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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 バルトロ・クルーガーの愛娘
189/196

バルトロ・クルーガーの愛娘 1

また番外編です。

時系列的には、北部遺跡管理事務所出張編の少し後くらいのはずです。

 


 深夜近くの西部遺跡管理事務所、総務係の執務室。見慣れた場所でも、少し気味が悪いほどにひっそりとしていた。


 もちろん残っているのは自分だけである。だが仕事のためではない。だから、退勤処理は既に済ませていた。


 今週分の「西部遺跡管理事務所 業務日誌」の白紙のページを見つめている。

 

 今週あったことを思い返し……日誌と言うからには本当は毎日書くのだが、そう毎日余裕があるわけでもない。

 1週間分まとめて書き、1ヶ月分溜まったら所長に見せに行く。と、まあ、そんなサイクルでやっている。

 この行為に何の意味があるのかは本当にわからないが、今は一文字も書けずに手が止まっていた。

 よくあることだ。書くことがないわけではない。

 むしろ色々あって……起きたことをどうしたためるべきか、考えあぐねていたのだ。

 一度日誌を閉じると、しんとしたフロアにその音だけが響いた。

 紫色の表紙に、自分が日本語で書いた『西部遺跡管理事務所 業務日誌』の文字がある。それを指でなぞった。だからなんだというわけでもないが。

 書かなければならない。それが所長との契約だからだ。

 閉じた日誌を前に腕を組むと、肩に小さな痛みが走る。

 溜息をつく。もう一度今週頭に遡り、記憶を辿った。




§





「うーん、どうしたもんかな」


 端末画面を前に腕を組む。思わず独り言が漏れた。

「どうしたんですか、カギモトさん」と隣のソナ・フラフニルがいつものように尋ねてくれる。

「あ、聞いてくれる?」

 どうぞ、とソナは手を止めた。

 

 西部遺跡管理事務所、総務係。


 いつものいたって平凡な平日の午後である。

 窓口は朝から比較的混んでいて、当番のナナキは忙しそうだ。アレス遺跡の開放の影響だろうが、場合によっては手伝った方がいいかもしれない。

 そんなことを考え半身は窓口を気にしつつも、ソナの方にも少し体を向ける。


「あれだよ、来月頭の休日イベント」

「ああ……」

 ソナは察した顔で頷いた。

「探索士連盟主催のものですよね」

「そうそれ。西部地区でも数年ぶりに開催されるんだけど」と、考える時の癖で首の後ろを掻く。


 その探索士連盟主催の一般人向け広報イベントだが、遺跡や探索士への関心を高めるためのものだ。要は、探索士志望者を増やしたいという国の思惑が背景にあるらしい。

 西部地区中心部の広場の一角を借り、遺跡の知識をわかりやすく伝える資料コーナーや、探索士の実技披露、遺物展示などをやるらしい、と聞いている。その裏方として遺跡管理事務所も参加することになっていた。


 誰も積極的にはやりたがらないそんなイベントの担当をいつものように自分が引き受け、普通にこなそうと思っていたわけだが──


「なかったんだよ。うちの過去の開催時の事務資料が何も。結構探したんだけどね」

「え」とソナが目を丸くした。

「捨てられてしまったんでしょうか」

「かな。困るよねえ。いちから作るのは大変だし」


 必要な人員や物資、前日までの準備、当日の動き──決めなければならないことはいくらでもある。

 仕事というのは基本的に前例踏襲だ。過去資料がなければ事務作業量は数倍に跳ね上がってしまう。

 

「で、問題はさ、最近同じようなイベントをやったのが北部遺跡管理事務所だけってこと」

「……うちになければ北部から資料を借りたいけれど、それは難しい、ということですか」

 ソナがあとを受けた。そのとおりである。


 先日の北部遺跡管理事務所への出張が原因だ。

 所長の画策により、北部で発見された特殊遺物を西部が奪い取るような形になったせいで、結果的に北部とは今、絶縁状態にある。本部からの通知に基づくような公的な業務以外の協力は得られない。

 今回ももちろん頼んではみたが、まさに門前払いだった。

 さて、どうしたものか。


「──あっ、ま、待ってください!」


 窓口からのナナキの声にはっとする。彼女がこんな大声を出すのは珍しい。

 見ると何かが窓口のカウンターを軽く飛び越え執務スペースに侵入してきた。

 机の島の間を素早く駆け抜けるそれは……


「トレックー!」

「うおっ!?」

 椅子にかけていたトレックに横から飛びついた。

 

 少女。 

 自分の感覚で言うなら、小学校低学年くらいに見える。

 明るい茶髪を2つのお団子にして、下校途中なのか、チェック柄のワンピースのような制服に、学校鞄を肩にかけていた。


「おお、ルペル」

 トレックは笑顔でその少女を抱えて立ち上がり、ルペルと呼ばれた少女も嬉しそうにトレックの首に抱きついている。

「ルペルちゃん。あなたまた……」

 ナナキが窓口から困り顔で駆けてきた。

「別にいいでしょ!」とルペルはつんとナナキから顔を背け、

「パパに会いに来ただけだもん!」

「えっ、パパ?」

 ソナの視線は明らかにトレックに向けられていた。面白いので少し様子を見ようかとも思ったが、トレックのためにやめておこうと思い直す。

「フラフニルさん。もちろんトレックのことじゃないからね」

 あの子は、と目を見開いたままのソナに教えようとすると、

「今管理係に連絡したよ、バルトロさん、すぐ降りて来るって」

 ティーバが受話器を置いてこちらを向いた。

「バルトロさん……」

 ソナが呟く。

「そ。あの子はバルトロさんの一人娘の、ルペルちゃんだよ」

 ルペルはトレックに肩車をされてはしゃいでいる。

「あらぁルペルちゃん今日も可愛いわね。お菓子食べる?」とシンゼルさんも菓子の袋を持って行き、そんなルペル達の様子をナナキが何とも微妙な表情を浮かべて見ていた。


 今は仕事中だからね、とゴシュ係長が控えめにたしなめているところで、勢いよく扉を開けてバルトロさんが現れた。


「──ルペル!」


 息せき切った様子でトレックに肩車されているルペルに駆け寄った。

「パパ!」

 よそ様の娘さんに対する表現としてはアレだが、ルペルはまるで猿のようにトレックからバルトロさんへと飛び移る。さっきの窓口カウンターを飛び越えたことといい、彼女は運動神経がかなり良さそうだ。

 バルトロさんも大事そうにルペルを受け止めたが「また」と複雑そうに呟くのが聞こえた。

「帰りの車から勝手に抜け出してきたのか? だめじゃないか、ルペル」

「だって、パパに会いたかったんだもん!」

 まっすぐなその言葉にバルトロさんはやはり何とも言えない表情を浮かべた。そしてルペルを優しく抱き締め、「重たくなったな」と頭を撫でる。


 そんな父娘の抱擁の光景をソナは微笑ましそうに見つめていたが、恐らくソナ以外の総務係は俺含め、バルトロさんと同じような顔をしていたのだと思う。


 新人のソナは知らないだろうが、バルトロさんは奥さんと死別している。

 

 そして訳あって、一人娘のルペルとは、一緒に暮らしてはいない。

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