第20話 シンゼル・チャードの出勤
「あらぁ、美人さんね!こんな可愛い子と仕事ができてあたし幸せだわ!」
翌日出勤すると、見知らぬ女性職員が総務係にいて、ソナを見るやいなや、歓喜の表情で突進してきた。
ややふくよかな中年代の女性で化粧が濃く、夕焼けのような橙色の髪を1本の三つ編みで垂らしている。
「あらぁ、綺麗な色の瞳ね。お肌もつるつる。化粧品は何を使ってるのかしら?あら髪もうるうるでつやつや!シャンプーはどこの?」
顔を掴まれそうな勢いにソナが硬直していると、「はいはい、ソナさん困ってるから」とゴシュがその女性を引き離した。
「この人はね、シンゼルさんだよ」
ついでのようにゴシュが紹介する。
「どうもーシンゼル・チャードです!週末とくっつけて5日もお休みして家族旅行に行ってきました。皆さんには迷惑かけたかもしれないけど、とっても楽しんできましたわ」
シンゼルは満面の笑みである。
「どこに行ったかというとね」
「その話は休み時間にね。もう仕事始まるからね」
「あっ、そうだ。お土産があるからみんなに配るわ」
ゴシュの話を聞いているのかいないのか、シンゼルはマイペースに土産の小さな菓子らしきものを順番に配り始めた。
「シンゼルさんはね、すごくいい人だよ」
席に着くと、隣でカギモトが微笑んだ。
「それにベテランだから、仕事で困ったら何でも聞いてみるといいと思う」
ソナは硬い表情で頷く。
当たり障りのない会話。
ソナに向ける穏やかな表情。
やはり昨日の資料室でのソナの発言を、カギモトは一切なかったことにしたらしい。
「あらぁ、カギモトくんが教育係なのね」
とシンゼルが土産物を渡しに来た。
鮮やかな包み紙に包まれた拳大ほどの丸い何かである。
「南部に行ってきたのよ。これはね、名物カザンリュウの目玉チョコ!知ってる?」
カギモトもソナも首を横に振る。
「んまぁ残念。気候が良くてとってもいいところだったからぜひ行ってみてね。──あ、それからソナちゃん」
シンゼルはソナの耳に顔を寄せて囁いた。
「カギモトくんが教育係でラッキーね」
ソナは目を瞬いた。
「えっ?」
「だって、イケメンじゃない」
「えっ……と」
「あなたも可愛いしお似合いよ。ああ、美しいものは正義だわ」
「……」
「それと」
シンゼルは暖かな瞳でソナを見た。
「その髪紐、とーっても素敵ね。唯一無二って感じ。あなたによく似合ってるわ」
「……」
ソナは胸の詰まるような気持ちで「ありがとうございます」と応えた。
うふふ、と微笑み、シンゼルはセヴィン達の方に土産を配りに行った。
「ね、いい人でしょ?」
カギモトが言う。
どこまでシンゼルの話が聞こえていたのか知らないが、ソナは小さく「はい」と頷いた。
確かにシンゼルが“いい人”なのは確かだろう。
しかしカギモトをソナと“お似合い”だと嫌味なく述べるその感覚が、ソナには全くわからない。
この総務係の、カギモト・カイリに対する態度が、自分と違いすぎるのだ。
そういえば。
カギモトの額の赤みは引いている。
本人の言うとおり、昨日の怪我は大したことがなかったらしい。
「ん? 俺の顔何かついてる?」
怪訝そうに自分の顔を触るカギモトに、「いえ」とソナは視線を外した。
…………………
始業のチャイムが鳴り、カギモトが立ち上がる。
「さて今日は俺が窓口当番だから、一緒に窓口に出てみようか」
ソナが返事をする前に、早速窓口に探索士がやってきた。
さっと受付に向かうカギモトの後にソナが続く。
仕事は仕事として、教わるべきことは教わらないといけない。
窓口に来たのは、探索士にしては細身、両腰にそれなりの武器を装備しているようだが、どこか貧相な印象が拭えない若者だった。
「ドードーさんじゃないですか。……今度はまた、どうしたんです?」
あまり危険人物のようには見えないが、カギモトの声色には妙な警戒心が滲んでいる。
「カギモトさん」
ドードーと呼ばれた探索士は今にも泣きそうな顔になる。
「探索士証がなくなったんすよぉ」
「ドードーさん」
カギモトがカウンターに両手をついた。
「これで何回目かわかりますか」
「えっ? えっと、5回、6回……いや、8回くらいかな?」
「12回です」
間髪入れずにカギモトが言う。
「何でそんなに失くすんですか?」
「ええ、俺にもわかんないっすよ。でもないと仕事にならないんで、再発行お願いします」
カギモトは溜息をついた。
「……まあ、初めての受付にはちょうどいいかもね」
そう言って、少し後ろに立つソナに視線を送った。




