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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第32話 所内会議

長くなってしまいました。

 高い天井には華美ではないシャンデリア、部屋の中心にはどっしりとした格調高い長テーブルが鎮座している。  


 この西部遺跡管理事務所は元名家の屋敷であったが、会議室は来客用の食堂室を転用したものだということを、ソナは後で知った。


 限りなく黒に近い焦茶色のテーブルの上座には、配属初日以来初めて顔を合わせる所長のキィトが気怠げに座っていた。会議の場であっても、よれたローブにぼさぼさ頭は変わらないらしい。


 その隣で鮮やかな紫のワンピースを着たヘルベティアが、退屈そうに細い足を組んで腰掛けている。ゴシュ達と一緒に会議室に入ったソナとカギモトに気がつくと、突き刺すような一瞥をくれた。


 そのほか、総務係よりも先に席で待っていたのは、ソナが未だ知らない2名の女性職員だった。

 そのうちのひとりの女性は、ゴシュと同じく銀のラインが入った藍色のローブ姿。そのローブの色で、管理係の係長だとわかる。2人分の幅を占めるほどに、ソナが見たこともないほど大柄な女性だった。


 「総務係はこっちだよ」とゴシュがソナに知らせ、カギモト、セヴィンを含む4人は下座に位置する席に座った。

 

 定刻になったようだが会議室内には沈黙が流れ、何も始まらない。

 

 キィトは頬杖をついて寝そうになっているし、ヘルベチティアは桃色の毛先を指に絡めて見つめているだけ。管理係の女性2人は微動だにしない。

 腕を組んだセヴィンが「調査係はまだか」と苛立った様子で呟いた。


「ふあぁ……」


 キィトの気の抜けるような大欠伸につられてソナも欠伸が漏れそうになった時。

 会議室の両開きの扉がぎいと開き、深緑色のローブを羽織った男性職員とノイマンが悠然と現れた。


「遅い」 

 管理係長の女性が低い声で唸る。

「進行役が遅れてどうする」

「失礼しました、資料を準備していたもので」


 ノイマンは特に悪いと思っていないような口振りで謝り、出席者に資料を配り始める。


「アレス遺跡の件は中々に重大なものですからこちらも慎重でして……、ああ失礼、一部足りなかったな」


 カギモトには資料を渡さず、ノイマンは踵を返して壁際に戻る。


「投影板があるからいいよ。視力はいいんだ」とカギモトは肩を竦め、斜向かいの壁にかけられた黒い板を指差した。

 学校でもよく見慣れた、魔力で映像を投影する道具である。


「さて、遅くなりまして申し訳ありません。これから、“アレス遺跡新通路への緊急対応”について本部での協議の結果を報告させていただきます。──説明は私、調査係長のルドン・ユニックが務めさせていただきます」


 黒い投影板の横に立ち、厳格な口調でそう話し始めたのは、ノイマンと一緒に入ってきた男。


 袖口に銀のラインを備えた調査係のローブ。

 ルドンと名乗ったその男は異様な雰囲気を纏っていた。

 血色の良くない細面の顔、目つきは暗い上に鋭く、肩下までの長い黒髪をだらりと無造作に垂らしている。

 「調査係の係長」というどこか精悍なイメージのする役職からは、かけ離れた外見に見えた。 


 「では」とルドンが片手を上げると、投影板に西部地区の地図、そして地図の中にアレス遺跡の位置が映し出された。手元の資料と同じものである。


「皆さま知ってのとおり、アレス遺跡は西部地区の遺跡の中では2番目に小さく、その危険度の低さや産出物の質からも、【小規模遺跡】に分類されておりました」


 投影図が変わり、アレス遺跡の写真と、アレス遺跡を空から見た図が並んで映る。


 カギモトからの事前の資料でも見た円形の旧劇場跡。そして崩れかけた石段の写真が続く。


 そこを探索していた探索士が遺跡の崩落に巻き込まれた際に、偶然、さらに地下へと続く石段を発見したとルドンは述べた。


「地下がどれほど深いのかは現時点で不明。魔素濃度は危険値に達するほど濃く、最初に発見した探索士は残念ながら亡くなっております」


 現在は、通報を受けて向かった調査係と管理係による仮の結界で、魔素流出をある程度抑えている状態だという。


 続くルドンの説明によれば。


 アレス遺跡の新通路の魔素濃度は、国の遺跡管理基準の中で最も危険とされる第5レベルに該当するらしい。

 今後その魔素がアレス遺跡全体、またアレス遺跡の外部まで影響を及ぼす可能性が高いため、早急に対処すべきとのことである。


「また、この新通路で特筆すべき点は、その魔素の種類です。現在の魔素にはない、古い時代の魔素が色濃く含まれています」

 つまり、とルドンは強調する。

「アレス遺跡は、古代魔法文明の謎に迫る重要拠点となろう、ということです」


 会議室が一瞬静まる。

 今のルドンの言葉は重要だったようだ。


 ソナはメモに書き付ける。


 確かに、未だ解明されていない部分の多い古代魔法文明。その魔法理論は現代とは全く異なるという。解明されれば、新たな魔法が生み出されるというのは想像に難くない。


 隣のカギモトを盗み見るとやはり熱心にメモを取っていたが、ちらりと見えたその文字はまるで記号のようで何を書いているのかさっぱりわからなかった。

 恐らく速記術のようなものなのだろうとソナは思った。


 ルドンの説明は続く。


「我々と管理係はこの新通路について本部、軍及び探索士連盟と協議をした結果、選抜隊にて新通路の共同調査を行い、魔素発生源の遺物を発見・回収すべき、との結論に至りました。一般探索士への開放はその後になると考えており……」

「選抜隊の全体の人数は?そのうち西部からは何人出すつもり?」


 ゴシュが突然質問を挟む。ルドンはゴシュに嫌なものを見るような目を向けた。


「……選抜隊は6名編成。そのうち調査係から2名、管理係から1名の計3名。そして、交代要員として調査係と管理係2、3名付近に待機させることを考えています」

「そんなにうちから職員を出して通常業務が回るのですか? それに、他の遺跡で非常事態が起きた場合の対応は?」


 それはセヴィンの質問だった。

 その問いは想定内だと言わんばかりにルドンはすぐに答える。


「本件の対応への優先度は非常に高く、通常業務の多少の遅れはやむを得ないものと考えます。また非常時について、アレス遺跡の待機場所からはどこの遺跡にもアクセスしやすいので、待機要員にて対応可能かと」

 また、必要に応じて軍や探索士連盟とも連携体制を取るとのことだった。


 調査の予定期間は、予算規模は、職員の安全管理は──


 次々と話題が変わり、知らない言葉も飛び交う中、ソナは何とか自分なりにメモを取っていく。


「──つまりさ」


 一旦話が途切れたところでゴシュが口を開いた。


「自分たちにはできますって、本部に大見得切ってきたってわけだ」


 その言葉に、会議室中がしんとなる。


「……どういう意味ですか、総務係長」


 ルドンが低い声で尋ねる。


「そのままの意味だよ」

 ゴシュは唾を飛ばしながら言う。

「いくら古代文明に関わるとはいえ、成果が出るかもわからない。死のリスクも高い未知の遺跡の調査に、誰も責任なんて持ちたくない。軍も連盟も及び腰の中、本部にやれって言われて安請け合いしたってことでしょ? じゃないと、探索士の数の方が圧倒的に多いのに、選抜隊の半分がうちの職員っておかしいよね」

「それは違う。遺跡を安全に管理するのが遺跡管理事務所の目的だ。それからすれば、我々が責任持って調査を担うのは当然の帰結だ」


 丁寧な口調も忘れ、ルドンが噛みつくように言う。


「実績実績の君が、そんな崇高な理念を持っているとはね」

「それこそどういう意味だ」


 会議の雰囲気が悪いという域を超えてきている。


 ソナは所長席の方を見る。

 最終的な意思決定権を持つキィトはといえば、頭の後ろで手を組んでぼんやりとやり取りを眺めているだけだった。


「ひとつ、いいか」


 会議の喧騒を止めるように手を挙げたのは、管理係長だった。


「……何かな、マロウ係長」


 幾分か冷静さを取り戻したルドンが、巨体の女性を見やる。


「我々は、協議の結果と今後やるべき業務について報告に来ただけだ。今さらここで是非についての議論など、不要」


 マロウと呼ばれた管理係長はキィトに静かな目を向ける。


「所長も、意見などないでしょう」

「僕?」


 水を向けられたキィトは、また欠伸でもしていたのか目尻の涙を拭っていた。

 それからどういうわけか口元をにやつかせ、無精髭をざらりと撫でる。


「僕個人としてはね、事情はどうあれ、うちが調査の主導権を握れてよかったと思ってるよ」


 いたずらっぽい青い瞳が、会議室に居並ぶ職員をじっくりと見回す。


「新通路の先で貴重な遺物その他未知のものがあればぜひとも──軍や連盟の目を盗んで持ってきてくれないかなぁ」


 全員が「何を言ってるんだあいつは」という顔を浮かべているのをソナは見た。


「さておき、誰も死んでほしくはないからそこだけは気をつけて。あと、書類にサインはするけど、細かいことはいちいち僕に相談しなくていいから。──僕からは、以上」


「だそうだ」

 マロウが総務係をじっと見据える。 

「新通路の調査のために、人も金も物資も早急に必要になる。総務係は、それらの手配をこちらの指示通り、適法な範囲で滞りなくやってくれ。それだけだ」


 にべもない言葉だった。


 会議室は音を失くしたかのように、静まりかえった。

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