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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
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バルトロ・クルーガーの愛娘 3


 ウェグナー氏の後から降りてきたガタイのいい黒服の中年男性は護衛だろう。注意深く辺りを見ながら老紳士のすぐ後ろをついてくる。

 前回まで連れてきていた護衛はもう少し若かった気がするから、人が代わったらしい。



「あっ、どうも。ウェグナーさん」


 ウェグナー氏が遺跡管理事務所に足を向けたところで、努めてにこやかに挨拶に出た。

「今お孫さん、準備してますから。ご足労おかけしてしまうのでお車でお待ちいただければと思うのですが」

「またおまえか」と低く呟くウェグナー氏の目つきは冷め切っている。

「前もそう言って散々待たせられたからな。中まで迎えに行く」

 杖をつきながら横を通り過ぎようとする。その前を軽く塞ぐように立った。

「でしたら窓口も混んでますし、申し訳ありませんが、職員通用口の方から入ってもらえますか?」

「私を無駄に歩かせるのか」

 ウェグナー氏は杖を見せつける。

「それならやはり、お車の方でお待ちを──」

 鈍い音と衝撃、痛みに思わず手を引っ込める。

「カギモトさん!」

 車を指し示そうとしただけだが、その手を弾かれた。……魔法だ。

 護衛の男がこちらに右の掌を向けていた。

「“杖無し”が、シェボン家のお方に指図なさらないでください。そもそも、直接話しかけるなんてこともしないでいただきたいのですが」

「……」

 口調は丁寧だが、道端の石でも見るような目だ。

 油断した。いくらなんでもいきなり攻撃されるとは思わなかった。以前の護衛の人はもう少し紳士的だったが。

 痛む手を押さえたまま黙っているとその護衛は鼻で笑い、「行きましょう」とウェグナー氏を(いざな)う。ウェグナー氏は不機嫌そうな顔のまま護衛に何か言いかけたが、そのまま連れられて先へと行ってしまった。

 後を追おうとしたソナを「いいよ」と引き留める。

「今回は取りつく島もないって感じだね。無理やり足止めしたら余計に問題にされそうだし」

「……大丈夫ですか」

 ソナがうっすらと赤くなった俺の手の甲を見る。

「冷やした方が」

「いや、平気かなこれは、全然」

 ローブのポケットに手を突っ込む。


 別にソナ・フラフニルの前で痩せ我慢をしているわけではない。よくあることだ。どの程度なら手当が必要か、大体わかる。 

「でも」とソナが食い下がろうとした時。


「ちょっと、ダサくないですかぁ?」


 後ろからの声に振り返る。

 箒を手に降り立ったばかり、といった様子のメッツェンとオズワルドがいた。2人とも大きな鞄を肩に掛けていて、藍色のローブは薄汚れている。

「見てましたよ。その手、痛そうですねえ」

 メッツェンは大袈裟に案ずるような表情で指さしてきた。その口調は実に楽しそうである。


 アレス遺跡関連の諸々以降少し大人しくなっていたメッツェンだが、すっかり調子を取り戻したらしい。


「まあ普通に痛いけど」と手をぶらぶら振ってみせる。

「2人とも遺跡帰り? おつかれ。なんかいい遺物は見つかったかな」

「え?」とメッツェンが怪訝な顔をする。

「今度の休日イベントで展示できるような遺物、探してくれてるんだろ? あと、当日も若手中心みたいだから、たぶん参加をお願いすることになると思う。よろしく」

「またそうやって対等ぶって」

 嘲るように口元を歪めた。

「申し訳ないんですけどぉ、あなた、相手にされないのなんてわかりきってますよね? なのに平然と人に話しかけたりできるとか、そのメンタルむしろ尊敬しちゃいますよ。ほんと、痛い目見て当然──」

「やめてくださいメッツェンさん」

 ソナが怖い顔をしている。

「いいから」と軽く諌めると、ソナの咎めるような視線はこちらにも向けられた。


 ソナは新人だ。他の係の職員ともうまくやってほしいとは思うが……メッツェンとはやはり相容れないみたいだ。

 メッツェンはふっと笑って横を通り過ぎていく。


「後輩さんに守ってもらっちゃって、情けないですねえ。ね、オズワルドさん?」

「えっ? お、おう……」

 いつもなら全力で肯定するはずのオズワルドだが、いまいち勢いがない。ソナの方を気にしているらしい。

 しかしメッツェンは言いたいことを言って満足したのか、オズワルドを連れて颯爽と事務所に帰って行った。


「……俺たちも行こ?」

 メッツェン達の後ろ姿を目で追っていたソナは、「はい」と小さく頷いた。

「あの、怒ってくれてありがとね。それと、手は本当に大丈夫だから」

「……わかりました」

 ソナはふいと前を向き、事務所へと歩いて行った。

 


§



 予想はしていたが、執務室はひどい状況だった。


「さっさと来なさい、ルペル」

「いや!」

「ルペル。良い子だから今日のところはおじいちゃんの家に」

「いやだってば! パパのバカ!」


 仁王立ちするウェグナー氏。ルペルはバルトロさんにしがみついて離れず、バルトロさんは何とかその場をなだめようとしている。

 事務所に来た探索士達も見物の体で、もはや総務係は通常業務どころではない。ナナキとシンゼルさんが一生懸命に窓口をこなしていた。


 ウェグナー氏が杖をきつく握りしめる。

「これで何度目だ。ルペル、いい加減にしないと……」

「まーまーじいさん、怒らない怒らない」

 いつもの軽い調子でトレックが話しかけに行く。

「俺のじっちゃん、ぶち切れすぎて倒れたことあるんで気をつけた方がいいっすよ」

 

「失礼な職員ですね」

 ウェグナー氏の護衛が眉をひそめて一歩近づくが、トレックは臆することなく肩をすくめるだけだ。

「やめろ、イアン」とウェグナー氏が面倒そうに諌める。

「ほらルペル早くしないか。さもないと、記念日の面会は無しにするがいいのか」

「え……」

「ルペル、頼むよ」

 バルトロさんはしゃがみ、ルペルと視線の高さを合わせる。

「やだ! おじいちゃんずるいよ。なんでパパもおじいちゃんの味方するの!」

 ルペルはまたわあわあと泣き出した。

 悲痛な雰囲気だ。職員も来庁者も、何とも言えない顔を互いに見合わせている。


 その時、


「──いい加減にするんだルペル!」

 

 バルトロさんの一喝にルペルがびくりと震え、フロアがしんと静まり返った。

 そんなバルトロさんの声を聞いたのは初めてだった。

 

「……ここは仕事をするところだ。そんなに騒いで、みんなの迷惑になるじゃないか。ルペルは」

 バルトロさんは、固まったルペルの薄い両肩を掴む。

「ルペルは、ママに似て賢いんだ。それくらいわかるだろう?」

 涙をいっぱい溜めた目で唇を噛み締め、ルペルは小さく首を横に振った。バルトロさんは静かに続ける。

「さあ、おじいちゃんと帰るんだよ」

「パパは……あたしといたくないの……?」

「ルペルのことはもちろん愛しているよ。でも前にもよく話したよね。パパも仕事が忙しいんだ。泊まりだってあるし、家にいられないことが多いって」

「ひとりでお留守番できるもん……」

 バルトロさんは黙り、その手でルペルの頭をそっと撫でる。

「おじいちゃんのところにいる方が、ルペルのためなんだよ」

 そして話は終わったとでもいうように立ち上がる。

 ルペルは何も言わず、足元をじっと見つめていた。

「行くぞ」とウェグナーさんがその腕を引く。

 今度は抵抗することなく連れて行かれる。

「そりゃないだろ、バルトロさ……」

 バルトロさんに詰め寄ろうとするトレックのローブのフードを、セヴィンさんが捕まえて引き戻した。そのセヴィンさんの顔は、見たことがないくらいに厳しかった。


 ウェグナーさんと護衛に挟まれるようにして、ルペルは事務所の外へ。


 バルトロさんは無理に笑っているような顔で、ルペルに向けて、小さく手を振っていた。

 その指には今でも、銀の結婚指輪が嵌められている。

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