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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第35話 女子会ランチ

 昼休憩のチャイムが鳴る頃には、契約書の素案はある程度の形になっていた。

 

「よし、ランチ行くわよ!」

 シンゼルが鞄を肩に提げ、元気に言う。

「はい!」

 ナナキも一旦仕事を追いやるようにして立ち上がった。


 この状況で、のんびりランチなど行っていて大丈夫なのか。ソナは資料を開いたまま動き出せずにいた。


「フラフニルさん」

 カギモトが例の昼食の紙袋を出して言う。

「休憩はちゃんと取らないと、係長に怒られるからね」

「そのとおり。自己管理も仕事のうちだから休む時は休まないとだよ」

 会話が聞こえていたのか、ゴシュが大容量のアイスコーヒーを飲みながら同意した。


「それじゃ切り替えて行きましょ」

「早く行かないとお店混んじゃいますよ」

「……はい」


 ようやくソナも、契約関係のファイルの表紙を閉じた。


……………………


シンゼルとナナキに連れてこられたのは、農家がやっているレストランだった。


 西部遺跡管理事務所から早歩きで10分弱の距離、古民家を改装した建物で、採れたて野菜が売りの店らしい。

 店内は広く席数も十分にあり、すぐに案内された。 


「私もここ好きでたまに来ますよ」

「美味しいしヘルシーよね。あたしこれにしようかなぁ」

「あ、それ前食べたけどおいしかったですよ。季節ものもいいですよね」


 ナナキとシンゼルは仲良さそうにメニューを選んでいた。


 母以外の誰かとのランチの時間は一体何を話したらよいのかを考えながら、ソナはメニュー表を見つめた。

 色鮮やかな野菜と肉のセット、栄養バランスの良さそうな麺のセットなどの写真に「おいしそう」と思わず声が漏れた。


「ですよね! 私のおすすめはスープセットです」

「あたしはこのグリルチキンのセットが好きよ」


 ナナキとシンゼルがソナの持つメニュー表に同時に指をさす。 


「あ……、すみません。お好きなの選んでくださいね」

「いえ、えっと……」


 戸惑うソナに、ナナキが優しく微笑む。


「ソナさんの好きなもの、ここにあるといいんですけど」


 野菜は食べなければならない。肉は食べ過ぎではいけない。甘いものは歯に悪いからいけない。

 母はいつもそう言っていた。


「私は……」


 ソナはメニュー表をめくり、見つけたその写真を指差した。


 フルーツとクリームがたくさん盛り付けられたパフェだった。


 苦虫を噛み潰したような母の顔が浮かぶ気がしたが、

「うわ、最高ですね」

「確かに疲れてるから甘いものが必要よねぇ。すっごくおいしそう。あたしも糖分摂取しようかしら」 

 ソナの選択に触発されたのか、ナナキもシンゼルも、デザート付きのランチを注文していた。


…………………


「仕事の話はなしなし! 本当は上の階への愚痴とか文句とか色々あるけれども、外では楽しいこと話しましょ」


 先に運ばれたコーヒーを飲みながらシンゼルが言った。


「私もそう思いますけど、でもほら、ソナさん新人さんですし、何か相談事とかあれば言ってくださいね。職場じゃ言いにくいこともあるでしょうし」

「あらぁ確かにそうね、さすがナナキちゃん。総務係の良心だわぁ」

「いえそんな……」


 からりと褒めるシンゼルに、ナナキが照れる。


「心配事……」とソナは口の中で呟いた。

「んまぁ、言いたくなったら言ってくれればいいのよ、女子会は今後も定期的に開催されますので」


 シンゼルが少しふざけた調子で言ったところで、それぞれの料理が来た。

 料理の提供が早いのもこの店の売りのひとつらしい。


「パフェ思ったより大きいですね」

「あらぁ、本当においしそう!」


 2人が言うとおり、パフェは1人分とは思えないほどの大きなグラスに、アイスやホイップクリーム、そして色とりどりのフルーツが豪快に飾られている。


「……」


 ソナは感慨深い気持ちで大きなスプーンを手に取った。


 溢れそうなほどたくさんのクリームをスプーンに乗せて、口に運んだことは今までなかった。

 とろける濃厚な甘さで、胸の中までいっぱいになる。

 確かに疲れているのかもしれない。

 幸せが全身に満ちていく。スプーンが止まらない。


 母の手料理は確かにおいしいし、体にも優しい。でも多分、それだけでは得られないものもあるのだと思う。


「ソナちゃん、良い食べっぷりねぇ。意外だわ」

 シンゼルも負けじと大振りの肉に齧りついていた。ナナキも嬉しそうに微笑んでいる。

「おいしいものを食べるのって、いいですよね」

「……はい」


 ソナは正直に、頷いた。


「ただおいしいものを食べるんじゃないの、誰かと一緒に食べるのがいいと思うのよ」

 シンゼルが言う。

「こないだの旅行でもおいしいものたくさん食べたーって思ったけど、よく考えたら味自体はそこまででもなかったのかもって今なら思うわ」


 デザートのプリンをぱくりと口に運んで、シンゼルは続ける。


「もの珍しさと旅行のテンションと、あとは家族でわいわいしながら食べる楽しさと、そういうのひっくるめておいしかったなって記憶になってる感じかしら」

「それわかります。料理って食べたシチュエーションとかが大事ですよね」

「そうそう、みんなで食べると美味しいのよ!」


 シンゼルとナナキの言葉は、わからないようでいて、しかし何となく理解ができた。


 ひとしきり盛り上がったところで、「みんなで食べると言えば」とシンゼルはナナキを見る。


「女子会ランチができたのはいいんだけど、ソナちゃんの歓迎会ってもうやっちゃったのかしら?」

「いえ、まだこれからですよ」


 行くと答えた覚えはソナにはないのだが、ナナキの中では今後開催されることになっていたらしい。


「あらぁ良かった。仕事が落ち着いたら総務係でやりましょ。お店探しは任せて」

「確かに」とナナキも賛同する。 

「今回の仕事の打ち上げも兼ねてちょうどいいかもですね。どうですか?ソナさん」

「え……」

 話を振られ、ソナは一瞬躊躇う。

 しかし、一瞬だった。

「調整、してみます……」

「決まりね」

 とシンゼルが手を叩いた。

「楽しみができたわ。午後も頑張りましょ」

  

 再び母に伝えなれければならないことができてしまった。


 嬉しそうにするナナキとシンゼルを見る。 

 楽しみに思っても、いいのだろうか。


 総務係全員で料理を囲み、食べて飲んで楽しげに言葉を交わす光景が、この時ほんの少し、──本当にほんの少しだけ、ソナの頭を掠めていった。

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