第58話 グイド・エルンストへの謝罪
怒られるのが苦手な方(自分も)はご注意。
カギモトが丁寧に謝罪し、ソナも横で頭を深々と下げたが、修理士の反応は冷たいものだった。
「謝ればいいって思ってるんじゃないだろうな」
修理士グイド・エルンストは、手に封筒を握り締めて仁王立ちしている。
今日は修理士の妻である事務員は不在のようである。前回の事務室に通されることもなく、グイドとは寒く狭い玄関で向き合っていた。
「こないだは遅刻で今度は書類の送付ミス。──一体どうなってるんだ?」
底から響いてくるような声に、ソナはきゅっと胃が縮む気がした。
「俺も今さら契約をどうこうしようとは思わない」
外に漏れたところで大した中身じゃないしな、とグイドは言い捨てた。
「ただなあ、随分と杜撰な仕事をしてるじゃないか。あんたみたいな人間は人一倍気をつけろって言ったよな? なあ、兄さん」
「誠に申し訳ございません」
頭を下げるカギモトの声に、感情の揺れは一切感じられなかった。
「今後はこのようなことが発生しないよう、再発防止に努め……」
「そういうことを聞きたいんじゃない」
グイドはぐしゃりと封筒を握り締めた。
「あんたなんかの謝罪に価値は無いって言ってるんだ。もっとまともな人間を寄越せないのか」
「……今回の件の担当は我々でして」
「担当。あんたが」
グイドは鼻で笑う。
「俺は舐められているのかね」
「決してそういうわけでは」
「もっともらしい顔してるがな、誠実さの欠片もないんだよ。しおらしくするのが上手だからな、“杖無し”は」
カギモトを指差し、グイドは唸るように言う。
「あんたじゃまったく話にならん。上を──所長を出せ」
カギモトは一瞬間を開け、それはできかねます、と目を伏せた。
グイドがまた罵り出す。
話が逸れている。
この修理士は、“杖無し”に何か個人的な恨みがあるようにしか思えない。
組織だけでなく、“杖無し”そのものを批難したいだけに見えた。
カギモトは仮面でもつけているかのように誠実そうな表情を変えず、謝罪の言葉を繰り返し口にする。
謝罪は任せてとは言っていたが、これでは、あまりにも。
よほど不当な要求をされない限りは、何を言われても反論してはいけないと、事前にカギモトに言われていた。
嫌な冷や汗が滲み、胸の奥がぎゅっと痛くなる。玄関の床に敷きつめられた幾何学模様のタイルをつぶさに見つめ、歯を食いしばって聞いていた。
いずれは終わる。
そう思っていても。
「あの……」
男ははじろりとソナを見る。
乾いた口の中の、なけなしの唾を飲み込んだ。
「私です」
「フラフニルさん」
カギモトの小声の制止を無視してソナは続けた。
「私の不注意で、送付を誤ってしまったんです。私のせいです。だから、カギモトさんは何も……」
修理士は一瞬ソナを見つめた。
「何か勘違いしているな。俺は別に、誰がどんなミスをしたかはどうでもいいんだよ。そのあとの対応の仕方について文句を言ってるんだ。ただ」
ひどく冷めた目をカギモトに向け、心底呆れたように笑った。
「こんなお嬢ちゃんに庇ってもらうなんてあんた──ほんと終わってるな」
ソナは思わず俯いた。
カギモトがどんな顔でその言葉を聞いたのか、その方を見ることができなかった。
いつもどおり表情を崩すことはなかったのかもしれない。
それでも。
服の袖口から覗くカギモトの拳が、白くなっているのが見えた。
強く、爪が食い込むほどに握り締めていたのかもしれない。
その後、ちょうど帰宅した修理士の妻がその場面に驚き、必死に間を取り持つようにしてくれた。
そのおかげで、後日書面にて正式な謝罪をすることを約束して、何とかその場は収まった。誤った書類もひどく皺がついていたが、回収することができた。
ソナ達を見送るために玄関の外まで出てきたグイドの妻は、「ごめんなさいね」と申し訳無さそうに謝った。
後ろの扉を見て、夫が出てこないことを確認すると続けて口を開く。
「うちは前にね、世話をしていた杖……非魔力保持者の人がいたんだけど、その人に、大切にしていたものを盗まれたことがあって」
妻はもう一度扉を振り返った。
「それからあの人、あんな感じで……。言い訳にもならないと思うけど、気を悪くさせたわよね。本当にごめんなさい」
「謝らないでください。この度の件は、完全にこちら側の落ち度ですから。今後とも、よろしくお願いします」
カギモトは再び頭を垂れた。 ソナもそれに倣った。
修理士の妻が会社の中に戻っていっても、ソナが顔を上げても、カギモトはしばらく腰を折った姿勢のままだった。
建物の隙間から吹き付ける冷たい風に当てられている。
「……カギモトさん」
ソナは思い切って声をかける。
「先程は、すみませんでした。私、余計な事を……」
言い終える前にカギモトはふと顔を上げ、向きを変えて足早に歩き始めた。
「あの……?」
何も言わずに離れていくカギモトの後を、ソナは慌てて追いかけた。




