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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
30/149

第30話 レメドーサ通りにて 後編

30話まで来ました。暗い話が多いですが、続く話も読んでもらえれば幸いです。


 月明かりを受けて光がこぼれる金髪。

 高い鼻筋に、引き締まった口元。濃紫の瞳。

 夜闇に目立たない黒いロングコートを着てなお、輝くような存在感を放つ青年。



 “美しいものは正義だわ。”



 シンゼルの言った言葉が今なぜか、ソナの脳裏に響いた。


「あなたにも、社会的な立場というものがあるんじゃないですか」


 青年に言われ、ソナははっとする。


 今のソナは子供ではない。


 “杖無し”とはいえ、立場は平等。


 責任ある公務員の身分である自分が、国民に向けて一方的な攻撃をしたとなれば処分ものである。

 

 それでも、すぐ側まで迫り来る男に、ソナは身を固くした。

 青年は焦ることなくソナの腕を掴む。


「この場を離れますから、落ち着いてください」


 口調は淡白そのものだった。


 あっと思う間もなく、青年はソナを引っ張るようにして足早に歩き始めた。


「あの……ちょっと……」


 薄暗い繁華街の裏路地を、曲がり、上り、下り、狭く同じような道を、歩き慣れたようにずんずんと進む。

 

 金髪の青年は何も言わず、ただソナを連れて行く。

 不思議と警戒心や恐怖心は起きない。



 気がつけば“杖無し”の男の姿はとっくに見えなくなっていて、人通りの多い開けた場所に出ていた。

 世界が急に賑やかさを取り戻したような気がした。


 呆然と辺りを見回すソナの腕を離し、青年は上着のフードを深く被った。


「……これは一つ、忠告ですが」

 ソナを見下ろす青年の眼光は、鋭い。

「魔力を持たない人に、そんな怖い目を向けるのは、よした方がいいと思います」


 どきりと、心臓がはねる。


「先程の男性も、ただ階段を上ろうとしただけかもしれない。別に、あなたにどうこうしようというわけじゃなかったかもしれない」

「……な」


 ソナは喉を絞め上げられたような気がした。

 私の勘違いだとでもいうのか。


「そんなこと」

「絶対にない、と、言い切れますか」

 青年の言い草は冷たい。


 あの“杖無し”は、明らかに敵意を持って私を見ていた。

 絶対に。

 絶対だ。


 なのに、心許なくなってくるのはなぜだろう。


「そういう目で見るから、全てが悪いように見えるんじゃないんですか」

「──」

 青年の口元が皮肉っぽく歪む。

「言っておきますが、僕が心配したのはあなたではなく、あの男性が危害を加えられることだったので」


 その言葉に、顔が一気に熱くなる。箒を持つ手に力が入った。


「まあ……怖い思いをしたくないのなら、こんな時間にひとりで出歩かないことですね。さっさと家に帰るんです。後は、知りませんよ」


 呆けるように立ち尽くしたソナを、青年は不躾にも指差した。その指の爪先までもが、美しく整っていた。

 

 何も言えないソナを見て青年はふっと息を吐き、「それでは」と静かに踵を返す。


「あ……」


 どこに向かうのかと、ソナはその背を思わず目で追った。

 しかし、フードを被った青年は、人並みの中に掻き消えるようにしてすぐに見えなくなった。


「………」


 それぞれが思い思いに行き交う人の流れ。ソナはまだ、青年の消えた方を見ていた。


 

 幻だったのかもしれない。



 そう思ってしまうほど、浮き世離れしていた。



 通りを行く人々は、底冷えする冬の街で上着も着ないで突っ立っているソナに、不思議そうな目を向ける。

 その視線を、ようやく感じる。

 寒さも思い出す。

   

 彼の言うとおり、夜の繁華街にひとりでいるなんて、何に巻き込まれても文句が言えない。


 そして。


 “魔力を持たない人に、そんな怖い目を向けるのはよした方がいい”



 予期せぬ方向からの言葉は、ソナの胸にざくりと刺し込まれた。


 

 いっそ、幻の方がいいのかもしれない。



 ソナは力無く箒を起動させる。



 寒さに磨かれ金色の光を放っていた月はいつの間にか、雲の裏に隠れようとしていた。

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