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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第39話 教育係の期限

“やっぱり教育係、替えた方がいいんじゃないかなって思うんだ”


 ソナは微かに「え」という声を漏らした。

 それ以外に、なんの言葉も出なかった。


「エンデにも言われちゃったけど、他の係の人にもうまくいってないように見えるんなら……そうなんだろうね」

 カギモトは小さく笑う。

「あいつの言ったことは気にするなって言ったの俺だけど、俺がいちばん気にしてるかも」


 口調は軽い。

 その軽さの裏に、何か見逃してはいけないことが隠されているような気がするのに、それが何かはわからない。

 

「たった数日で残念だけどさ、切り替えるなら早い方がいいってね。俺以外となら、フラフニルさんならうまくやれると……」

 冗談っぽく言っている途中でカギモトは口を噤み、ふと真顔になる。

 「そういうことを言いたいんじゃなかった」と自嘲するように笑った。


 「……」

  

「俺が教育係を降りても、フラフニルさんの不利にはならないようにするから。そこは、信じてくれていいよ」

 

 急に見せる誠実そうな瞳。

 それと向き合うことができずに、ソナは視線を彷徨わせる。

 ナナキと目が合った。話が聞こえていたのか、こちらの妙な雰囲気に気がついたのか。

 何か言いたそうな口元をしているのに、ナナキは堪えるように顔を伏せた。


「とはいえ、今はばたばたしてるから……そうだな、アレス遺跡の件が落ち着くまでってことでどう?」


 そう、カギモトは続けた。 


 カギモトとの会話がナナキに聞こえているのなら当然ティーバにも聞こえているだろうが、ティーバは端末画面から目を離さず、無関心を貫いている。


 これで、いいのだろうか。 


 ソナの中に、疑問が渦巻く。

 顔にかかる前髪をかき上げながら、髪紐に触れた。


 たった数日だ。


 ソナは思う。


 カギモトに会ってまだ、数日しか経っていないのだ。


 私は何年も。


 指先で感じる髪紐の編目。

 アシュリーと私を繋ぐもの。


 何年も“杖無し”を嫌悪し、拒絶し、憎んできた。

 今さら。


 たった数日の付き合いで何が変わるというのか。


 ナナキには“今は大丈夫”だと伝えたが、カギモトがカギモトの意志で教育係を降りたいというのなら、あえて止める理由などない。

 

 私は、全く平常心だ。むしろ、せいせいしている。


 ソナは固く閉ざしていた口を開く。

 

 「……わかりました」

 

 思ったよりも弱々しく掠れた声しか出なかった。

 カギモトはふっと笑い、何でもないことのように頷いた。


 「じゃあ、そういうことで」


 外出の準備を始めるカギモトの気配を感じながら、何か自分の中で、取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。

 

 そんな気がしていても──


 ソナは一度髪を解き、再び括り直す。

 きつく、決して緩まないように。


………………



「多分夕方には戻るから」


 地味な紺色の上着を着たカギモトは同じく目立たない色のマフラーを巻き、近くのソナやティーバ、ナナキに告げた。


「ひとりで行くのか? 僕も付き合うよ」


 立ち上がりかけるティーバにカギモトは首を振った。


「いいよ、忙しいだろ」

「でも……」

「別に治安の悪いところに行くわけじゃないって。全然平気」

「……」


 ティーバに無言の視線を向けられ、ソナはまるで責め立てられているような気分になった。


「フラフニルさんには、ほかに優先する仕事があるからそっちをお願いしたんだ」


 言い訳するようにカギモトがティーバに言った。

 

「でも」

「ティーバさん」


 まだ食い下がろうとするティーバに口を出したのはナナキだった。

 ナナキはそれ以上は何も言わず、ティーバをじっと見ている。


「……」


 はあ、と息を吐くと、ティーバは渋々といった様子で席に座り直した。


「気を遣わせて悪いね。それじゃ、行ってきます」


 苦笑いを残し、カギモトは散歩にでも行くような気楽な調子で執務室を出ていった。

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