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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
4/150

第4話 公務執行妨害

一部内容修正しました。

 男の声がロビーに余韻を残す。

 1階フロアは水を打ったように静まり返った。


 ここは、ナナキが「執務室兼遺跡管理事務所のロビー」と言ったとおりだった。


 総務係用の机が整然と並ぶ執務スペース、カウンターが設置された受付窓口、そして待合のロビー。

 その雰囲気は金融機関や一般的な役所の窓口なんかとよく似ていた。


 怒りの声の主は窓口の来客者側、大柄で屈強そうな見た目の男だということは、執務室に足を踏み入ればかりのソナにもすぐにわかった。


「──だから、なんで金がかかるんだよ!聞いてねえよ!」

 その男が受付の職員に吠えた。

 武器などを装備した出で立ちから、探索士であることは容易に推測できた。そもそも、遺跡管理事務所の窓口で相手をする客のほとんどが探索士のはずであった。

「あの、大きな声は出さないでくださいね。周りの方にご迷惑ですから」

 男とは対照的に落ち着いた口調。

 毅然とそう返したのは、受付カウンターに立つ濃灰のローブ姿の職員。後ろ姿からは、黒髪の若そうな男性ということくらいしかわからない。

「何だと」

「ですから、申出の期限が過ぎてしまったからですよ。それは、ご理解いただかないと」

 黒髪職員は淡々と説明する。

「期限が過ぎたって、たった2日だ。それくらい別にいいだろ。それで金がかかるってのは納得いかねえ」

「過ぎていることに変わりはありません。こちらは期限の半年前から何度も個別に通知していて、その記録も残ってます。無視していたのはそちらですよね」

 忙しくても代理人による届出も認められています、と職員は付け加えた。

「偉そうに……、受け付けた日付をちょっと前にしてくれればいいだけだろ。そんな難しい話じゃねえ。こんなくだらない金を払うつもりはねえよ」

 男は歯噛みするように言った。

「条例で定められたものですから。どなたかを特別扱いすることはできません」

 職員はきっぱりと告げた。

 ナナキははらはらした顔で成り行きを見守っているが、その他の総務係の職員は窓口の職員に加勢するでもなく、「またか」といった様子で黙々と仕事をしていた。

 しかしソナの目は、その職員の後ろ姿に釘付けになっていた。

 感じられる魔力があまりにも少なすぎるからだ。

 

 ──いや、これは少ないというよりも、まさか……。


 ぞわりと、嫌な感覚が体の中から這い上がってくる。


「おいてめえ──この“杖無し”が!!」

 ついに男は職員の胸倉をがっしりと掴んだ。

「なんの魔法もできねえクズが、上からものを言うんじゃねえ!」

 どくん、とソナの心臓が脈打つ。


 ──“杖無し”

 魔力が無い者の蔑称。

 

 瞬間、軽い静電気のような衝撃がフロア全体を駆け巡る。

「………!」

 ソナはほぼ本能的に、その発生源を探るべく視線をさっと走らせる。

 窓口から離れた執務机の男性──ソナはその職員を視界に捕らえた。

 長身、几帳面に整えられた金髪。皺ひとつない灰色のローブをぴしりと着こなしている。

 その職員は静かに立ち上がる。

「彼は何も間違っていません。手を離した方がいいですよ」

 金髪の職員は窓口の方を向いて苛立たしげに言った。

「な、なんだよ」

 探索士の男には少し狼狽が見えた。それほどまでにあの職員の魔力が凄まじかったということだ。

「たかが管理事務所の事務員が……客を攻撃していいと思ってんのか?」

「あなたの方こそ公務執行妨害ですね」

 長身の職員はぴしゃりと言った。

「ルールを守らない人間は、ルールに守られることもない。それはご承知おきいただきますよう」

「なん……」

 男が言いかける前に、危険な破裂音を立てながら、小さな稲光がその職員を取り巻き始めた。

 強く、質の高い魔法。  

 当の本人は眉一つ動かさず、魔力を完全に制御している。

 ソナは目を見開いた。

「たかが、事務員だろ……」

 思ったことは、探索士と同じだった。

 探索士の男は黒髪の職員の胸倉を離し、精一杯の抵抗ともいえる舌打ちをする。

「……払えばいいんだろ、払えば!」

「ご理解いただきありがとうございます」

 黒髪の職員は襟元を直す仕草をしながら平然と告げた。

「ではそちらのブースで更新書類の記入をお願いしますね、ご案内いたします」 

 執務室はキーボードを打つ音や、端末の機械音、紙を捲る音だけになった。


 これが、私の配属先。

 西部遺跡管理事務所の総務係。


 ソナは困惑を抱えながら一連の出来事を見ていた。

 

 ──そして、“杖無し”がいる。

  

 信じがたいその事実に、目眩すらしてくるような気がした。

 

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