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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
193/201

5 バルトロ・クルーガーの説明


 バルトロさんはもう一度口角を上げた。


「ソナさんは……失礼かもしれないけど、もしかして親御さんがあまり好きじゃないのかな?」

 ソナは一瞬黙り、「わかりません」と僅かに首を傾けた。 

「さっき、親が何を考えていたかなんて大人になってもわからないって君は言ったよね。知りたいとは思うもの?」

 その質問にもソナは微妙な顔をする。

「知りたいと、思った時期もあった気がします。でも今はもう、わりとどうでもいいといいますか。だから、伝えられるときに」

「どうでもいい、か」とバルトロさんは笑顔でソナの言葉を遮った。

 床に置いた箱の上に腰を下ろし、ループタイを緩める。


「そうなってくれれば、いいのかもしれないね」


 軽い口振りだった。


「どういう意味……」

「フラフニルさん」

 言いかけたソナを制する。

 ソナは口を噤んだが、納得のいっていないような目だ。だがこれ以上は本当に立ち入りすぎだろう。


 ところが「いいんだ」、とバルトロさんは笑った。

「俺は、かみさんの父君……シェボン家から未だに認められてなくて。俺が元は探索士だったから、というよりも、探索士になるくらいしか選べないような家の生まれだったから」


 優しかったけれど、金も学もない親だった。


 そうバルトロさんは淡々と語る。


「遺跡管理事務所の職員の採用試験に合格して一応結婚は許してもらえたんだけれど、かみさんが事故で死んだら、シェボン家で育てるからとすぐにあの子を引き取られてしまって」

 手に持っていた眼鏡のレンズをハンカチで拭き始める。

「でも、俺も仕事で家を空けることが多いのは事実だし、金銭的なこととか色んな面であの家で面倒を見てもらった方があの子のためになるから。ウェグナーさんも、ああ見えてルペルのことは溺愛しているし」

 バルトロさんは「だから」と吐き出すように言った。


「これでいいんだって思ってる」


 いいと言えるのだろうか、なんて、こんな様子のバルトロさんには言えなかった。

 かといって、容易な気休めも口にできない。


 身動きが取れなくなるような静けさの中、

「──なんてね」

 眼鏡をかけ、バルトロさんがひょいと立ち上がった。

「しんみりさせて悪かったね。たまには俺だって愚痴りたくもなる」

 それから棚を振り返り、「あ、これこれ」と文書箱を引っ張り出した。

「それじゃあ。北部の件は明日また結果を伝えるよ」

 いつもの爽やかな笑みを見せて、箱を抱えたバルトロさんが資料室を出て行った。


 心底不機嫌そうなトレック、何か言いたげなソナと3人で顔を見合わせる。


「……どうしてくれんだよ、この空気」

「トレックのせいだろ」

「なんで俺ぇ? 話のきっかけ作ったのはおまえじゃねえか」

「いやおまえが余計なこと言うから」

 でもよ、とトレックが拳を握りしめる。

「ルペルはバルトロさんが好きで、バルトロさんもルペルが好きで、あのじいさんもルペルが好きなんだろ? なんでこんな面倒くせえの? もっとシンプルにいこうぜ!」

「いこうぜって俺に言われても……」

「やっぱり、色々あるんですね、家族って」

 ソナが不毛なやり取りを静かに打ち切った。

「前にティーバさんに、そんなことを言われました」

 ああ、とトレックは鼻の頭に軽く皺を寄せる。

「まあ、あいつのとこも確かに……色々あるんだよなぁ」

 

 家庭の事情は人それぞれだ。迂闊に口を挟むことなどできない。

 踏み込むべきではないと自分を抑え、周りを止めようとしたのは俺自身なのだが。


 飲み下すことのできない何かが喉に詰まっているようだ。


「とりあえず資料の件はバルトロさんに任せて、俺たちも戻ろっか」


 ソナは頷き、トレックは「何しに来たんかな俺」とぼやきながら、ともに資料室を出た。


「でも、バルトロさんって……」

 一階までの階段を上っていると、後ろのソナが独り言のようにこぼした。

「何?」

「カギモトさんと少し似てますよね」

 予想外の話題に、反応が少し遅れる。

「え、そう?」

「あーなんかわかるわ」とソナの横のトレックも同意していた。

 階段室の扉の前に上りつく。

「どのへんが? いや、バルトロさんに似てるっていうのは俺的には光栄だけどね」

「なんだろ。なんつーか。笑い方とか?」

「ああ……確かに」

「そうかな。よくわからないけど」

 口ではそう答えながらも、2人が言わんとすることは何となくわかるような気もしていた。


 冷たい取っ手に手を掛けて扉を開け、総務係の執務室へと戻る。

 静かな執務室には係長だけが残っていた。

 地下で収穫があったか尋ねられ、結局バルトロさんに頼ることを伝えた。


「バルトロくんね。うん。それなら大丈夫かな」


 昼間のことを思い出したのか困ったように笑うと、係長は何かの書類にひとつサインをした。

「本当は僕が北に頼めればいいんだけど。僕の立場で動くとそれはそれで角が立ちそうだから。面倒かけて悪いね」

「いえ、借りられればラッキーくらいに思ってたので。それで、イベント当日のうちからの参加者の調整はどうなりました?」

 訊くと、係長は渋い顔をして腕を組んだ。

「いやまだ調整中。それこそバルトロさんくらいだよ、いいって言ってくれてるの」

 このまま総務係に押し付けられても困るのだが。係長には頑張ってもらいたい。

「ま、やることあるなら俺も手伝うからよ。でも今日のところは帰るわ」

 こちらの肩を軽く叩き、トレックはさっさと自席に戻って片付け始めた。

「私も。何でも言ってください」

 ソナの申し出に笑みを返す。

「ありがと。でも、今日できることはもうなさそうだから、明日以降かな。頼りにしてます」

「はい」とソナは頷き、帰る準備を始めた。


 係長と2人になる。

 イベントの準備が無事に済み、何事もなく当日を迎えられることを強く祈りながら、今日の業務の残りに取りかかった。


 けれども大抵の場合、そういう切実な願いほど、聞き入れてもらえないものだ。


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