第27話 立ち話
外は、冬の底にいるかのように寒い。
「明日、楽しみにしてるわね!」
派手なマフラーを巻いたシンゼルがソナとナナキに振り返って言った。
ナナキも笑顔で同意し、ソナも遠慮がちに頷くと、「え、何の話?」とトレックが食いつく。
「明日ランチなのよぉ、3人で」
「え、3人?ソナさんと俺とナナキ?やった!」
「なんであたしが入ってないのよ。女子会よ」
シンゼルがぴしゃりと言う。
「えー、俺は?」
「トレックさんは自分で調整してくださいね」
ナナキも案外トレックには厳しいらしい。
「って、あらぁ、ソナさんは箒通勤なの?すごいわねぇ、あたしなんてもう何年も乗ってないわ」
箒を取り出すソナを見てシンゼルが言う。
「私もですよ。学校の授業大嫌いでした」とナナキが続けた。
「俺も箒通勤にしよっかな」
トレックがポケットに手を突っ込んで呑気に言う。
「トラムは楽だけど激混みだからな。俺もソナさんと一緒に空飛んじゃおうかなー」
「えー、途中で通勤方法変えるのは手続きが面倒なのでやめてくださいよ……」
門の前の街灯がぽつりと辺りを照らす下で、他愛もない会話が続く。
ソナはほとんど口を挟まない。が、特別居心地が悪いわけではなかった。
扉の開く音。
コート姿のノイマンが鞄を手に通用口から出てきた。こちらに気がつくと、僅かに冷笑を浮かべる。
「こんな寒い中で立ち話なんて、総務係さんは本当に暇なようだ」
年上のシンゼルがいるからか言葉は丁寧だが、嘲るような口振りを隠しもしない。
「いつまでもそんなところでぼんやりしてたら、後悔するんじゃないかと思いますけどね」
ノイマンの瞳は、こちらを向いている。
ソナはそう感じて小さく唇を噛む。
「おまえな……」とトレックが言いかけるが、ノイマンはふいと前を向き、颯爽と門の外へと出て行った。
強張った気分でナナキ達を見ると、
「若いわねぇ、ノイマン君」
とシンゼルがなぜだか嬉しそうに言った。
「あれを“若い”で表すシンゼルさん、すげえですよ」
トレックが笑う。
「えぇ?だってなんか、青臭い若造って感じ、いいじゃない?」
「全然わかりません」とナナキも苦笑いをした。
ノイマンの冷たい言葉も、大したことがないのかもしれないと思わせるほどに、空気は緩んでいた。
これは“掃き溜め”にいる仲間同士の馴れ合いだ。
相手からの見下されるような態度に、慣れきっているだけに過ぎない。
ソナはそう思う一方で、この雰囲気に、少しずつ馴染んできている自分もいる気がしてきた。
それが良いことなのかはわからない。
ノイマンが言うように、いつまでもこんなところにいたら、後悔するのかもしれない。
街灯が頼りなげに瞬く。
それを合図にしたかのように、シンゼルが大きなくしゃみをした。
「んもぅ、確かに寒すぎるわね。風邪ひいちゃ困るし、解散しましょうか」
「ですね」と鼻の頭を赤くしたナナキが頷く。
「じゃーお疲れソナさん、また明日!」
「ばいばーい」
「お疲れさまです」
「お疲れ……さまです」
門を出ていく3人を何となく見送ってから、ソナは箒を開き、腕時計を見る。
結構な時間、雑談をしてしまった。
いつもの自分なら、さっさと先に帰るはずなのに。
母からの伝心蝶の読めない返事を思うと、腹の奥底に石でも落とされたように、ずしりと体が重くなる気がする。
家に帰れば、母と話すことになるだろう。
ソナはどこまでも濁ったような曇り空を見上げ、箒を飛ばした。




