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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第38話 カギモト・カイリの提案


「フラフニルさん?」

 ソナに声を掛けようとするカギモトを、「カイリ」とティーバが遮った。

「係長と何の話をしてた?」

「え? ああ……昼にエンデが来てたんだけど、あいつの話がこの後の打ち合わせにも関わると思って」

「打ち合わせに?」

 エンデとカギモトの会話をティーバは聞いていなかったらしい。確かに、エンデと入れ違いのように席に戻ってきたのをソナは思い出した。

「いや、本当だったらまずい話なんだけど」とカギモトはティーバの横にある丸椅子に腰掛ける。

 そこまで言いかけて、カギモトが言葉を切った。

 カギモトがティーバ越しにこちらを見ているのをソナは感じた。

 ソナを会話の中に入れようか、迷っているようだった。

 ソナはその視線を避け、ティーバに指摘された文章の修正に取り掛かる。

「……管理係がどうも規定どおりに仕事をやってないらしくて」

 カギモトはティーバ相手に話を再開した。

 ソナは何となく聞き耳を立てていたが、時折「ありえない」とか「セヴィンさんがぶち切れる」などと聞こえたくらいで、細かいことはよくわからなかった。

 ゴシュの方を見ると、セヴィンと真剣な顔で話し込んでいた。

 ナナキ、シンゼル、トレックの3人も、仕事に集中している。

 

 ソナは自分だけがぼんやりとしているような、何だか、全く話について行けていないような気がした。


 セヴィンとの話を終えたゴシュが

「みんなちょっと聞いて」

 と声を上げた。 

「2時半からの打ち合わせなんだけど、各係ひとりだけ出るみたいだから、こっちもセヴィン君にお願いしたから」

 ゴシュはハンカチで額の汗を押さえながら総務係の面々に告げた。

 ソナも手を止めてゴシュの話を聞く。

「とりあえずこっちの主張としては、調達物資の数量減と期日の引き延ばしだけど……多分無理だろうね」

「この際ですから、言うことは言ってきますよ」

 セヴィンが険しい顔をしている。

「セヴィン君、気持ちはわかるけどとりあえず穏便にね、穏便に」

 ゴシュの言葉に「承知してます」とセヴィンが不満気に答えた。

「さっきのエンデ君からカギモト君が聞いた話も、今はオフレコだからね」

 むっつりとした顔で頷くセヴィンをどこか不安そうに見ながらゴシュは、

「じゃあみんなは引続き、割り振られた物資調達に取り組んでね、よろしく」

 と話を締めた。

 総務係の職員達は頷く。


 何となく不穏な雰囲気をソナは感じていた。


………………


 カギモトは午前中に連絡の取れなかった修理士がいたらしく、再度電話を掛けていた。今度は繋がったらしい。

「──え、対面で、ですか?」

 ティーバに指摘された部分の素案の手直しをしていたソナの耳に、カギモトの声が聞こえた。

「あ、いえ、もちろん構いません。きちんと説明はしたいと思いますので。──これから……ですか。……ええ、では、15時にお伺いするのでいかがでしょうか」

 話しながら、カギモトはちらりとソナを見た。

 修理士に契約の説明を対面で求められているようだ。

「……では後ほど。はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 見えない相手に丁寧に頭を下げながら、カギモトは静かに受話器を下ろした。

 そのまま考え込むようにして、しばらく動かない。


 これからカギモトと外出することになるらしい。


 ソナは考え、複雑な気分になる。

 

「フラフニルさん」

 受話器から手を離したカギモトが、控えめにソナに声をかけた。

 いつもより少し、口調が硬く感じる。まだエンデの言葉が尾を引いているのかもしれない。

 その視線がソナの書類を見つける。

「あ……素案できた? 確認しようか?」

「……ティーバさんに、見てもらいました」

 意識した訳ではないのに、いつも以上に素っ気ない口調になった。

 カギモトは一拍間を開けてから、「あ、そう」と呟く。

 妙な沈黙がカギモトとの間に降りる。 

 周りの職員の、キーボードを叩く音や紙をめくる音がやけに耳についた。

「──あのさ」

 カギモトは先ほどよりずっと小声になる。

「さっきの電話、聞こえてた?」

 ソナは頷いた。

「修理士の人……なんかちょっと気難しい感じの人で、これからお伺いしないといけなくなったんだけど」

「……はい」

 ソナは覚悟した。

 仕事だからついてこいと言われれば、行くしかない。

 しかしカギモトが告げたのは、

「俺が行ってくるから、その間フラフニルさんは契約書の添付書類とか準備しておいてもらえる?」 

「──え?」

 我ながら随分と間の抜けた声が出た。

「ん? 添付書類って細々してるからある程度進めておいてほしいんだ。もしそれが早く終わっちゃったら、他の人の手伝いしてくれてもいいし」

「……私は、行かなくていいんですか」

 思わず聞いてしまった。

 カギモトは一瞬眉をぴくりと動かし、じっとソナを見つめる。

 相手の言葉の真意を見定めるかのような目だ。

 そして口元をにやりとさせ、「何言ってるの」と言う。

「俺と2人で外歩くの、嫌でしょ? 顔に書いてあるよ」

 それは冗談めかした言い方で、周りには聞こえない、囁き程度の小さな声だった。

「……」

 一緒に行こう、とカギモトに言われるよりも動揺するなんて、おかしい。

 鼓動が速くなる。

 ソナは呆然とカギモトを見ていた。

「ねえフラフニルさん」

 カギモトはソナに椅子を寄せ、世間話でもするような語り口で囁いた。その表情に緊張感の欠片もない。

「やっぱり教育係、替えた方がいいんじゃないかなって思うんだ」


 周囲の作業音に紛れそうなほどに小さなカギモトの言葉は、ソナの頭にいやに響いた。

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