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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第76話 魔女

引き続き痛い描写ありますので、苦手な方はご注意。

 ドードーの不気味な立ち姿に身がすくむ。


「なんで……っ」


 カギモトが歯噛みしながらソナの前に立った。


 明らかに意識がなさそうであるにも関わらず、ドードーから加速度的に膨れ上がる魔力。

  

 この距離ではカギモトでも魔法の牽制に間に合わない。


 ソナは腕を上げる。骨まで砕けそうな激痛だ。

 その痛みに耐え、カギモトと自分を守る結界を編み上げる。


「う……っ」


 腕の亀裂から止まりかけていたはずの血が噴き出した。


「ふ、フラフニルさん! 無理しないで!」


 そんなことを言われても、今、力を出し切らなければ本当に終わりだ。

  

 迫る魔力波。


 結界壁を作り切る。


 耳が痛くなるほどの衝突音と、結界を支える腕に走る衝撃。

 攻撃を防ぐことはできた。


「……っ」

「フラフニルさん!」


 しかしほとんど破壊し尽くされ、修復はもはや困難だった。集中することができない。


 カギモトが屈んで背を向ける。


「背中、乗って! 痛いと思うけど」

「え……」

「早く!」


 カギモトはソナを背負い、歯を食いしばるようにして立ち上がる。

 2人の身長はそう変わらないのに、怪我もしているのに、どこにそんな体力があるのか。

 ドードーから逃げるように駆け出した。

 道は瓦礫や倒れた木の幹で荒れている。

 カギモトにしがみつくようにする腕は、一歩一歩の振動でも、耐え難いほどに痛みが走る。

 

 カギモトは馬鹿だ。

 ひとりなら逃げられるはずだ。 


「やっぱり、むり、です。私……」

「大丈夫だから!」   

 

 何が大丈夫なのか。


 再び放たれようとする不気味な魔力を感じる。守る壁もなく背を向けて逃げる2人は格好の的だろう。

 

「もう……」


 間に合わない。

 この距離では、あの魔法の威力では、逃げ切れない。

 

 大気が張り詰め、次の魔力波が来る。


 ソナは思わず目を閉じ、カギモトにしがみつくようにした。ソナを支えるカギモトの手にも力が入る。


 もはや考えることをやめ、その衝撃を待つしかなかった。



 その時。



 じゃらりと──まるで金属同士が擦りあわされるような奇妙な音がする。  


 上から。

 

「あ……」


 カギモトの声が漏れ、急に足が止まる。


 空気が変わった。


 ソナはこわごわと目を開ける。

 

 あたりは昼間のはずなのに突然夜になったかのように暗く、雨は降っていない。



 空を見る。 

 あれは。


 


 ──ヘルベティア。




 旧式の箒に横乗りして闇の中に浮かんでいた。


 その手には長い優美な白い杖を掲げ、杖先からあふれるほどの金に輝く鎖の束を垂らして。

 黒い空を背景に桃色の髪を揺らし、悠然とこちらを見下ろしている。


 それはかつてソナが歴史書で見たような、古代魔法文明時代の魔女の姿、そのものだった。


…………………


 ヘルベティアは無言のまま、杖を高く天に突き上げ、金の鎖を解き放った。


 上空から落ちてくる何本もの金鎖が、まるで剣のように鋭く、音を立てて硬い地面に突き立っていく。


 高い柵のようになった鎖は、魔力波を難なく防ぐ。そしてドードーに向かって勢いよく巻き付き、その体を捻り上げた。


「ぐ……が……」


 およそ人間らしからぬ呻きを漏らし、頭と足先以外黄金の鎖で身動きが取れなくなったドードーが水飛沫を上げて倒れ、藻掻く。

 

 黄金の魔力、具現化された道具。

 あれも──古代魔法。


 それに、今では使用する者などいるはずもない、杖。

  

 ソナはカギモトの背から降り、カギモトの肩を貸りるようにして立つ。

 痛みを通り過ぎてぼんやりとしてきた頭でソナが考える。


 魔女だ。

 

 ヘルベティアはその旧式の木製箒で空から下降してくると、倒れたドードーの横にするりと着陸した。

 金の双眸は、いつもより妖しく煌めいて見えた。


「助けに来たわけじゃないんで、勘違いしないでくださいねぇ」


 口元を歪めるようにソナ達に言うと、ヘルベティアは冷たい目でドードーを見下ろした。


「……やっぱり」


 呟き、杖先に細い金の鎖を出現させる。

 その鎖の先を、ドードーの開いた口の中に容赦なく突っ込んでいく。


「が……ご……」


 苦しそうにばたつく相手に一切構うことなく、ヘルベティアは鎖をドードーの体内へと流し込んでいく。

 こちらがえづきそうになるような光景にソナは顔を背けたくなる。

 が、見ないといけない気がした。

 重大な何かが、起きている。


「へ、ヘルベティア……」

「黙ってろ“杖無し”」


 ヘルベティアはカギモトを見もせずに言い捨てた。


 やがて杖を持つ華奢な手がぴくりとしたかと思うと、今度は一気に鎖を引き上げ始める。

 苦痛に呻くドードーの体内から唾液とともに鎖が引っ張り出したのは、手のひらに収まるほどのごく小さいものだった。


 金色の球体に青い紋様。

 何か貴金属の類に見えるそれは、禍々しいまでに濃い魔素を放っている。

 その魔素にあてられ、吐き気がした。


 それを、ヘルベティアはさも大事そうに手に取り、握り締める。

 それだけで魔素は嘘のように消えていった。


「ヘルベティア、それは……」


 カギモトの問いかけには、やはり答えない。


「遺物……ですか? アレス遺跡の、新通路の……」


 ソナは譫言のように尋ねた。


「宝ですよ」


 手に持った金の球体を眺めるヘルベティアのその目には、慈しむような色すらあった。


「あなた方には一生のうちに目にすることなんてできない代物です。ありがたく思ってくださいねぇ」


「ちゃんと説明しろよ」

 カギモトは彼らしからぬきつい口調で言う。

「それが、特殊遺物なのか。ここまでの事態を引き起こしたものなんじゃないのか」 

「もう無効化はしたんでぇ。それに」

 ヘルベチカはどこからか取り出した蓋のついた小箱に球体を収め、ソナ達に冷めた目を向ける。

「少なくとも、“杖無し”と新人さんには知る必要もないことですね」

「おまえ……」

「あたしは所長から回収を命じられただけですから」


 それから薄ら笑いを浮かべると、スカートの裾を摘み、まるで淑女のように一礼をした。


「救助は間もなく来ますので、ご心配なく。──では御機嫌よう」


 それがカギモトへの意趣返しなのは明らかで、カギモトは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 ヘルベティアは杖を手に木製の箒にまたがったかと思うと、ぐんと宙へと舞った。

 鎖によって、ドードーも吊り上げられる。 


「おい! ドードーさんは……」

「当然、所長の研究対象になりますぅ。生きてはいるみたいなんで、そのうち解放されるといいですねぇ」


 無責任にそう言い放つと、ヘルベティアは中空から「ソナさん」と冷笑を見せた。


「やっぱり随分とお二人仲良しじゃないですか。そんなに“杖無し”とくっついちゃったら、あたし、吐いちゃいますよ」

 

 言われてソナは、ずっとカギモトにもたれかかっていることを思い出す。

 が、もう体が重くて仕方がない。

 ヘルベティアの嫌味にも何も感じない。


 無言のソナとカギモトに興ざめしたように、ヘルベティアは一瞥を残すとドードーを吊り下げたまま飛び去っていった。


 何が起きたのか、よく理解できなかった。


 それにしても、辺りが随分と静かだ。それになぜ夜みたいに暗いのか。


 そう考えているタイミングで、特徴的な足音が聞こえてきた。


「いやーまいったね。琥珀の姫さまには」

 

 どこかで聞いた、やる気のない声。

 霞む視界を凝らすと、細身のスーツをだらしなく着こなした男。

 閉じた傘を腕にぶら下げ、片手をポケットに手を入れてだらだらと歩いてくる。先の尖った革靴が硬い足音を立てている。


「……マツバさん」


 カギモトの口振りにあまり驚きはない。

  

 金のメッシュが入った黒髪。余裕ぶった笑み。


 魔法取締局職員──マツバ・トオル。


 次から、次へと。

 思いもかけない人物が現れる。


「間に合ってよかったぜ。市街地であんな目立つ旧式魔法使うんじゃねえって、姫さまによく言っといてくれよ」


 マツバは傘を開き、人差し指を軽く振ると、覆っていた暗幕を剥ぐように空がさっと明るくなった。

 雨が、再び降ってくる。

 辺りのざわめきが戻ってきた。


「なんで」

 カギモトの声が色をなした。

「余計な時は来るのに、あんたは、肝心な時にはいつも」

「都合の良いこと言ってんじゃねえよ。俺も忙しいの。ここの後始末しなきゃなんだぜ? 怠いのなんのって」

 さした傘をくるくると回しながらマツバは呑気に言葉を挟む。

「──あ、ほら、お待ちかねの救護車だ。まあ2人とも、お疲れさんだな」

 

 それが合図のように、辺りに何台もの白い魔導救護車が降り立つ。

 中から出てきた救護隊員達があちこちに慌ただしく駆け出した。


 それを見てようやく安心したらしい。

 ソナの視界は暗くなり、僅かに残っていた体の力も急速に抜けていく。


「あっ、フラフニルさん? しっかり──」


 カギモトの必死な声が徐々に遠くなる。


 もう少し自分の足で立っていたかったけれども、抗えない。


 意識が途切れるその最後まで、ソナを支える手の温かさを感じていた。


詰め込みましたが、なんとかクルベ通り編終わりです。

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