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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第42話 後を追って

 魔力の無いカギモトの移動手段は、徒歩と魔導トラムに限られる。箒の方が断然速い。


 リストにある修理士の所在地からも、西部遺跡管理事務所からカギモトが向かうであろうルートは簡単に特定できた。


 約束は15時と言っていたから、恐らく魔導トラムに揺られている頃だろう。


 ソナは、目的地から逆に辿ろうと考え、カギモトが向かうはずの魔導機械修理会社へ箒の行く先を向けた。


 その会社があるのは、西部地区の南側、日干し煉瓦の赤茶けた家々が小綺麗に並ぶ小さい町だった。


 この近辺の最寄りの魔導トラム駅は一箇所しかない。

 その位置を空から確認し、修理会社までのルートを眺めた。 


 通りにはまばらに人が歩いていた。

 西部地区なら特別大きな街でもなければ、どこもこれくらいの人通りだろう。


 半端な高さから地上を見ているソナを、通行する他の箒乗りが不思議そうな顔をして過ぎて行った。

 

 「──あ」


 ソナは小さく声を上げる。

 

 黒い髪に紺色の地味な上着とマフラー、黒い鞄を肩にかけた青年が、駅の方面から歩いてくるのが見えた。

 あれは確かにカギモトである。

 

 きょろきょろと、地図を片手に呑気そうに歩くカギモトにどこかほっとした気持ちでソナは高度を下げる。

 歩道への着陸は禁止されているため、近くの小さな公園で降りて急いで道へと戻る。


 2ブロックほど先にカギモトが見えた。


 なんて言えばいいのだろう。

 

 緊張がこみ上げてきて、ソナは駆け寄ることもできない。向こうが近づいてくるのを日干し煉瓦の建物の陰で待っていた。


 いや、待ち伏せしているようで、これもおかしい。

 やっぱりついてきました、という感じでごく自然に行けばいい。

 しかし、カギモトがどんな反応をするのかと考えると、中々踏ん切りがつかない。


 その時。


 恐らく途中からカギモトの後ろを歩いていた男だ。

 その男が急に回り込むようにしてカギモトの足を止めさせた。


 誰?


 その男は何やらしつこく話しかけていて、カギモトは嫌そうな素振りをしていた。すると男はいきなりカギモトの腕を掴んだかと思うと、脇の路地へと引きずるように連れて行った。

 

 「……っ!?」

   

 心臓が跳ね、ソナは建物の陰から飛び出した。

 それは一瞬のことで、ちょうど他の通行人もなく、異変に気がついた者はいないようだった。

 

 “杖無し狩り”


 レンとの会話のせいで、嫌な言葉が頭をよぎる。 


 どこかに通報する、という思考は抜け落ちていた。 

 奥歯を噛み締め、ソナはカギモトが消えた路地の方へと駆け出した。


……………


「──しつこいんですよ本当に!」

「おい、あんまり大きな声出すなよ」


 足音を潜めて路地に入りそろそろと進んでいくソナに、2人の穏やかではない声が聞こえてきた。


 狭い路地を曲がった先、少し道の開けた場所で、カギモトが男に腕を捕まれていた。

 ソナはここでも身を隠して様子を伺う。


 カギモトの前にいるのは妙な男だった。 

 

 歳は、カギモトより10は上かもしれない。


 長身。だらしなく着崩した紫のスーツに、先の尖った靴。金のメッシュが入った黒髪を後ろで雑にひとつ結びしていた。そして、カギモトと同じ「東洋風」の顔つき。


 身なりからして、探索士ではなさそうである。

 魔力が少ないわけではないだろうが、靄がかかったように男の魔力を読むことができない。

 何か、言葉にできない得体のしれなさを感じさせる男だ。迂闊に姿を晒す気にはなれない。

 ソナは唇を噛み、一旦は状況を見る。


 「仕事中なんです。離してください」


 カギモトは男の腕を振り払い、意外にも機敏な動きでその場を離れようとした。

 しかし、男の方が異様に素早かった。

 カギモトのマフラーを掴んで勢いよく引き寄せる。


「手間かけさせんなって」

「……っ」


 マフラーで首を絞められるような体勢になり、苦しげに顔を歪めるカギモトを見て、ソナの胸がざわりとした。


 公務執行妨害。


 セヴィンが探索士にそう言い放っていたのを思い出す。


 これは、暴力沙汰にはあたらないはずだ。

 

 すっと息を吸い、ソナは男を「対象」として認識する。


 ──対象を中心とした範囲指定。

 ──出力魔力量調整。

 ──照準固定。

 

 学生時代に何度も練習した攻撃魔法の発動に淀みはなかった。

  

 少し、腕に衝撃を与える程度だから。


 手加減してやろうと思ったのが、いけなかったのかもしれない。


 ソナが魔力を放とうとしたまさにその瞬間──ぎろりと、男の目だけがこちらを向いた。


「──っ!?」


 指先から走る軽い衝撃から始まり、痺れのような感覚が全身へと広がる。

 空間に縫い付けられたかのように、体がぴくりとも動かせない。

 痛みはない。が、心臓を鷲掴みにされたような恐怖に包まれる。


「へえ……。こんなかわいいボディーガードを連れてたのか」


 浅黒く焼けた肌のスーツ姿の男は、不敵な笑みをソナに向けた。

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