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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
194/202

6 失踪

 

 翌日の午後、バルトロさんは大きめの茶封筒を手に、にこやかに総務係へとやってきた。


「宣言どおり、手に入れたよ。特急便で送ってもらったんだ」


 渡されたその中身を見ると、北部遺跡管理事務所で行われた広報イベントの事務資料だった。


「うわ、ありがとうございますバルトロさん」

「くれた人に迷惑かかっちゃうから、くれぐれも内密に。それ写しだから、終わったらすぐ廃棄してね」

 もちろんです、とさっそく資料を確認し始める。

 これで一気に作業が捗る。

「いや、ほんと助かりました……」

 電話が鳴り出した。

 今日も窓口は込み合っている。ソナは当番で受付に出ていて、ナナキが手伝い、ティーバは休みだ。セヴィンさん達も忙しそうで、ざっと見回しても出られるのが自分しかいない。

 すみません、とバルトロさんに断りを入れ電話を取る。

 バルトロさんは笑顔で去って行こうとした。


〈──おい、今日もそっちにルペルが行っているだろう〉

「えっ?」

 

 決めつけるようなその声の主は、間違いなくウェグナー氏だ。

 さっと通話口を手で押さえて「バルトロさん!」と背中に呼びかける。こちらの雰囲気を察したのか、すぐに戻ってきた。

 念のため自分の位置から外の方を確認し、

「……いえ、今時点でルペルちゃんは、来ておりませんが」 

 と慎重に答える。

〈何だと? じゃあどこに行ったんだ〉

「いなくなったんですか? ルペルちゃんが」

 横でバルトロさんが小さく息を呑むのが聞こえた。

〈……いや、貴様らが隠している可能性もあるだろうな〉

「そんなこと」

 もういい、とウェグナー氏は言い捨てた。

〈そっちにも既に人を向かわせている。下手な真似はしないことだな〉

 ぶつりと切られてしまう。

 受話器を置くと、ゴシュ係長、セヴィンさんも近くに来ていた。


「今の、ウェグナーさん? ルペルがいなくなったって……?」

 バルトロさんにいつもの余裕の表情はない。

「話から推測するに、そうかもしれません。とりあえずこちらにも人を寄越すようですが」

「今の時間なら、たぶんまた迎えの車から逃げ出したんだ。でもここじゃないなら、一体どこに……」

「バルトロくん、とりあえず仕事上がった方がいいんじゃないかな。マロウ係長には言っとくから」

 青褪めた顔で呟くバルトロさんにゴシュ係長が声をかける。

「え……いやそこまでは。ええと、学校……警察に言えばいいかな。ああでも義父がやっているか。でも……」

「落ち着け」

 セヴィンさんが右往左往するバルトロさんの肩を掴む。

「まずはおまえの義父としっかり連絡を取り合って情報を確認すべきだ。事務所に来ないかは俺達が見ておくから」

「でも、どこかで道草してるだけかも。大事にするとまた……」

「おまえの子どもだろう」

 セヴィンさんの声が大きくなる。

「取越苦労でも構わないじゃないか。心配なんだろう? 父親のおまえが心配しても何もおかしくないんだ」

 

 バルトロさんは唇を結び、伏せた顔を上げた。


「……今から時間休取るので、すみませんがマロウ係長にお伝えください」

 ゴシュ係長に告げ、来庁者用の正面出入口から外に駆け出して行った。


「まったくあいつは子どものことになると」とセヴィンさんが呟いている。


「どうかしたんですか?」


 出ていくバルトロさんと同時に、ナナキとソナも思わしげな顔でやってくる。窓口は一旦落ち着いたようだ。それにシンゼルさん、トレックも、周りに集まってきた。

「バルトロさんの娘さんがいなくなったらしいんだ」

 ゴシュ係長が早口に説明する。

「心配だけれど、行き違いで来るかもしれないし、これからお義父さまの使いも来るみたいだし、僕らは事務所でできることで対応しよう。バルトロさんに連絡することがあったら僕が取りまとめて伝えるから教えて」

 皆は神妙な顔で頷いた。


「心配ですね」

 席に戻りながらソナが外の方に視線を向ける。

「だね」

 あの子が通うのは金持ちが多い西部の名門学校だ。あの制服を着てうろうろしていたら悪目立ちはするだろう。


「──あ、カギモトさん」と席から外を見ていたソナが小さく声を上げた。

 つられて目をやると、窓の向こうに黒塗りの飛行魔導車が降りてくるのがちらと見えた。

 ウェグナー氏が言っていた使いが、もう来たのだろう。

 

 ぞろぞろと、黒服の男女が4人……5人。昨日の護衛の男を中心にして、事務所に入ってくる。   

 人を行かせると言ったとおり、ウェグナー氏本人は今日は来ていないようだ。

 ちょうど外に出ようとしていたらしい探索士が、その黒服達を見てぎょっとしたように身を引いていた。



「ルペル・クルーガーが来ておりますでしょうか」


 昨日の護衛、ウェグナー氏がイアンと呼んでいた中年男性が受付カウンターに両手をついた。

「来ておりません」

 ソナが窓口に出て毅然と答える。教育係として一応その脇に控えておく。

「口では何とでも言えますよね。所内を確認させていただいても?」

 その言葉にソナは係長の方を見る。

「他のお客さんの邪魔をしないならどうぞお好きに」と係長が席で書類をめくりながら答えた。

「施錠されたところや職員しか入れないところは?」

 今度は係長も手を止め、難しい顔でイアンを見た。

「うちが匿ってるとでも?」

「念のため確認させていただかないとこちらもご主人に示しがつきませんので」

「そんな警察じゃあるまいし、何の権利があって。それにこんなところじゃなく、もっと他に探すところがあるのでは?」

「もちろん他にも人はやってますよ。でもここはバルトロ・クルーガーの職場ですから」

「あの、職員用の場所には僕が付き添いますよ。いいですか? 係長」

 こんなことで窓口を塞いでほしくない。本来業務ではないが、さっさと帰らせたくてそう口を挟んだ。

「うーん……」

「俺も手伝う」とトレックが立ち上がった。

「手分けしてやればすぐ済むだろ」

「じゃあ、私が女性スペースのところをご案内しますわぁ」

 シンゼルさんも手を上げる。

 唇を噛むようにしていた係長は、「わかりましたよ」と溜息をついた。

「何、本当に立ち入れない場所にまで入るつもりはありません。こんなふうに、我々シェボン家に協力的な姿勢を見せていただきたいんですよね」

 イアンは口元に笑みを浮かべ悠然と総務係を見渡す。

「では、お忙しいところ恐縮ですが」

 そう言いながら執務室に踏み入ろうとするのを「お待ちください」と止めた。


 ものにでも向けるようなイアンの目がこちらを捉える。


 その視線はひとまず受け流し、受付カウンターの上に、簿冊とペンを出した。


「来庁者受付簿です。うちは機密事項も扱っておりますから、執務室に入る以上はご記入お願いします。あ、全員のお名前を書いてくださいね」


 イアンは不愉快そうに口を曲げたが、黙ってペンを取った。

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