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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第73話 うっかり探索士

このあたりから、1話の文字数が長くなってます。

 雨に当たらないよう、一同はリケの住む建物の庇の下に移動した。


 ドードーが新通路に行くと言っていたのがいつのことなのかカギモトが尋ねると、「俺が受験の受付に行った日だよ」 とリケが答えた。

 つまり、ドードーの探索士証の再発行受付をした日でもある。


「探索士のカード無くしちゃったんだって。でも何とか行けそうだから行ってくるって。次の日かな、出掛けたのは」


 あっさりと言ってくれる。

 しかしトラムに乗る前にもカギモトと話していたとおり、アレス遺跡は。


「封鎖中ですから、勝手に入れませんよね」

「……」


 しばし黙ってから、カギモトは声を落とす。


「──ほら、今朝もあったよね。遺跡の結界管理についてのクレーム」


 ソナは今朝受け付けた探索士を思い出し、頷いた。


「管理係の結界管理には……少し前から問題があるみたいで。実は、総務係でも調査してるんだ」

 カギモトは足元の小石をつま先でつつきながら囁く。

 それは初耳だった。

「だから、もしかしたら新通路も完全に封鎖されてなかったりして……とか思ったりしてる」


 遺跡の管理が主な業務の管理係が、きちんと管理していないとは。


「それは……もしそうだとして、それは一体何のために?」

「うーん……。たださぼってるってだけなら、まだいいんだけどね」


 2人でぼそぼそと話し込む中、突然リケが「あっ」と声を上げた。


「ドードーの兄ちゃんだ!」


「えっ?」


 ソナとカギモトは素早く振り返る。


 まさか。


 棟の間、葉のない木々に挟まれた細い通路。


 雨の中、整備を放置された雑草まみれの道を、ひょろりとした男が大きな鞄を背負って歩いてくる。


「え、ほんとにドードーさんなんだけど……」


 信じられないという顔でカギモトが呟いた。

 しかし近づいてくる足音も姿も、幻ではない。


 何かを疑いたくなるほど、偶然にしてはできすぎているような気がした。


…………………


 ドードーという男。


 探索士にしては細身。

 両腰にそれなりの剣を装備しているようだが、どこか貧相な印象が拭えない若者だった。

 人は良さそうだが口調も雰囲気も軽く、注意力に欠けていそうで、トレックが“うっかり探索士”と呼ぶのも納得できた。


 それが、ソナが総務係として初めて受付を行ったドードーという男の印象だった


「──あれぇ?」


 雑草を踏み締めて近づきながらドードーは、とぼけたような声を上げた。


 背に負う重そうな鞄、衣服は擦り切れ土やら血やらで大胆に汚れている。さらに両腰に下げていたはずの二振りの剣は、今は鞘だけになっていた。


「ドードーの兄ちゃん!」

 塀から飛び降りたリケが、雨の降る中ドードーに駆け寄る。

「無事だったんだ! 良かった!」

「お、リケ。ごめんな、思ったより時間がかかって。──で」

 リケの頭に触れながらも、ドードーはソナ達に戸惑うような目を向ける。

「どうしてソナさんとカギモトさんが、ここに……?」


「別件で、リケさんに用事がありまして」

 カギモトの声色は落ち着いている。

「今までどこにいたんですか、ドードーさん」

「えっ? え、えーと……」


  覿面に狼狽えていた。


「探索士証がないのに、仕事はできませんよね。なのにその格好は何です?」


 ドードーは自分の体を見下ろす。

 どう見ても、探索から帰ってきたばかりという身なりである。


「え……あっ、運良く見つけたんすよ! 俺の探索士証」

 ドードーが思いついたように言った。

「それで探索に行ってたんすよ。連絡してなくて悪かったっすね……」


「あなたの探索士証、拾われてうちで保管してますから。連絡も何度もしましたよ」


 カギモトは溜息混じりに告げた。

 ドードーは口を閉じ、居心地悪そうに頭を掻く。


 「ええと……」

 「場所を変えましょうか。ドードーさんだけで」


 カギモトはリケとダレン達を見回して言う。

 ドードーは観念したように頭を垂れた。

 

…………………

 

 ついてこようとするリケ達をドードーが何とか言い含め、カギモト、ソナ、ドードーの3人は、数戸離れた隣の棟の庇の下に移動した。


 ドードーは大きなリュックを足元に置き、外光のあまり当たらない共用階段に、くたびれたように腰掛けている。

 出口を塞ぐように立って、カギモトが尋ねる。


「お疲れのところ申し訳ありませんが」

とカギモトは口火を切る。

「確認させてください。あなたは、他人の探索士証を無断で使って遺跡に入ったんじゃないですか?」

「……」 

「否定はしないんですね」

「なんすかカギモトさん、怖いっすよ。警察にでも転職したんすか?」

 

 ドードーはへにゃりと笑ったが、カギモトは表情を変えない。


「アレス遺跡に行ったんですか?」


 今度はぎくりと肩を震わせ、壁に目を逸らした。


「……正直過ぎますよ、ドードーさん」


 苦々しそうにカギモトは言う。

 もしかして、返答によっては見逃すつもりもあったのかもしれないとソナは思った。

 しかし否定しない以上、遺跡管理事務所職員として追及しないわけにはいかないだろう。


「俺達は管理する側の人間です。探索士規定に反するような事をしたのであれば……きちんと報告しなければなりません」

「ええー勘弁してくださいよ」とドードーが力無く笑った。

「アレス遺跡は封鎖されてますよね。どうやって侵入したんですか?」


 ドードーは一瞬、虚を突かれたような顔をする。

 それから口端を歪ませ、くつくつと可笑しそうに笑い出した。

 その様子がなぜだか、ドードーという男の雰囲気とは異なって見えた。


「ドードーさん?」


 カギモトも訝しげにドードーを見る。


「封鎖? あれを“封鎖”って言ったらちょっと笑っちゃうっすね」

「……どういう意味ですか」


 ドードーはにやりとする。


「規制線を張っただけっすよ。そんなんで入っちゃダメって言えば、探索士が言うこと守るとでも思ってるんすかね、管理事務所の人は」


 探索士の立ち入りを本気で禁止するなら普通は結界石を使った高度結界を張ると、マニュアルで読んだ。

 管理係が、それをやっていないということだ。

 カギモトが「やっぱり」という顔でちらりとソナを見た。そしてドードーに厳しい視線を向ける。


「仮にそうであっても、それが勝手に入っていい理由にはなりませんよ」

「ま、そうっすね」

 

 ドードーは軽く肩をすくめた。


 会話が途切れ、雨音だけが響く。


「あの」

 とソナは思い切って口を挟んだ。

「侵入できても、新通路には高濃度魔素が満ちていたんですよね? いったいどうやって……」

「それは……」

 一瞬言い淀んだのち、ドードーは不敵な笑みを浮かべた。

「もちろんそれなりの対策をしたんすよ。遺跡の未知の部分なんて何があるかわからないっすからね」

「……」

 金に困っていたようなドードーが、高濃度魔素の中で活動するための用意などできたのだろうか。魔素除去剤や防護マスクは元々流通量が少ない上に安い買い物ではない。


 推し量るようにドードーをじっと見つめていたカギモトだが、「新通路で何か持ち出した物はありませんか?」と話題を変えた。

「未公開の遺跡で不当に得たものがあれば、こちらで回収しなければなりません」


 ドードーは口を閉ざす。


 ほんの少しの風が、湿った雨土の匂いと、人の生活を煮詰めたような匂いを運ぶ。

 雨音が、先ほどより少し強くなった気がする。


「ドードーさん」

「金がいるんすよ」

 ドードーはじっと外を眺めた。

「ここには金がなくて困ってる子供がたくさんいるんすよね。見たでしょ?」


「それは」

 カギモトの顔が僅かに歪む。

「それと、今回の不法行為は……関係ありません」

「冷たいなあ。魔力無しなのにお役所に入れたカギモトさんにはあの子たちの貧しさがわからないっすかね」

「な……」

「冗談っすよ」とドードーが笑う。


「ドードーさん、なんか……変ですよ」

 カギモトの口調に警戒が滲む。

「そうっすかね。カギモトさんは俺のこと、そんなに知ってます?」

「……」


 黙り込むカギモトの代わりに、ソナが尋ねた。


「それで結局、何か見つけたんですか? 遺跡で」


「──渡せないっす」


 ドードーはきっぱりと言った。


「え?」

「クルベの闇市で売ろうと思ってたんすけどね。やっぱり渡せないっす。誰にも」


 やはり、様子が違う。

 これ以上問い詰めたくない。しかし、訊かないわけにもいかない。


「だから……何を持ち出したんですか」

「すごい代物っすよ」


 ドードーはぎらりと瞳を輝かせた。

 ソナはたじろぐ。

 もはやさっきまでの、情けない顔をした男ではなかった。


「あの新通路……あれはすごい発見っすね。俺は詳しくないっすけど、あれはきっと何かすごいものを研究してたようなところっすよ。古代の魔法文明の何か、とんでもなく大事なものを」


 取り憑かれたようにドードーは饒舌になる。カギモトが横で小さく息を呑む音が聞こえた。


 ソナはドードーの足元に無造作に置かれたリュックに視線を走らせる。


「そこにはないっすよ」


 ドードーは勝ち誇ったような笑みでソナに告げ、自分の腹を軽く叩いてみせた。


「ドードーさん……?」


 庇に打ちつける雨音が激しくなってくる。


「“これ”を見つけた時、ものすごい魔素を放ってたっすよ。さすがにやばいって思ったっす。でも、”ここ”に入れればいいって言われて」


 “ここ”、とドードーは大事そうに腹を撫でている。

 無性に、嫌悪感が込み上げてくる。


「言われたって……誰に? さっきから何を言ってるんです?」


 ソナの疑問をカギモトがそのまま口にした。

 ドードーは一瞬無理解の表情を浮かべる。


「あー……よくわかんないな。誰にだっけ?」


 首を傾げながら、ドードーはまだ腹を擦っている。


「ああ、たぶんこれっすよ、これ。うん、そうっすね。ここに入れろって言ったんだ。だから飲み込んだんだ。そうだよ……そう……」


 ぶつぶつと呟くドードーの目は、いつの間にか真っ赤に血走っていた。

 背筋がぞっと冷える。


  “ものすごい魔素”を放つ何か。

 魔素の消えた新通路。

 ドードーの腹の中。


 嫌な予感しかしない。


「これを取り上げようってんなら」


 不意に声が大きくなる。

 ゆらりと立ち上がるドードーを中心に、不穏な魔力が湧き始めていた。


 ソナとカギモトは同時に身構える。

 危険だと、本能が激しく警告していた。

 急いで魔力を集中させるが、先ほど攻撃ができなかったことを思い出す。

 焦り、体が強張った。


「──誰でも容赦しない」


 ドードーが前方に向けた手に、彼のものとも思えない異様な魔力が渦巻いていく。


 呼応するように、外では風が吹き荒れて始めていた。

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