第24話 ランチの誘い
女性探索士達は資料を探すだけ探したようで、資料コーナーは朝よりも雑然としていた。
カギモトに倣い、ソナもチラシや冊子を元の位置に戻していく。
「アレス遺跡の話って、知ってた?」
チラシの束の角を揃えながら、不意にカギモトが尋ねた。
「え? いいえ……」
「俺も詳しく知らなかったから、昨日帰る前に管理係に聞いたんだよね。多分後で係長からも周知されると思うけど、一応さっきみたいに聞かれるかもしれないから先に伝えておくね」
カギモトがローブのポケットからメモを取り出す。
「アレス遺跡には元々地下通路があったんだけど、そこに隠し扉が発見されたんだって。その扉の先に、さらに深い地下通路があったみたいで……」
自分のメモを見ながらなぜかカギモトは首を傾げている。
「えっと……とにかくそこの未調査部分をどうするかについて今協議中みたいだよ。一般の探索士に情報が公開されるのはひとまず、国での調査が終わってかららしいね。だから何か聞かれても、さっきみたいに“決まり次第お知らせします”で乗り切って」
「……はあ」
ソナは何とも釈然としない気持ちで頷いた。
「あの、そういうことは……直接個別に管理係の人とかに聞かないといけないんですか?」
「あー、そう思うよね」
カギモトは苦笑いを漏らす。
「本来ならきちんと組織で共有すべき内容だと思うよ。実際今みたいに問い合わせも来てるしね。でも、総務係にはなかなか話が降りてこないんだ。なんていうか……現場の人間が優先って意識が強いんだろうね」
「……」
やはり遺跡管理事務所では、直接現場で活躍する調査係や管理係が花形ということだ。
高度な魔法操作力、サバイバル能力、そして遺跡に関する深い知識が求められ、実践的な魔法を使う職業の中では最高峰。
学歴も求められる分、世間的には探索士よりも社会的地位は高いとされている。
「でも、調査係や管理係が活動するために、総務係の仕事は必要不可欠だから」
カギモトはそう言うが、所詮総務係はただの裏方でしかない。
魔法の能力はほとんど必要なく、調査係達が働きやすいようあれこれ世話を焼く下僕、という程度の存在なのだろう。
調査係でも管理係でも希望すれば叶うだろうと採用時の面談で言われたが、総務係への配属を強く希望したのは自分だ。
全ては、危険な仕事はだめだという母のたっての願いがあったからだ。
だから。
「文句はいえない」
思わず口をついて出た。
ちょうど昼休憩のチャイムが鳴り出し、ソナの呟きはカギモトの耳には届かなかったらしい。
「午前の窓口当番の人が昼時間まで窓口やることになってるんだ」
資料コーナーを整理し終えて、カギモトが言った。
「昼の間は俺がやるから、フラフニルさんは休憩に入っていいよ。おつかれさま」
その言葉に素直に従い席に戻ると、「ソナちゃん!」とまたもやシンゼルが突進してきた。
「これからお昼一緒にいかない?ナナキちゃんと3人で女子会しましょ、女子会!良いお店あるのよぉ」
シンゼルの後ろではナナキが笑顔で頷いている。
「あ……、すみませんが……」
二人の笑顔に戸惑いつつ、ソナは鞄からランチボックスを取り出した。
「お昼……いつも持ってきてるんです」
「あらぁ!偉いわね!それじゃ明日はどう?3人で食べてお話したいわぁ」
「私も明日でも平気ですよ」
「……」
母の顔がちらつく。
娘の弁当を作るのが生き甲斐だとでもいうように、笑顔でランチボックスを渡してくる母。
今、目の前でソナの返事を待つシンゼルとナナキ。
職場に友人を作りに来たのではない。
そう考える一方で、教室の隅で誰に声をかけられるでもなく、ひとりで母の弁当を食べていた学生時代の薄暗い光景が、脳裏を掠めていった。
「あ、ごめんなさい、無理にというわけじゃないので」
ナナキが慌てて言う。
「あの、断ってもらっても全然」
「あ……いえ」
これを断ったら、また私は。
「明日、なら……」
気づけば、そう答えていた。
「やったわ!じゃあ明日、よろしくね!」
シンゼルは嬉しそうに手を叩き、「お願いしますね」とナナキもほっとしたように微笑んだ。
2人が離れてから席に座り、ランチボックスを前にして、ソナは今日帰宅してからのことを考える。
明日の弁当の準備をしてしまうといけないから、母には早めに連絡しておく必要がある。
ソナは伝心蝶を作り上げた。
『明日は同僚と食事に行くからお弁当は作らなくていいよ』
これを読んだら母はどう思うだろうか。
出来上がったばかりの虹色にきらめく蝶。手のひらのそれを見て、ソナはずしりと気が重くなる。
それでも、自分で決めたのだから。
それくらい、自分で決められないと。
ソナは誰にともなく頷き、伝心蝶を飛ばす。
箒よりも遅いが30分もあれば家に届くだろう。
ソナは壁にかけられたカレンダーを見た。
月末には最初の給料日が来る。
母に何かささやかなプレゼントをしなければ、と半ば義務のようにソナは考えていた。




