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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第71話 クルベ通り

 最寄りと呼べる魔導トラムの駅はない、クルベ通りは不便な場所だ。


 人や物の循環が少ないせいなのか、陰鬱な曇り空の下にあって、他の地域よりも雰囲気が淀んで見えた。


 通りの建物は空き家かどうかも判断つかないほどに古く、壊れかけていた。

 地面のひび割れもそのままだ。道端に遠慮なく捨てられたごみを漁る犬や猫、時折子供のような姿もあった。


 これがクルベ通り。


 西部地区でも有名な貧民街。ソナの住む団地も貧しい方の区域だが、そことはまた、“貧しい”の質が違う気がした。

 知っているのと実際に見るのでは、全然違う。

 探索士を目指す純朴そうな少年、リケもここで生活しているのかと思うと、複雑な気持ちになった。

 

「久しぶりに来たけど、やっぱりちょっと緊張するな」


 カギモトは斜めがけの鞄をしっかりとかけ直し、地図を見る。


 クルベ通りにいる人々は、通行人というよりはただたむろして時間を潰しているだけにも見えた。 道の端に座り込む物乞いらしい者たちも少なくない。

 地図を手にきょろきょろするカギモトとソナに、探るような、値踏みするような、あまり気持ちのいいとはいえない視線をくれている。


 ソナは歩きながら辺りに注意を払う。


 幸いにも──というべきか、クルベ通りにいる人々の魔力はそれほど多くはない。


「うーん、あっちで合ってるよね。2ブロック先で右に曲がる感じ?」

「地図の向きが……違います」


 トレックが前に言っていたとおり、道順についてはカギモトでは心許ない

 代わりに地図を持ち、リケのいるであろう区画まで足を進める。

 

「おねえさん」


 可愛らしい声が聞こえた。


 通り過ぎようとしていた狭い路地の角から、10にも満たないような少女が小さな籠を手に現れた。

 この季節にしては貧相な服装で、しかし寒さなど感じていないような、素朴な笑みを見せる。


「これ、いりませんか?」


 少女が籠から取り出したのは、小さな飾りのついた手作りらしい髪紐である。 

 思わず足を止めてしまう。


「30レペトです」


「悪いけど今仕事中で、余計なお金は持ってないんだ」


 カギモトが間に入り、優しいながらもきっぱりと告げる。


「25レペトだったら?」

「ごめんね」

「──あ、そう」


 少女は一瞬で笑みを消すと、時間の無駄だったとでもいうように、その場から走り去った。

 

「……すみません」

「気持ちはわかるよ」

 とカギモトはやりきれない笑みを浮かべる。

「でも、冷たいようだけど、その場しのぎの施しは……あまり意味がないかなと思う。それで俺も前に痛い目見た」


 いいカモだと思われると厄介だし、と足早に歩き出した。

 周囲からの視線。

 確かにぼんやりしてると、次々と物売りがやってきそうだ。


 ソナもカギモトに合わせて歩調を早めた。


…………… 


「ここ、ですかね」


 細い路地を抜けると、少し開けた場所に出た。

 今の空の色にも似た味気ない灰色の、直方体の建物がいくつも狭苦しそうに建っている。 棟の間には枯れた木々が並ぶ。

 元国営団地だったとカギモトは言っていたがまさにそんな外観で、今はどれも空き家のようだった。


 地図の位置的には合っている。

 ただ、リケが告げた彼の住所には、棟の番号も部屋番号もない。

 

「この中のどこにリケがいるか……。その辺の人に声を掛けるしかないか」

「そうですね」


 ソナは頷き、辺りを見回す。


 近くの棟の入り口の前で、こちらの様子を不審そうに伺っている男女2人がいた。

 身なりや雰囲気からして、地元の人間であるのは間違いなさそうである。

 カギモトとソナは顔を合わせて軽く頷いた。


「すみません」


 カギモトが爽やかな笑顔で男女ペアに声を掛けに行く。


「遺跡管理事務所の職員なんですが、リケさんという男の子がどこにいるか知りませんか?」


 胡乱げにカギモトとソナを見る若い男女は、まだ学校に通っていてもおかしくないほどに若く見える。


「遺跡管理事務所? あんたらお役人か?」

「子どもを探してどうしようっての?」


 歓迎的ではないが、会話はしてくれるらしい。 暇なのか、余所者を見張っているのか。


「その子に急いで直接伝えたいことがありまして。もし居場所をご存じなら、と」


 カギモトは終始にこやかだ。

 男女はさっと視線を交わし合う。


「……ガキなんてたくさんいるし、入れ替わりも激しい。いちいち覚えちゃいられねえ」

 男の隣で女が頷く。

「それに、ただで人から情報を取ろうなんて都合が良すぎない? 500レペト」


 情報料を取ろうということらしい。


「それはつまり知っている、ということですか?」

 2人は答えない。睨むようにカギモトを見ているだけだ。

 カギモトは毅然と言う。

「立場上お金は払えませんが、リケさんにとって大事なことなんです。知ってるなら教えていただけませんか?」


「図々しい野郎だな。“杖無し”だろ? あんた。魔力を全然感じねえ」

 小馬鹿にするような男の言葉に、ソナがぴくりと反応した。

「役人なんて似合わねえぞ。金が無いんならその辺で物乞いでもしてろ」

 女が合わせたようにくすくすと笑う。


 カギモトは肩をすくめ、ソナを見た。


「この方達には聞いても無駄みたいだから、他をあたろうか」


 その言い方が男の気に触ったようだ。


「なんだよ」

「わっ」

 男がずいと詰め寄りカギモトを突き飛ばした。カギモトがよろけた拍子に、肩に掛けた鞄を奪い取ろうとする。

「小銭くらい持ってるんだろ。無事に帰りたけりゃ寄越しな」


 これは正当防衛。

 ソナは咄嗟に片手を前に出し、魔法を構築しようとする。

 しかし──何かがつっかえた。


 “杖無し”の青年を吹き飛ばした感覚が、今になって鮮明に蘇る。


 指先が震えていた。

 対象の認識が定まらない。

 相手に向ける魔法が、できない。


 魔法が得意だと自負していた自分の、信じていたものが崩れていくような気がした。


 カギモトはといえば。

 するりと鞄の紐を身体から外し、男と距離を詰めるとその腕を片手で掴んで軽くねじり上げる。ごく自然な動きだった。


「いっ、いてっ」

 

 男が離した鞄を奪い返すと、「あーびっくりした」とカギモトはソナの横に並ぶ。


 今の鮮やかな体術について聞きたいことはあるが、男が「この野郎」と怒りも露わな顔で両手をソナ達に向けてくる。


 あちらも魔法を使う気らしい。

 しかし練度の差か、発動までには時間がかかりそうである。


 ソナは再び魔力を集中させる。

 魔法を構築できなかったことに、動揺してはいた。

 しかし攻撃ではなく防御ならば、できそうだと感覚でわかる。


 それもできなかったら?


 少しの不安が纏わりついた。

 唇を噛み、いつもよりも数段力を込める。


 ソナが結界を展開し始めるより前に、男はソナを見て──怯えたように目を見開く。

 様子を伺っていた女も、強張った顔をしていた。


「な、なんだよあんた……」


 相手の魔力が、霧散していく。


 この世界は魔法至上主義だ。

 魔力量の多寡、魔法技術の優劣が立場を作る。


 どうやら、放出する魔力量だけで圧したらしい。


 本意ではなかったが、攻撃ができないと悟られるよりはいい。

 ソナは片手を向けたまま男を見据える。

 

「リケさんの場所、知ってるんですか、知らないんですか」


 静かに尋ねると、男は顔を引き攣らせた。 どうするのかと言わんばかりに女にも小突かれている。


 周囲にいくつかの人の気配があった。野次馬なのか、ただ見ているだけで加勢するわけでもないらしい。


 男はやがて、「知ってる」と項垂れたように答えた。


「──フラフニルさん、よっぽど迫力あるみたいだね」


 カギモトが茶化すように、横でこっそりと囁いた。

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