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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
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バルトロ・クルーガーの愛娘 2

 バルトロさんとルペルにはひとまず同じ一階にある来客室に行ってもらったのだが──



「やだ! 帰らない! パパといる! パパの家に帰る!」


 そんなルペルの声が執務スペースまで聞こえている。同じフロアとはいえ少し離れた扉で仕切られてるのに、すごい声量だ。しまいには激しい泣き声まで響いてくる始末である。

 事務所を訪れた探索士達も困惑気味に辺りを見回しており、ゴシュ係長も「上の会議室の方が良かったかなあ」と心配顔だ。


「何か……ご事情があるんでしょうか」

 ソナも僅かに眉をひそめ、来客室の方を見ている。

「うーん、バルトロさんちの話だからね」


 事情はあるし、そこそこ知っている。しかし他人の事情を他人に伝える資格はないと思っている。


「あいつ、バルトロさんとじゃなくて、じいちゃんばあちゃんとこに住んでんだよ。バルトロさん、奥さん亡くなっちゃって、そっちに引き取られたんだよな」

 こちらの配慮を無下にするかたちで、席の近くにやってきたトレックがあっさりと明かす。

「そうなんですか」とソナはさらに難しい顔になった。

「でもルペルはパパ大好きだから、たまにこんな感じで職場に乗り込んでくる。その度に大騒ぎだ。な、カギモト」

「ああ、まあ」

 デリカシーのない同僚を軽く睨みながら曖昧に頷いた。


 トレックが語ったほどに単純な話ではないだろうが。


 電話が鳴る。

 素早く手を伸ばして取った。

「はい、西部──」

 言いかけたところで〈おい〉と電話口から低く厳しい声がした。


 そろそろ来るだろうとは思っていた。


〈そっちにルペルがいるだろう。すぐに迎えに行くから、バルトロに渡してはならんぞ〉


 何を言う間もなく一方的に切られてしまった。

 そのままゆっくりと受話器を置くと、怪訝そうなソナと目が合う。


「ウェグナーさんか?」

 ティーバが何となく嫌そうに確認するので首肯して、「ルペルちゃんのおじいさんだよ」とソナに教えた。

 彼女は沈黙する電話を見つめている。

「……バルトロさんの義理のお父様の方、ということですよね」

 そうだよ、と返すとソナは黙った。


 そういえばいつの間にか、ルペルの泣き声は止んでいる。


 そして……バルトロさんが一人で戻ってきた。


 大人でいつも余裕ありげなバルトロさんの姿は今はない。髪も服も乱れ、洒落た銀縁眼鏡は傾き、顔は憔悴、とまではいかなくともかなりの疲労が滲んでいる。


「お騒がせして申し訳ありません」

 バルトロさんはゴシュ係長に深々と頭を下げた。

「い、いや、大丈夫だけど。むしろそっちは大丈夫?」

「はあ、まあ。嫌われてしまいましたが」

 バルトロさんは眼鏡を掛け直して笑ってみせたが、こちらは笑えない。

「で、娘さんは? 静かになったみたいだけど」

「大泣きするのに疲れてめそめそ泣いてます」と苦笑いだ。

「よっし、俺が構ってやるか」

 トレックが腕まくりをする。

「いつも悪いね。そうしてくれると助かる。あの子、トレックくんが大好きだから」

「うっす」

 バルトロさんの同意にトレックが意気揚々と来客室に向かう。たぶん本当にルペルのためなのだろうが、仕事をさぼる良い口実ができたとも思ってそうだ。

 だが、バルトロさんも任せたとおり、異様に子供受けのいいトレックが適任だろう。前回前々回もこうしてルペルの相手をして懐かれたのだ。係長も何も言うつもりはないようで、その背を見送っていた。


「ウェグナーさんがすぐに迎えに来るようですよ」

 ティーバが淡白に伝えるとバルトロさんは

「だろうね」とやはりどこか影を含んで微笑んだ。

「あの子が逃げないように見張ってないとだな」


 いたたまれない気持ちにはなる。


 けれども自分に何ができるわけでもない。


「あの、総務係の皆さん」

 バルトロさんは申し訳なさそうにフロアを見渡す。

「いつも私情でご面倒おかけしてすみません。娘とも義父ともよく話し合って、今後同じことはないようにしますから」


「おいバルトロ」

 静かだがぴりつくような口調で声を上げたのはセヴィンさんだった。立ち上がり、険しい視線を向けている。

「前の時も同じことを言っていた。少しも変わってないようだが」

 手厳しいなあ、とバルトロさんは笑った。

「子どもも成長して色々わかるようになるんだと思う。なかなか、大人の思うようにはいかないみたいだね」

「自分の子どもだろう。他人事のように言うな」

 セヴィンさんの口振りはさらに厳しくなる。しかしバルトロさんは苦笑いのままでシャツの皺を伸ばそうとしながら、

「まあ、根気よく向き合うよ」

「だからおまえ」

「まあまあセヴィンくん」と係長が汗を拭きながら間に入る。


 そっちのやり取りも気にはなるが、そろそろウェグナーさんが来るかもしれない。飛行魔導車をすっ飛ばしてくるはずだ。


「係長、俺外見てきます」

 この事務所の中で揉められるのも困るので、できれば外で足止めしたい。

「あ、悪いねカギモトくん」

「私も行きます」とソナが濃灰のローブを羽織り直してついてきた。


 休日イベントの件は、ひとまず棚上げになりそうだ。



§



「複雑、なんですね」

 ロビーを横切りながらソナがぽつりと言う。

「だね」

 短く同意して正面入口から外に出ると、曇り空の下、開かれた門の前にちょうど、黒塗りの飛行魔導車が降りてきて停車したところだった。

 傍目から見てもわかる高級車だ。近くにいた人たちもまじまじと車を見ている。

 運転手が降りてきて後部座席のドアを開けた。


 片手で杖をついた、スーツ姿の年配の男性が降りてくる。痩せてはいるが、白髪をオールバックにした(いかめ)しい顔つきは気難しさを感じさせる。


 ルペルの祖父、ウェグナー・シェボン氏で間違いない。


 カノダリア国四大家門の一つ、西のゼダ。


 シェボン家はゼダ家の傍系にあたるらしいが、傍系といっても、こちらも文句のつけようもないほどに名門の家なのである。

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