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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第55話 メッツェン・スリンの立場

 ソナとカギモトが受付の空いたスペースで対応したのは、ひとりの探索士の男だった。


 身だしなみはきちんとしており、武器を所持しているのを見なければ、探索士とは思えなかった。つまり、探索帰りなどではないということだ。

 その中年ほどの男は、見るからに不満がありそうな、疲れたような、険しい顔をしている。


「遺跡の結界のことなんだが」


 カウンターに近づいて早々にそう言った。


「それなら2階の管理係になります。ご案内しますよ」


 カギモトが言い、来客用の階段を手で示す。


「私、行ってきます」


 連れて行くだけなら難しいことではない。カギモトは「よろしく」と頷いた。


 ソナはカウンターの外に出て中年探索士を階段へと案内する。男は軽く溜息をつき、ソナのあとに続いた。


 2階の管理係のフロアに着くと、管理係のエンデが気づいて顔を上げた。管理係にはあとメッツェンしかいないようである。


「こちらの方が、遺跡の結界のことでお話があると」

「結界」

 エンデは一度口の中で呟くようにしてから、にこやかな笑みを浮かべて立ち上がった。

「わかりました。こちらへどうぞ」

 管理係の受付窓口の椅子を男に勧め、「あとは任せておけ」というような視線をソナにくれた。

 一礼して、ソナは職員用の階段で下に戻ろうとした。


「ソナさん」


 階段室で、呼び止められる。

 振り返るとクリップボードに挟んだ書類を持ったメッツェンが、気弱そうに微笑んでいた。


「あの、申し訳ないんですけど……この書類ゴシュ係長に渡していただけます?」

「え、ええ……」


 ソナは少しだけ警戒しつつ、メッツェンから受け取る。何かの決裁書類のようで特別おかしくもないが、先日の会議室での彼女の態度を思い出してしまう。

 どこか、油断ならない。

 

「助かります」

 とメッツェンは頭を下げた。

「それに、さっきの激励会も、ご苦労さまでした。準備していただいたんですよね?」

 単なる世間話、だろうか。

「あ、はい……」

「総務係さんって、ほんと雑用ばっかりですよねぇ。失礼ですけど、なんでソナさん、総務係に来たんですか?」

「……」

「希望されたんですよね? どうしてですか?」


 彼女は、踏み込むタイプの人間のようだ。単なる好奇心か、それとも。


「どうして……希望して来たと思うんですか」

「ええ? だって、そうじゃなきゃグリフィス出の人が総務係に配属なんてされないですよ。それとも、まさか、採用前になんか問題でも起こしちゃったんですか?」


 ソナは黙っている。


「すみません冗談です。知ってました」

 メッツェンは胸にまで掛かる長い髪を手で払い、小さく肩を竦めた。

「そういう人事的な情報って、意外と漏れちゃうものなんですよ。……ソナさんが、“杖無し”をすごーく嫌ってる、とかですね」


「……何が言いたいんでしょうか」


 ソナは渡された書類の端を固く握る。


「あなたが、なかなか煮えきらないって聞きましたよ」

「……?」

「正直、少し期待外れでしたね」

 メッツェンは口元を歪める。

「まさかですけど、カギモトさんに情でも湧いちゃったんですか? 違ったらすみません。気を悪くしないでくださいね」


 ソナはほんの少し、後ろに下がった。


 彼女はノイマンと同じ、“杖無し”を排除する側の人間。そういうことだ。


「言い方悪くて恐縮ですけど、人たらしっていうか、そういうところありますからね、あの人。総務係の皆さんみればわかると思いますけど」


 気弱そうな表情でありながら、明確に、蔑むような響きがあった。


「新人さんの教育係って……総務係さんでももう少しマシな人、いるんじゃないですかね」

 とはいえ、とメッツェンは髪を邪魔そうに払い除けながら続ける。

「所長の意向でしょうからそう簡単には変えられませんよね。なら、ソナさんに都合がいいように、活用してあげればいいんじゃないでしょうか。ノイマンさんが提案してるのって、そういうことですよ」


 カギモトの足を引っ張るだけでいいとノイマンは言った。ノイマンが口を利けば、望む待遇も得られるだろうと。


「……」


 自分の教育係であること自体が、カギモトをさらに良くない方向に向かわせている。そんな気がした。  


「……私は、仕事をしに来てるだけです」

 ソナはメッツェンの背後の閉ざされた扉に視線を逸らし、そう言っていた。

「余計な話は、しないでください」

「余計な話じゃないですよ。ソナさんの教育係さんのことですよ?」

「もうすぐ終わりますから」


「え?」とメッツェンは首を傾げる。


「もうすぐ、教育係は代わってもらうんです。同じ係だということ以外、カギモトさんとは関係なくなりますから」


 声が、思ったより大きくなった。

 不意に物音がして、ソナはさっと階段の下を見る。

 弱々しい照明の灯りの下、目を見開いたカギモトが、そこにいた。

 心臓が止まりそうになる。


「……」


「あら、なんかすみませんね」

 どこか面白そうにメッツェンが笑い、「お手数ですが、書類、よろしくお願いしますね」とすぐにその場を後にした。


………………


 カギモトとは関係がなくなる。


 自分のその言葉は、カギモトの顔を見れば、はっきりと耳に届いていたに違いなかった。

 その前の話はどうか。メッツェンの声は大きくないから、多分聞こえていないとは思う。


 何か、言わなければ。 


 そう焦っても、言葉が喉奥で絡まったように何も出てこない。


「あの、遅いなって思って」

 階段の下で、カギモトは少し言い訳するように言った。

「何か問題でも起きたのかと……、お客さんは、ちゃんと案内できた?」


 ソナは微かに頷いた。

 それを受けてかカギモトも一度頷き、さらに何度か小さく頷いた。

 そして、笑みを浮かべた。何を言われても揺るがない、あの表情だ。 


「ごめん、メッツェンとの話、立ち聞きする気はなかったんだけど、聞こえちゃって」


 あやふやにせず正面から話題にしようとするカギモトに、ソナは小さく固唾を飲んだ。


「ちょっと驚いたけど、教育係降りるってのはそのとおりだし。なんかフラフニルさん、言っちゃった、みたいな顔してるけど、別にいいから」


 いつもの軽口で場を取り繕おうとするカギモトを見ると、胸が締まりそうになる。

 

「いきなりよりは、今から周りに知らせといた方がいいかもしれないし、ねえ?」


 カギモトが適当に言葉を並べ立てていることはわかった。

 私がメッツェンに言ったことは、間違ってない。そう思う。


「……いえ、失礼しました」


 ソナはぼそりと言って、書類を手に階段を下る。カギモトの顔を見ないで横を通り過ぎ、総務係のフロアへ。


 カギモトの足音が、少し遅れて着いてきていた。

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