店の隅々まで清潔感がある。
壮年の夫婦が切り盛りしているようだ。気軽にゴシュと言葉を交わしているのを見ると、この店は、総務係の御用達らしい。
ソナ含め総務係の面々は、店員に2階へと案内された。
それほど広い店ではない。
長テーブルを2つくっつけ、その周りを椅子が囲む。それだけであまり余計なスペースはなく、残りの空いたテーブルに各自の荷物を置かせてもらう。
2階は総務係の貸し切りのようだ。
「ゴシュ係長の席は、こちらです」
「あ、うん」
ゴシュはセヴィンに案内され上座につく。
「セヴィンくんに幹事をお願いしたのは僕だけどさ、なんか堅苦しいなぁ」と汗を拭きながらぼやいた。
セヴィンは全員の配置も細かく決めていたらしく、皆は指示されるがままに席についた。
ソナは両脇をシンゼルとトレックに挟まれ、正面はナナキ、その両脇にティーバとカギモト。
「普段の席と違う方がいいと思ってな」とセヴィンは真顔で言った。
セヴィンは下座のようだが、やることがあるのかうろうろとしている。
テーブルの上には既に数種の美味しそうな前菜と、酒の瓶がいくつも準備されていた。
「さて、酒じゃないやつはいるか?」
「僕は水でいいです」とティーバがそっとセヴィンに知らせる。他にはいないようだ。
「フラフニルさんも、平気? ジュースとかもあるよ」
カギモトがメニュー表を持ちながら尋ねるが、「大丈夫です」と小さく答えた。
成人を迎えてからこれまで一度も酒を飲んだことがなかった。
──でも今日くらいは。
興味はあった。
ソナの前のグラスに、薄紫色の酒が注がれる。酒瓶を持っているのは隣のシンゼルである。
「あ、うちは、お酒は各自が注ぐスタイルよぉ。でも今日はソナちゃん主役だからね、最初だけ」
にっこりとしてそう言った。
「ありがとう……ございます」
シンゼルの言ったとおり、全員それぞれが自分のグラスに適当に中身を注いでいる。
セヴィンの儀礼的な仕切りはまるで無視していて、雰囲気はかなり自由である。
飲み物の準備ができたのを確認し、腕時計を確認し、セヴィンがテーブルの脇に立って口を開いた。次第らしき紙まで持っている。
「定刻になりましたので、これより総務係新入職員、ソナ・フラフニルさんの歓迎会を開始したいと思います」
生真面目な顔で告げられたセヴィンの開始の言葉に、総務係からは苦笑いが漏れる。
「では乾杯の前に、ゴシュ係長より一言お願いします」
「僕? 聞いてないよ」
ゴシュが目を丸くした。
「そんなんじゃなくてさ、もっと気楽にやろうと思ってたんだけど」
「いえ、そういうわけには」
「ええー……」
「あの係長、お腹空いてるので、お早めに」
ナナキが圧のある笑顔を向けると、ゴシュは溜息混じりに笑った。
立ち上がり、総務係を見回す。
「えっとね、だいぶ遅くなっちゃったけど、ソナさんの歓迎会ってことで、今日こうして全員が集まることができてよかったって思ってるよ」
鼻の頭に汗を滲ませ、ゴシュはいつもの早口である。
「仕事も一段落ついたことだし、楽しく飲んで食べて。でも羽目は外さないように。酒の席での失敗ほど恥ずかしいものはないからね」
ゴシュはトレックを見ている気がした。そのトレックは渋面を浮かべている。
「あと、仕事の話は大きな声でしないこと。それくらいかな。あ、ここの料理はどれもおいしいし、特にシチューはおすすめだよ。頼んであるかな? ええと──以上」
拍手はまばらだったが、皆の雰囲気にはどこか温かみがあった。
「係長、ありがとうございました。では乾杯を──カギモト」
「お、俺ですか」
名指しされたカギモトは目を見開く。
「教育係だからな、当たり前だろう」
「あ……はい」
逡巡したのは一瞬だったらしく、カギモトは酒が少なめに入った自分の杯を手に立ち上がる。
「えーと、みんな早く飲みたいと思うんで手短に」
そしてソナに優しげな視線を向ける。
「フラフニルさんみたいな優秀な新人さんが総務係に来てくれて、嬉しく思います。これからもうちの係らしく、チームワークを大事にやっていけたらと思ってます」
カギモトはグラスを掲げた。
ソナも皆に合わせてグラスの細い柄を持つ。
「皆さん、準備は大丈夫ですね? それでは、総務係のますますの発展を願いまして──乾杯!」
薄いガラス同士が触れ合う小気味いい音。
皆がそれぞれに酒を飲み始めるのを横目に、ソナもグラスの縁に口をつけた。
初めて飲んだ酒は果実酒だった。酸っぱくて、少しほろ苦い。
味だけで言えば特別おいしいとも思わない。けれどもほんの少し飲んだだけで、不思議と体が温かく、軽くなる気がする。
ゴシュとナナキ、それからトレックは一気に飲み干してすぐに二杯目を注ぎ出し、ティーバとカギモトは飲むのはそこそこに自分達の料理を取り分け始めている。
グラスと次第らしき紙を片手にセヴィンは、「30分後に席替え、デザートが来たら写真撮影……」とぶつぶつと呟いていた。
「あらぁ、空きっ腹にお酒入れ過ぎちゃだめよ」とシンゼルはゴシュ達の皿に素早く料理を乗せていく。
「料理も基本は各自で取り分けよぉ。でもこの人達、飲んでばっかりだから。ソナちゃんは好きなもの食べて」
シンゼルにそう言われ、ソナもグラスを置いて、気になる前菜を自分の皿に取っていく。
花の形に型抜かれた鮮やかな野菜のマリネ、柔らかく煮込まれた一口大の鶏肉、香りの良いチーズ。順に口にして、そのおいしさに思わず頬が緩んだ。
酒と合わせると、なお良い。
これがお酒。
なるほどみんなが好むわけである。
「それにしても」
と横でグラスを持つトレックが頬を赤らめ、満面の笑みで言う。
「ソナさんの隣にしてくれるとか、セヴィンさんさすがっすよ」
「職場の座席と変えただけだと言っただろう。他意はない」
セヴィンは難しい顔で薄切りのパンを齧り、ソナを見た。
「いちおうあとで席替えはするが、嫌なら好きに移動してくれていい」
「そんな」
悲痛な声を上げるトレックに皆が笑う。 ソナも口元が緩みそうになるのを我慢していた。
「いやでも」
とトレックの切り替わりは早い。
「カギモトもティーバもいっつも隣なわけだろ。いいなあ」
「トレック、そういうのフラフニルさん困るだろ」
カギモトが助け舟を出し、「そうですよ」とナナキが横で何度も頷いている。が。
「ソナさんは俺の癒しです!」
同僚を無視して、トレックはソナににかっと笑いかける。 明らかにいつもより気分が高揚して見える。 酒の力はすごい。
「もう駄目だよそいつ」とティーバがぼそりと言った。
「んもぅ、弱いくせに勢いよく飲むからよぉ。トレックくんって飲まなくてもアレなのに、飲むともっとアレなんだから」
シンゼルが呆れたように溜め息をつき、
「あれ、トレックくん、僕の挨拶ちゃんと聞いていたのかな」
ゴシュは眉をひそめる。
「まだ開始10分だけど、とりあえず荷物の席に隔離しとく?」
「ですね」
ごく淡白なカギモトの提案にやはりナナキが淡白に頷いた。
「ソナさぁん。前みたいに笑ってみてくれよぉ」
「本当に気持ち悪いぞトレック」
セヴィンに首根を掴まれて連れて行かれそうになるトレックを見て思わず──
「あはっ」
笑ってしまった。
「あはは、ふ……ふふっ……」
なぜか全然こらえることができない。お腹が引き攣るくらいに止まらない。
皆ぽかんとしているようだが、カギモトがはっとしてテーブル越しに身を乗り出す。
「だ、大丈夫? まだそんなに飲んでないよね」
「え? ほんの少しですよ。大丈夫です。でも何か、楽しくて、すごく。あはは……」
「……」
誰かと囲む美味しい食事。
楽しげな会話。
こんな気分になるのは、いつ以来だろう。
「ソナさんって笑い上戸?」
やがて誰かがそう言ったのが聞こえた。




