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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第5話 ソナ・フラフニルの教育係

表記等一部修正しました。

 威圧的な魔力を放っていた職員もふっと力を四散させると席に座り直し、事務仕事を再開した。


「あ……す、すみません、なんか騒がしくて」


 ナナキが悪いわけでは無いだろうに、申し訳なさそうにソナに言う。


「いつもこんなに荒れてるわけじゃないんですよ。もっと優しいお客さんも多いですし、それに……」

「おーいナナキさん。今お客さんいないし、いいよ、こっち来て」


 少し離れた席からナナキを呼ぶのは、小太りで、しわくちゃのハンカチで汗を拭っている男性。   

 彼が羽織る濃灰のローブの袖には銀のラインが1本入っている。これは係長職にある者を示しているとソナは事前研修で学んでいた。


「じゃ、こちらへ」


 ナナキが目配せし、ソナを連れて眼鏡の男性の元へ向かう。


 ソナを横に立たせた係長らしき男性は鼻の頭を拭うと、ぱんぱんと強く手を叩いた。


「はいはいみんな、こっち注目ー」


 総務係全員の視線が一斉にソナに向けられ、しんとなる。


「みんな知ってのとおり、中央での事前研修を終えて今日からこちらのソナ・フラフニルさんが総務係に配属になった。よろしく頼むね」


 普段から早口なのか、眼鏡の係長は汗を拭きながらまくし立てるようにソナを紹介した。


「……ソナ・フラフニルです。よろしくお願いします」


 ソナは表情を変えることなく、向けられる者達の顔を見据え、台本を読むように言った。


 ぱらぱらと、まばらな拍手が上がる。


 ある者は興味深そうに、ある者は無関心そうに、ある者は嬉しそうに、三者三様の視線が向けられた。


「僕は係長のゴシュ・テルライド。他のみんなはそれぞれ空いてる時間に自己紹介しといてね。それでね、えっと、ソナさんの席はあそこ」


 ゴシュが指さしたのは、窓口に近い、猫背が目立つ職員の右隣の席だった。


「彼はね、ティーバ・ロドランくん」


 ぼさぼさ前髪の猫背の職員は、首を傾げるようにほんの僅かに一礼すると、これで役割は終えたと言わんばかりにさっさと仕事に戻った。


 ──ティーバ?


 ソナはその名を口にした桃色の髪の少女を思い出す。


 “ティーバさんに近づいたら、容赦しませんからねぇ?”


 あのヘルベティアという職員がどういう意味で言ったのかはわからないが、近づくなと警告していたのは、冴えない風貌のこの職員のことなのだろうか。


 ソナは怪訝に思いながらも、ゴシュに指示された席に荷物を持って向かう。


 近づくな、と言われても隣になってしまっては仕方がない。それに、隣というからにはこのティーバという職員が教育係なのだろうとソナが考えた時。


「それと、ソナさんには教育係がつくんだけどね」


 ソナの気持ちを読んだかのようなタイミングでゴシュが言う。


「カギモトくんだから。そっち隣の」


 ──カギモト?


 ティーバのいる右隣ではなく、ソナの左隣にも確かに机はある。

 席には誰もいないが、机の上の端末は一時的にオフになっているだけのようであり、作りかけの資料らしきものもあった。


「あ、カギモトって俺です」


 窓口から小走りに戻ってきた職員。


 それは、先ほど強面の探索士に毅然と対応していた黒髪の青年。


「どうも、カギモト・カイリっていいます。一応ここの職場では3年目で、今回君の……、えっと、フラフニルさんの教育係に指名されたから、どうぞよろしく」


 柔和な笑みを浮かべるカギモトという男。 


 ソナとあまり身長は変わらない。    

 やや癖のある黒髪に、薄茶色の瞳。学生と言っても疑われないくらいに若く見える。

 この国では珍しい「東洋風」と呼ばれる顔立ちで、よく見ると整ってはいるが、派手さはない。あまり印象に残らないタイプともいえる。


 やっぱり、この人。

 

 ソナはカギモトという青年を信じられない気持ちで見ていた。


 魔力が無い。 


 少ない──ではない。

 小数点以下も一切無い、間違いなくゼロ。


 疑う余地などない、正真正銘の“杖無し”である。


 なぜ。


 早鐘のように動悸が高まり、冷や汗が滲み出てくる。

 

 魔法の使えない“杖無し”は、そもそもまともな職に就くことすら困難のはず。


 なぜ、当然のような顔をしてこんなところにいるのか。 


 “君にはとっておきの教育係を選んでおいたから”


 どこか含みのあるキィトの声が甦る。

 

 なぜ、よりによって私の。


 血が沸き立つような熱い怒りを感じる一方で、体は指先まで冷え切って、震えすら起きそうになる。 

 自分の中で収まりがつかない。気分が悪くなる。きつく唇を噛んだ。


「──大丈夫? 緊張してる?」


 心配そうに覗き込んでくる優しげな薄茶の瞳から、ソナは咄嗟に目を逸らした。


「いえ……、よろしく……お願いします……」


 感情を表に出さないことは得意だと思っていたが、今は、絞り出したような声しか出なかった。

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