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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第25話 電話

 昼休憩後、カギモトは皆とずれるかたちで昼休みを取りに行った。さすがに席で昼食を取るわけでないようだ。

 ソナは午前中に受け付けた書類を端末に入力する作業に取り掛かる。


「……」


 さっそくまた、入力で躓いてしまう。昨日カギモトから教わったばかりのはずだが、マニュアルを見てもわからない。

 恐らくマニュアルに説明はあるのだろうが、その箇所をうまく探し出せない。

 記憶力には自信があったが、これまでやったこともない入力業務はまだ、ソナの中で体系づけられてはいなかった。


 マニュアルを捲っては閉じ、捲っては閉じ、ソナが僅かな溜息をついた時だった。

 さらに大きな溜息が横から聞こえた。


 見ればティーバがこちらを向いていて、ソナの心臓がどくんと跳ねた。


 昨日の資料室の一件から、まともに口をきいていない。


 いや、元々ほとんど話さないのだが、昨日のことでティーバが怒っているのは間違いないと思っていた。


「わからなかったら、聞いて」


 ぼそりとティーバが言った。


「え?」

「横で悩まれると、気が散る。聞いてくれれば教えるから」

「……」


 ぶっきらぼうで、常に覇気はない。

 けれども仕事に手を抜く様子は一切無い。昨日から見ていた限り、電話や窓口対応でトラブルを起こすようなこともなかった。


 カギモトとはまた違った意味で掴みどころのない人物である。


「……何も、無いの?」

「あ、いえ、ここの入力の方法が……」 


 ソナは少し慌ててティーバに尋ねた。


 ティーバはカギモトのように優しくはないが、無駄なく的確に教えてくれた。


 そんなことをぎこちなくやっていると、カギモトとソナの机の間にある銀の電話が突然鳴り出した。


 躊躇ったのは一瞬で、ソナはティーバよりも早く受話器を取り上げる。


「はい。西部遺跡管理事務所……総務係です」


 自分の所属名はまだ言い慣れておらず、口に違和感がある。


『カギモトさんはいらっしゃるかしら』


 間髪入れずに上品そうな女性の声が返ってきた。


「今は席を外していまして、あと……30分くらいで戻ると思います。失礼ですがどちらさまで──」

『戻ったら必ず電話をくれるよう伝えてくれません?』


 女性はソナを遮り、「必ず」を強調した。


 一瞬たじろいだソナだが、それならと相手の電話番号を尋ねる。


『カギモトさんなら、ご存知ですから大丈夫ですよ』

 女性は当然のように答え、それから『あなた、お若そうね』と続けた。

『新人さんかしら?この電話を取ったということは──カギモトさんのお隣とか?』


 ソナは固まる。


『否定はしないのね』


 電話越しに見られているような感覚に背筋が粟立つ。ソナはそっと周囲を見回す。


『そう、あなたみたいな子をね。思い切ったのねえ』 


 独り言のように女性が呟く。


「あの……」

『あなた、カギモトさんのこと、よろしく頼むわね』

「え?」 


ソナは目を瞬いた。


『では、折り返しの連絡を待っていますから。来なくてもまたこちらから掛けますけど』

「あ、お名前……」


 それだけは聞いておかなければ。


『レンよ』

 女性は言った。

『彼ならそれで分かりますので』


 ぶつり、と通話が切れた。


 無言になった受話器を呆然と見つめる。

 


「──レンさんだった?」


 ティーバの言葉に、ソナは受話器を持ったまま素早く横を向く。

 相変わらず、指はタイピングを続けている。


「そんなに粘ってなさそうだし、電話があったことだけカイリに伝えておけばいいよ。どうするかはあいつが決めるから」


 ティーバも知っているらしい、今の電話の女性。

 遺跡管理事務所の総務係に用事がある風ではなかった。


「……仕事の関係の方ではないんですか?」

「知りたいなら自分でカイリに聞けば?」


 思い切って尋ねたのに、返ってきたのは素気ない答えだった。

 それは全くもってそのとおりなのだが、わざわざカギモトに聞く気はない。


「それとも何か、気になることでも言われた?」

「……いえ」


 カギモトをよろしく頼むと言われたことは、何となく伏せた。

 ソナは、言われたとおりカギモトあてにメモを書いた。


 昼休憩を終えてカギモトが戻ってきた。だいぶ早めに切り上げたらしい。


「電話がありました」

 と書いたばかりのメモを渡す。

 カギモトは「また」と顔をしかめたが、すぐにはっとした様子でソナの方を向く。 


「えっ、もしかしてフラフニルさんが電話取ってくれたの?」

「え……はい」


 ソナは控えめに頷いた。


「俺、電話取れるようになるまで結構時間かかったんだよ。3日目で取るなんてすごいね」 

「いえ……別に……」 


 大したことではない。

 そんなことで、どうしてそんなにも嬉しそうにしているのか。


 カギモトは決まり悪そうに首の後ろを掻きながら席についた。


「……あのさ、またこの人から電話あるかもしれないけど。適当に切っちゃっていいよ。俺の個人的な電話で、仕事じゃないから」

「……」

「──あ、私的利用じゃないよ」


 ソナの無言をどう捉えたのか、カギモトは慌てたように言う。


「自宅に電話置いてなくて。俺の個人的な連絡先をここにしてるだけで」


「ちゃんと許可ももらってるだろ」

 ティーバが口を挟み、「そうそう」とカギモトが頷く。

「……そう、ですか」


 ソナは怪訝に思った。


 “杖無し”なら伝心蝶も使えないはずである。

 プライベートの時間や緊急時はどうやって他人と連絡を取り合っているのだろうか。

 

 カギモトがいっそう謎の人物に思えてくる。


 考えたこともなかったが、もちろんカギモトにも家があり、暮らしがある。姓があるのだから、きちんと出生を届け出る家族がいる。公務員になっているのだから、最低限、高等学校は卒業しているということになる。


 “杖無し”のカギモトが、一体どのような生活を送ってきて、今に至るのか。


 ソナには想像もつかなかった。

 別に知る必要もないと、頭から振り払った。



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