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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第41話 カギモト・カイリの不在

 電話を切った後、ティーバは何事もなかったかのように仕事に戻っていた。


「なん……何なんですか、あの人」

 

 ソナは思わずティーバに言った。


「それは、自分でカイリに聞けばって言ったと思うけど」

 

 ソナはぐっと言葉に詰まる。

 確かにティーバにそう言われた。

 しかし、レンとの会話を自分ひとりで消化できる気がしなかった。


「あの人……カギモトさんのことが、心配だと言っていました」

「心配」


 ティーバは自分の資料を見ながら繰り返した。


「……“非魔力保持者”は、狙われやすいって」


 ぱらりとティーバの指が紙をめくる音がした。


「それは、否定はできない。だから僕も一緒に行こうと思ったんだけど」

「でも……治安の悪いところには行かないって」

「言ってたね」

「まだ、昼間ですし」

「明るいなら大丈夫って思ってるんだ、君は」

「……でも、毎日通勤もしてるんですよね」

「だから?」


 ティーバは手を止めてソナを見た。


「僕に何て言ってほしいの?」


 ティーバの声は大きくもなく、気迫もない。しかし、心に突き刺さるほどに鋭い。


「大丈夫だって言えば気が済むの? 気になるなら行けばって言えば、行くの? 君は誰かに決められないと動けないのか?」

「ティーバさん、そんな言い方……。ソナさんは新人さんなんですから」


 ナナキが止めに入るが、ティーバは「新人でも子供じゃない」と切り捨てた。


 このティーバという男は普段は無気力そうなくせに、カギモトのことになると、どうしてこんなにもむきになるのか。


 そう内心で反発しながらも、ティーバの言葉全てが痛かった。

 拳を握り締める。


 私だって何も、決められないわけじゃない。


 ソナは立ち上がる。

 

「どうしたの。優先する仕事があるんだろう」

 

 ティーバが皮肉っぽく言う。


 仕事。

 ソナは契約書類の下の方に隠れていた、修理士のリストを手に取る。

 カギモトは、この修理士の元に向かっているのだと思った。


 ひとりで。


「修理士さんの所に……私も行きます」

ソナは自分に言い聞かせるように言った。

「契約の説明をするという場には、立ち会っておいたほうがいいと思いまして。今なら間に合いそうなので」

「……」

「書類の作成は、戻ってからやります」


 ティーバは口を結んで黙ったが、やがて軽く溜息をついて首を振った。


「面倒くさい人だな、君は……」

「な」

「ソナさん」 

 声を掛けてきたのはナナキだった。

 なぜかほっとしたような顔をしている。

「あの、外出の手続きは後でもいいんですけど、とりあえず係長には口頭で伝えてから、出発してくださいね」


 ソナは躊躇いながらも「はい」と小さく頷いた。今は、ティーバと言い争うよりも早く出た方がいい。


 少し緊張しながらゴシュの前まで行く。


「あの、係長……」


 ゴシュの机には、積み上がった書類の上に不安定にコーヒーカップが載っている。少しでも衝撃があれば倒れそうだ。


「聞こえてたよ」と耳の上にペンをさしたゴシュが、書類から顔を上げて言った。


「行っておいでよ。業者さんと直接話す機会っていうのも、良い経験だから」

「……はい」 


 ゴシュは少し言いにくそうにしながら「それに」と続ける。


「ああ見えてカギモトくんって結構抜けてるから、行ってあげるといいと思う。……ごめんね」

「……はい」


 ゴシュが何に対して謝っているのか判然としない。

 それを気にするより前に、トレックの声がした。


「ソナさん。あいつ地図逆さに持って進むから気をつけたほうがいいぜ」

 そして溜息混じりに言った。

「ああ、手が空いてたら俺もソナさんと行きたいんだけどな」


「あら出掛けるの? 寒いからお気をつけて」


 計算機を叩いていた手を止め、シンゼルも微笑んだ。

 セヴィンはもう、打ち合わせに行ったようだ。

 

 総務係の面々に押されるような気持ちで、ソナは上着と箒、修理士のリストを手に事務所の屋上へと向かう。


………………


「──おや、グリフィスの首席くん」


 階段を駆け登っていると2階に通じる扉が開き、ノイマンと鉢合わせた。


 険しい顔をしていたが、ソナを見てその表情を薄ら笑いに変えた。ソナの行く手を遮るように立ち塞がる。


「あいつは……いないのか」

 辺りを見回すようにして言う。

「あの時の怪我は大したことなかったらしいな。それは、良かった。安心したよ」


 わざとらしい口振りに、ソナは眉をひそめる。


「そうだ、こないだの話は考えてくれたか?」

「話……?」

「こちら側につかないかって話だよ。君にとって悪い話じゃないし、俺としても、あいつの身近に賛同者がいた方が、何かと都合がいい」


 “杖無し”の排除を望む側、とノイマンは言っていた。


 ノイマンが一歩近づき、ソナは僅かに後退する。


「少し、あいつの足を引っ張ってほしいだけさ。簡単なことだよ」


「私は……」


「俺は、気が長い方じゃないと言ったよな?」


 ノイマンの口元は笑みの形をしているが、その目は支配的な色を帯びていた。


「今は……急いでるんです。すみません」


 ノイマンを押しのけるようにして横をすり抜けた。


「あ、おい……」


 何か言っていたが、振り返らずに猛然と上へ向かう。

 

 まだ行ったことのない、屋上への扉。


 大振りの錆びた南京錠は、職員証をかざすと簡単に開けることができた。


 吹き込む風が、冷たい。


 頬が切れそうなほどのそれが、濁った気持ちをさらっていくかのような気がしてむしろ心地よかった。

 空は晴れている。


 リストを見て行く先の住所を確認する。

 手袋を嵌め、マフラーをきつく巻く。

 箒を起動させると、ソナは屋上から空へと飛び出した。

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