表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
74/149

第74話 カギモト・カイリの立ち回り 前編

 次の瞬間、カギモトが取った行動は退避だった。


 カギモトにきつく腕を掴まれたかと思うと、ぐんと引っ張られる。

 建物の外へと飛び出した。

 

「カギモトさん!?」

 

 雨が冷たい。

 と感じた瞬間に背後で轟音。


 爆風ともいえる激しい風に背中から突き押され、カギモトとソナは前方に転げた。


 縁石の角に激しく膝をぶつけたソナが呻くよりも早く、カギモトに抱え起こされる。


「まずい……」


 カギモトの呻きにも似た呟きに振り返れば、降る雨をものともせず、もうもうと土煙が立ち込めていた。


 先程までソナ達がいた建物だけでなく、その周囲の建物も木々も抉られ、跡形もなくなっていた。

 カギモトに連れ出されなければ、とぞっとする。


 住人か、たまたま近くに人がいたのか、少し遅れていくつもの悲鳴が上がっていた。


 煙の奥にドードーの影が揺れる。その表情は伺えない。


「──フラフニルさん!」 

「は、はいっ」 


 声が裏返る。

 雨に濡れたカギモトの、鋭い眼差し。 


「結界できるよね? あの人を囲ってくれる?」


 ソナはぐっと唾を飲み込む。 


 再び、魔力がドードーから湧き上がっていた。金色の光を纏う、総毛立つような不気味な魔力だ。 

 ソナは震える足で立ち、ドードーの方を向いた。


 結界なら、できる。

 カギモトにはできない。私がやらなければならない。


 ドードーの周りには木も建物もほとんどなくなっていたが、辛うじて、背の低い植え込み、斜めになった柱、何かの看板の跡、それらの頂点を捉える。


 ソナは奥歯を噛み締め、片手を前に突き出した。  

 

──頂点確保。

──範囲指定。

──魔力出力調整。


 狙いをつけた周囲の構造物の頂点を、指先で素早くなぞる。結界を一気に編み上げる。


 薄赤い光線が絡み合い、ドードーの四方を檻のように取り囲んだ。


 無事結界ができたことにほっとする間もなく。

  

 煙が晴れ、結界に取り囲まれたドードーのその両目が、黄金色に輝いているのをソナは見た。


 ドードーから放たれた魔力の塊。

 結界壁に内側から激突し、光が弾け目が眩む。

 落雷のような破壊音が空気を割るように響いた。


「……!」


 見れば予想よりも結界が崩されていた。

 背に怖気が走る。

 

「カギモトさん……っ」

 削がれた結界に魔力を送り、すぐに補修していく。

 黄金色を帯びた魔力。あれは。

「あれは、古代魔法です」


 そしてその魔法理論は、現代においてほとんど不明。

 到底信じがたいが、ソナは震える声で口にする。

「遺物……特殊遺物に操られているんでしょうか……」

  

 カギモトが何かを答える前に、案内人の男女やリケ含む他の子供たちまでが近くに集まってきた。

 

「どうしたんだ!」

「何? 抗争?」

「あれってドードーの兄ちゃん!?」


 その表情に怯えはあるものの、ドードーへの心配か好奇心の方が勝っているしい。

 さらに大人達も、雨をものともせず、野次馬のようにぞくぞくとやってくる。


「危険です、早くここから離れてください!」

 カギモトが見たことのない形相で怒鳴った。

 その間にも、表情のないドードーは何も言わず、ゆっくりと、魔力を集結させている。 

 結界で囲われているからだろうか。クルベ通りの住民達に恐怖や焦りのようなものは特にない。


「なんだおまえ、ドードーに何かしたのか?」 

「そんなことどうでもいい! みんなを連れて避難を──」

「カギモトさん、次来ます!」


 ソナは叫びに近い声を上げた。


 ドードーは、今度は金色の光を帯びた長い槍を生み出していた。

 

 その槍を大きく後ろに引くように構え、勢いをつけて繰り出す。


「……っ」

 

 耳をつんざく激しい音。

 子どもたちの悲鳴のような声も混ざり──ソナは思わずきつく目を瞑る。

 

 大気が震え、衝撃波が肌の上を撫でていく。結界に魔力を送るソナの手がびりびりと痺れた。


 目を開ければソナが直したばかりの結界には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。

 麻痺したように感覚が弱まる手を無視して、追加で魔力を送って塞ぐ。

 

「わ、わかんねえけどやべえのはわかった。ガキども連れて離れる!」

 ダレンが青い顔をして言った。既に腰が引けている。

「お願いします。あと警察と、遺跡管理事務所にも連絡を」

 カギモトの早口の指示に、ユミィ達は困ったように視線を交わし合う。

「わ、私たち伝心蝶ができない。字が書けない」

「電話は」

「公衆電話が。でもだいぶ離れてる」

「それでいい!」

 カギモトは鞄ごとユミィに放る。

「連絡先入ってますから、頼みます!」

 鞄を受け取ると硬い顔で頷き、ユミィはダレンと子供達と共にばしゃばしゃと足音を立てて走り去っていった。


 一方で大半の野次馬達は逃げる様子がない。遠巻きに見ていて、どこか興奮したようにざわめいていた。誰も通報しようとか加勢しようとかなどという気はないらしい。

 命に関わるような危機すらも、ここの住人にとっては娯楽のひとつなのだ。警察もなかなか来ないはずである。


「カギモトさん、結界は、何回ももちません……!」

 額に滲む汗が雨で流れる。

「私たちも逃げないと」 


 カギモトは唇を噛み締め、真剣な目でドードーの方を睨むように見ていた。


「放っておけばかなり被害が出る。このまま一次的に俺達で対応すべきだと思う」 


 ソナは言葉を失った。

 さらに続く言葉に耳を疑う。


「あの人を無力化したい」

「む、無力化って……」


 カギモトはマフラーを外しコートを脱ぎ捨てていた。


「君は避難誘導の方に回ってくれてもいい。強制はしない。でも」

 ソナに控えめな視線を向ける。

「手伝ってくれると助かる」


 返答に詰まる。


 あれを無力化するとは、一体誰がどうやって?

 

 自分たちが体を張る必要があるのか。

 警察でも軍人でも探索士でもない、ただの事務員の自分たちが。


 この世界は魔法至上主義だ。

 魔力量の多寡、魔法技術の優劣が立場を作る。

 格上に挑みたいとは思わないはずだ。誰だって、自分の命が大事だ。

 

 魔力のない“杖無し”のカギモトには、相手の魔力の凶暴さすらも感じる取ることができないのだろうか。

 それ故に、ソナ達が持つような、魔力に根差した本能的な恐れもないのかもしれない。

 しかし。


「私……」

 

 魔法もできないカギモトが、“やる”と言ったのだ。


 どうして私が“できない”と言えるだろう。


 雨に濡れた顔を拭い、ソナは「やります」と答えていた。

 が、直後に不安になる。


「でも私、今……攻撃ができなくて……」


 攻撃魔法が放てない上に、そもそもこの規模の結界を張りながらの攻撃自体、理論的にできない。


 ドードーが次の攻撃の準備を終えかけている。

 膨大な輝く魔力を、手のひらほどの球体に凝縮していた。

 結界を破壊するのに試行錯誤しているようにも見える。

 あれに、耐えられるか。


「攻撃はしなくていい。フラフニルさんはあの結界を保ちながら、動く俺も守れる?」

「え……」


 ソナは一瞬考える。

 結界の同時展開は、可能だ。

 しかし、今のドードーを囲う結界を維持するのに集中力のほとんどを使っている。

 カギモトを守る移動式結界を同時に張るのは……酷く骨が折れる作業なのは確実だ。


「できます」


 ソナは頷いた。頷くしかなかった。


 カギモトも頷き返すと、いつもシャツの胸ポケットに挿している黒いペンらしきものを抜いた。


 下に向けて素早く振り下ろせば、滑るような音を立ててその先が長く伸びる。

 教師が授業で使う、先が少し細まった指示棒のようだ。


「あの、まさかそんな物で……」


 ソナは信じられない思いで呟く。

 特に変わったところは見受けられない、魔力を帯びているわけでもない、ただの細身の黒い棒だ。


「おい、そんな棒切れじゃ無理だろ」と周りから馬鹿にしたような野次が飛んでくる。


「護身道具なんだ。近づければ何とかなると思う。ドードーさんが武器を持ってないのが救いだね」


 カギモトはいつものような軽い口調でそう言って、雨で張り付いた前髪を雑に掻き上げ──前を見据えた。


 まだ塞ぎきっていない結界を片手で補修をしながら、ソナはもう片手でカギモトを包む結界を作る。薄赤い、球体型の結界である。


「お、ありがと」

「完全には、防げませんから」

「わかってる。次の攻撃が来たタイミングで後ろに回り込む。俺が合図したら、ドードーさんの結界を解除してくれる?」

 

 その言葉を待っていたかのように、ドードーから放たれた魔力の球が結界に激突する。


 爆発のような轟音を立て、結界を支える両腕に強い衝撃が走る。攻撃力が増している。


 結界は骨組みしか残っていない。


「よし──じゃあ行ってくるね」


 ちょっとその辺まで出かけるような気軽さで、カギモトは棒を手に脇の道へと消えた。

 

 置いていかれた心細さよりも恐怖心よりも、今はカギモトの無謀さへの呆れの方が、遥かに大きかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ