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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第49話 キィト・ザクソンとの対話 後編

 ソナは辛抱強くキィトの言葉の続きを待った。本当は何か、あるのではないかと思って。


 しかしキィトは、ただ汚らしい無精髭に触れながらにやついているだけである。

 何も言わないのなら、こちらが言うしかない。


「“怒るかい”って……怒りますよ」

「何で?」

 キィトは間髪入れずに聞き返す。

「総務係の仕事に大層な魔法は使わない。別に“杖無し”が教育係だって、君が仕事覚えるのに支障はないよね。何か理由なんている?」


 違う、そうではなくて。


 ソナはぎり、と奥歯を噛んだ。


 何で互いに、辛い思いをするようなことを。


 キィトは魔窟のような机のどこからか大きなマグカップを引っ張り出し、その縁に口をつけた。

 コーヒーらしき液体を一口飲んだあと、ふうと息を吐く。


 苛立つソナが再び口を開きかけた時、

「……まあ、強いて言うのならねえ」

 不意に告げるキィトの間の取り方が、心底腹立たしい。

 ソナが睨みつけても意に介する様子もなく、どこまでも胡散臭い笑みを浮かべた。


「知的好奇心を満たすため、かなぁ」

「ちてき……、え?」

 

 一瞬何と言ったのかわからなかった。


「知的好奇心さ、僕の」 


 キィトが軽くソナの方に指を向けると、ソナの脇の書物の詰まった棚から一冊の本がぼとりと落ちた。


「あ、ごめん、運搬魔法苦手なんだよね。それ、取ってくれる?」

「……」


 ソナは足元の、それほど厚みのない、赤茶けた革表紙の本を拾い上げた。


 タイトルを見るに、古代魔法文明に関する本のようである。

 ソナは警戒しながらキィトに本を差し出した。


「僕の本業はね、国立研究所の研究者なんだ。ここには出向で一時的に配属されてるだけ」

 キィトは受け取った本をぱらぱらとめくる。

「専門は、人体における魔力保持力の原理について。古代の魔法理論がその解き明かしに関係している可能性が高くてね、古代魔法文明についても研究している。だから、遺跡に近くて仕事も暇なここのポジションは、僕にうってつけってわけさ」


 ぺらぺらとキィトは言葉を並べるが、ソナには話がよく見えない。


「その話が……カギモトさんが教育係ということと、何の関係があるんですか」


「“杖無し”であるカギモトくんはね、僕の研究対象のひとつなんだ」


 研究対象のひとつ。


 キィトが本を読みながらあっさりと告げたそれは、ひどく温度のない言葉だった。


「魔力保持力の研究と関連して、魔力の無い人間の行動や心理なんかも調べているのさ。だから、“杖無し”を忌み嫌う君の教育係をやらせたら、彼はどうするのかなってふと思ってね……」

 そこでキィトは一つ欠伸をする。

「どんな成長をするのか、耐えられずにぶち切れるのか、はたまた何も起きないのか。まあそんな“杖無し”の行動とかを見てみたかった、というのは、今回の配属の理由の一つになっているのかもしれないねえ」


 他人事のように語るキィトに、嫌悪感が湧いてくる。それでもソナは、書類の束を抱えながらじっと聞いていた。


「カギモトくんみたいにね、それなりに教養があって、こちらの意図を理解して動いてくれる“杖無し”はかなり貴重なんだよ」


 そこまで言って、キィトはふと顔を上げた。


「なんだい、フラフニルさん。その顔は」

 面白そうに、その口元が歪む。

「僕の研究対象となることと引換えに、僕は彼を今の職にねじ込んであげた。“杖無し”を採用するなんてすごく大変だったんだよ? まあ、そのおかげで彼は、“杖無し”にも関わらず安定した収入を得て人並みの生活ができているんだ。言ってしまえば」

 

 キィトは今読んでいた本を閉じ、執務机の山の中から別の本を引っ張り出す。積み上がった本は崩れ、ばさばさと床に落ちた。それを気にする様子もない。


「僕は彼の恩人、ということだろうね」


「……それは」

 ソナは、唾を飲み込んだ。

「そのことは、カギモトさんは」

「知ってるに決まってるだろう」

 心外だとでもいうようにキィトは眉を顰める。

「本人にも言わないことを、君、出会って数日の人間に明かすと思うのかい?」 

 

 それは至極もっともな言葉だった。

 それだけに、理解し難い話だった。


「さあ、僕の答えには満足してくれたのかな?」

 キィトは本を閉じる。


 私は一体何が聞きたくて、この男に質問したのだろうか。

 カギモトの話をしていたはずなのに、より一層、カギモトのことが見えなくなる。

 目眩すらするような気がして、ソナはキィトから目を逸らす。


「何を言っているのか……よくわかりませんでした」


 ソナの声は微かに震えた。


「わからなくていいさ」

 とキィトは肩を竦め、その声色がすっと冷たくなる。

「だから、答えなんて無いのと同じだろう?」

「……」

「無駄話はここまでだ。サインする書類を出したまえ。僕も忙しいんでね」

 研究で、とキィトはわざとらしく告げた。


 ソナは唇を噛み締めたまま、書類の束を渡す。

 意外な達筆で、キィトはさらさらとサインをしていく。


「まあ彼との関係がどうなろうが、仕事さえしてくれればどうでもいいよ。それに、あまり気にすることもない。ああ見えてカギモトくんは──」


 手を動かしながらキィトが言う。


「恐らく君が思ってるよりもずっと強かな人間さ」


………………


 ソナはサインを終えた書類を受け取り、所長室の扉を後にした。


 薄暗い地下廊下を照らす灯りは今日も不安定に瞬いている。一体いつになったら取り替えるのだろうとぼんやりと思う。


 ソナは1階へと元来た道を辿るが、自分の足音だけが響く中、まるで迷子になったかのような気分だった。

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