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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
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バルトロ・クルーガーの愛娘 4


 ルペルとウェグナー氏の姿は、執務室からは見えなくなった。




「いやほんと、重ね重ねすみません。家庭のことを持ち込んで、お恥ずかしい限りです」


 こちらがやりきれない気持ちになるような笑顔を残し、バルトロさんも総務係の執務室を後にした。


 ざわついていた来庁者達も用事を思い出したように窓口に並ぶ。電話が鳴ってティーバやセヴィンさんが取り、じっと外を睨んでいたトレックもようやく自分の席に座った。

 空気は日常に戻り、業務が流れ始める。


「……なんか、いたたまれないです」


 キーボードを打ちながら、ぽそりとソナが言う。


「そうだね」と頷いた。


 まったくそのとおりだと思う。

 しかし今は月末、仕事は山積みなのだ。


 とにかくまずは。

「フラフニルさん、さっきの、イベントの件なんだけど」

 話を振ると、ソナは「ああ」と思い出したように頷いた。

「資料室……私も探してみましょうか」

「助かる。やっぱり1人じゃ確認しきれてない気もするから。これでだめなら諦めて、いちから資料を作るよ。時間もあまりないからね」

「はい」と生真面目に返事をするソナはすっかり頼もしい同僚だ。

 じゃあさっそく地下にと腰を浮かせかけると、

「すみませーん、窓口応援お願いしまぁす」

 とシンゼルさんの声がした。

 今日は本当に客が多い。

「資料探しは後回しだね」

「ですね」

 すぐに臨時用の窓口も開けて、来庁者への対応に加わった。

 

§


 結局、なんだかんだとやるべきことをやっていたら、終業時間を迎えていた。


「ああ、今日は疲れましたぁ」

「ほんとよねえ。全身が甘い物を欲してるわ」

 本当に疲れた様子でナナキとシンゼルさんがのろのろと窓口を片付けている。探索士受付関係の書類もどっさりだ。あれらが分配されて期日までに確認、入力作業があるのかと思うと、少し気が滅入る。が、やることがないよりはずっといい。


「あの、カギモトさん。私残れますから」

 書類をファイルに綴ると、タイミングを計ったようにソナが声を掛けてきた。

「あ、資料探し?」

「はい。今からでも」

 真顔で軽く腕まくりをするソナが微笑ましく、本当は残ってひとりでやろうかと思っていたのだが、「じゃあお願いしようかな」と答えていた。



「──というわけで、イベントのための資料探しでフラフニルさんと資料室にいます。少し残業します」

 ゴシュ係長に伝えると、「何だと」とトレックも係長の前にやってきた。

「残業で、資料室でソナさんと2人きりとはけしからん。なので俺も行くっす係長」

「ちゃんと仕事するなら好きにして」と係長は苦笑いだ。隣のソナはいつもどおりの無表情である。

「僕もしばらくは残ってるから。イベントの件、任せっきりで悪いね。何かあったら相談してよ」


 係長の机はいつも雪崩が起きそうなほどの書類の山だ。係長自身、整理整頓が苦手というのもあるだろうが、普通に業務量が多すぎるのだ。相談しようにも遠慮してしまう、というのが正直なところだが。


「はい、とりあえず行ってきます」

 ソナとトレックと共に、地下一階へと向かった。


「──で、何しに行くの?」

 地下廊下を歩きながら、トレックが悪びれもせずに尋ねてくる。

「知らないのについてきたのかよ。来月広報イベントあるだろ。その参考に過去資料を探しにだよ」

「ほーん」と心底興味のなさそうな返事を返されたが、仕事なのだ。来たからにはしっかりやってもらおう。


 資料室の扉を開けると廊下よりもさらに埃臭い。灯りをつけても、何だかどんよりとした空間だ。

 天井までの棚にびっしりと書類箱が収められ、入り切らない箱が床にも積まれている。

 棚は係ごとに使用場所が分けられているが、箱の並び順に法則は無い。空いたところに突っ込むから、年度、カテゴリもめちゃくちゃだ。

 誰も整理しようなどとは思わない。労力に見合うものがないからだ。


「こないだ廃棄作業したばっかなのに、もういっぱいじゃねえか」

「上のやつを下ろしたからね」

「いっそ全部捨てちゃいたい」とトレックは恨めしそうに棚を睨む。

「で、何探せばいいん?」

「7年前の“広報関係”の箱。その中にイベント関係のファイルがあると思う」


 そうしてソナとトレック3人で、資料室の中をじっくりと探し始めたが、やはり量が多すぎる。そう簡単には見つからない。


「──え、ちょっと待てよ」

 何の記載もない箱を開けて中身を確かめていると、向こう側の列の棚からトレックの声がした。

「今さらだけどよ、7年前っつうと、えっとぉ……」

「989年です」と別の棚の列からソナが答えた。

「あれ。よく考えたら俺それ捨てちゃったかも。こないだの廃棄の時」

「はあ? 989年ならまだ廃棄対象外だ。保存年限表見てただろ」

 いや、とトレックはこっちの棚の列にぶらぶらと歩いてくる。

「989年の広報の箱、なーんか見た気がするんだよな。あ、これいらねって廃棄の方にまわした気が……いや、でもどうかな。ちょっと自信ねえな。捨ててないかなやっぱ」

「トレック」

 思わず責めた口調になる。

「曖昧なこと言うなよ。探す気失せるだろ」

 悪い悪いとトレックは頭を掻くが、トレックならやりかねない。本当にやる気が削がれた。

「ごめんフラフニルさん。やっぱり諦めた方がいいかも。自分で資料作った方が早い気がしてきた」

「ですが」とソナもこちら側の棚にやってくる。

 

 その時、扉が外から軽くノックされた。


「──おや、君たちか」


 顔を覗かせたのは、バルトロさんだった。


「あれ、バルトロさん。夜勤……じゃないですよね」

「うん。ちょっと資料を探しに」と部屋に入ってくる。

「君たちは何探してるんだい? こんな時間に3人がかりでって、厄介なもの?」

 まあ厄介ですね、と正直に答える。

「なになに? 何なら手伝うよ。ソナさんにこんな埃っぽいところで残業させたくないし、それに」

 昼間のお詫びに、とバルトロさんが言うと、一瞬沈黙が流れた。

 咳払いをする。

「……いえ、数年前の資料を探してたんですけど、トレックが捨てたかもしれない疑惑が出て諦めようとしたとこです」

「あ、わかった」と突然トレックが手を打った。

「今度のイベントの参考にするんだろ? どっかよその事務所に聞いてみればいいじゃん。似たようなイベントやってたら資料貸してって」

 ソナも自分も冷たい目でトレックを見る。

 本当にこいつはこの件のことを何も知らない、というか、気にしてもいないらしい。

「それができないから探してるんだって」

「え、どうして? 他事務所と何かあったのかい?」

 バルトロさんが首を傾げる。

 とても聞きたそうな顔をしているので、仕方がなく掻い摘んで説明した。


 すると。

「なんだ。俺に任せてよ。北部の資料だね?」

 バルトロさんは自信ありげに胸を叩いた。

「え?」

「北部にね、昔よーく世話してやった後輩がいるんだ。俺の頼みなら聞いてくれると思う。明日こっそり連絡してみるから、少し待っててくれるかな」

 願ってもない話だった。

 期待し過ぎは良くないだろうが、この書類の海の中からあるかもわからない資料を探すより、よほど現実的だ。

「お願いします!」

 ソナも「ありがとうございます」と頭を下げた。

 いいよいいよ、と手を振り、バルトロさんは自分も資料探しに取り掛かる。


「でもバルトロさんが残業って珍しいですね」


 そんなふうに話を振ったのが良くなかったのかもしれない。


「昼間、あんまり仕事にならなかったからさ。終わらなくて」


 その笑顔はバルトロさんらしく爽やかだが、少し陰っても見えた。


「──そんな言い方ないんじゃないすか」

 トレックが刺々しく言い放つ。

「仕事にならなかったって。ルペルのせいみたいに」

 バルトロさんの表情が固まり、「待てよ」とトレックを止めようとするが振り払われた。

「俺が口出しすることじゃねえってのはわかるっすよ。でもあれは。あんなの、ルペルが……」

 バルトロさんはトレックを見て、ふっと微笑んだ。

「ルペルのこと気にしてくれてありがとう。トレックくん」

「……」

「実はセヴィンにもあの後きつく叱られた。でも……あの子にとっては、あれでいいんだ」

 管理係の棚に並んだ箱を眺めて言い切る。

「大きくなれば、わかってくれるさ」


 よいしょ、と軽く声を出し、バルトロさんが重たそうな箱を床に下ろす。


 トレックは渋い顔をして、しかしそれ以上は何も言わなかった。こう見えて意外と踏みとどまるやつだ。もちろん俺も、バルトロさんが決めたことに何も言う気はない。


「わからないですよ」


 否定したのはソナだった。

 思わず彼女の方を見る。


「親が何を考えていたかなんて。大きくなったって、大人になったって、子どもにはわかりません。少なくとも私は、そうです」

「……」

 バルトロさんは作業の手を止め、ソナに目を向けた。

 偉そうにすみません、とソナは少し言い淀むようにしたが、「ですが」と続ける。


「ちゃんと言わないと、お子さんには伝わらないと思います」

 

 それが単に表面的な言葉ではないことは伝わってくる。

 彼女の家庭にもまた、複雑な事情があるのはある程度は知っていた。


 「そうかな」

 

 バルトロさんの笑みは薄れていく。

 俯いて眼鏡を外すと、疲れたように眉間を揉み始める。


 やがて溜息混じりに、

「まあ、そうなんだろうね」

 と呟いた。

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