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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第43話 謎の男

「えっ、フラフニルさん!?」

 マフラーを解こうと藻掻くカギモトがソナに気づき、僅かに苦々しい顔になる。

「どうして……」

 

 何か言いたかったが、体だけでなく唇すらも動かせない。息だけが辛うじてできる。


 使おうとした魔法は、普通の人間には気づかれないほどの、ごく僅かなもののはずだった。


 それを事前に察知され、一瞬で封じられ、なおかつ行動制限までされる。


 尋常じゃない。


 血の気が引く。

 グリフィス魔法専門学校の講師にすら、こんなにも静かで不気味な魔法を使う者はいなかった。


「何してるんですか、やめてくださいよ女の子相手に!」


 カギモトは背後の男に噛みつくように言う。


「おいおい、その考えはやめろって言ってるだろ。こっちじゃ魔法に優れてんなら老若男女関係ないんだって」 


 男はへらへらした調子で動けないソナを見る。

 男の言った“こっち”というのがどういう意味なのか一瞬引っ掛かる。それに、カギモトと男のやり取りも何か違和感があった。


「現にあの子だってかなりのやり手だぜ。まあ俺からすれば、実戦経験は全然って感じだけど」


 どうも、他人同士の会話ではない気がするのだ。

 

「いい加減に、してください!」


 カギモトはようやく男が掴むマフラーから逃れた。

 男の手からマフラーを奪い返すとすぐに距離を取り、首をさすりながら男を睨みつける。


「あの子のことも早く解放してください」

「でも解放したら俺、即座に攻撃されそうじゃね?」


 ふざけたような男の態度に、カギモトは心底不愉快そうに顔を歪めた。

 そして、肩が上下するほど大きな溜息をつく。


「あの……ごめん」

 

 酷くバツが悪そうに眉を下げ、ソナに近づいてくる。


「何か誤解させちゃったかもしれないんだけど、この人一応俺の……知り合いなんだ」

「友達だろ」

「知り合いです」


 冷たく言い捨ててから、カギモトは気を取り直したようにソナを見る。  


「だから、その……別に危険な人じゃないんだ。紛らわしくて、ごめん」


 は?

  

 凍りつく思考と反対に、体が自由になる。

 途端にがくりと地面に膝をついた。


「だ、大丈夫?」


 カギモトは慌ててソナに近づくが、触れようとした手を直前で止めた。

 

「なんだよおたくら、どういう関係?」

「同僚ですよ。……俺の後輩です」


 とぼけたような男にカギモトは鋭い視線を向ける。


「何したんですか」

「魔法は解いたって。気ぃ抜けただけだろ、その子」


 男の言うとおりで、強い緊張から急に解放され、全身の力が抜けてしまっただけである。


 カギモトの顔が見られない。

 ソナはただ、手をついた冷たい地面を見つめていた。


「なあ、その子も疲れちゃっただろうし、いっそのことみんなでレンちゃんのところに行かねえ? 休めるぜ」

「なんでそうなるんですか。行きませんって」

「ちょっと具合が悪くなったとか言えば、こっから有休くらい簡単に取れるだろ」

「公務員舐めないでくださいよ」

 

 “レンちゃん”?

 

 聞き流しそうになった名前。


 それがあの電話の声と結びついた瞬間、弾かれたように頭を上げたソナのすぐ近くに、カギモトの顔があった。


「──っ」

「わっ」


 ソナは体を強張らせ、カギモトは目を見開いて尻もちをついた。


「ほんと、何やってんの、おたくら」


 カギモトが咳払いをして立ち上がり、コートの襟元を正す。


「……マツバさん。さっきも言いましたけど、俺達は仕事中なんです」


 ようやく冷静さを取り戻したらしいカギモトが、男にきっぱりと言った。

 「俺達」というカギモトの言葉に、ソナはほんの少しだけ反応した。


 マツバと呼ばれた男はズボンのポケットに手を突っ込んでだらしなく立ったまま、口元をにやつかせている。


「レンちゃん、怒ってんぞ」

「知ってます。でも」

カギモトはちらりとソナを見下ろした。

「その話は、ここでは」


「あー、そういう感じ?」


 男はまだ地面にへたりこんでいるソナに視線をくれる。


「まあ、今日のところはかわいいボディーガードに免じて帰ってやるか。いつもの金髪ダサ眼鏡くんの相手をするより、かなりマシだな」 


 なぜかソナの頭にはすぐにティーバの姿が浮かんだ。


「俺は、マツバ・トオルってんだ。カギモトには、色々と用事があってな」


 マツバはソナに向けて名乗ったが、

 ソナは名乗り返す気にもならなかった。


「きっとまた会うだろ。カギモトをよろしく頼むよ。じゃあな」


 くるりと背を向け、靴音を立てながら狭い路地を去っていった。


 その後ろ姿を見るともなく見ていたカギモトだが、やがて、

「ほんと嫌いなんだよ……あの人」

 とぽつりと呟いた。

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