9 ロドラン夫妻
道中、「気を遣わなくていい」と言い張るティーバを押し切って、ロドラン宅への手土産のお菓子を買った。もちろんトレックと割り勘にした。
西部地区にそれなりの規模の畑を有するロドラン家。
農作業小屋などもいくつか建つ広い敷地の中、石造りの渋い二階建て住宅である。
玄関扉を開けたティーバの伯父夫妻、ヨルド・ロドランさんとシェラ・ロドランさんは、笑顔で歓迎してくれた。
「おお、久しぶり、カギモトくん」
「お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。あ、これつまらないものですが」
手土産を渡す俺の横で、トレックが「どうもー」と軽い挨拶をする。
「ティーバと同じ係のトレック・バウハーです。急にお邪魔しちゃってすんません」
「君がトレックくんかい」とヨルドさんは面白そうにトレックを見た。
「カギモトくんのこともだけどね、君のこともティーバから話はよく聞いてるよ」
「えっ、ティーバ、家で俺の話してくれてんの? もちろん良い話だろ? それしかないよなあ」
「伯父さん……」
ティーバは渋面になるが、ヨルドさんは快活に笑っていた。
ヨルドさんはティーバの実母のお兄さんだというが、ティーバと似ているところは金髪であるところ以外特にない。俺より背が低く、どちらかといえば肥満体型で、農作業のせいなのかかなり色黒だ。陽気で社交的で、ティーバとは根本的に違う感じである。
奥さんのシェラさんは、ヨルドさんよりもさらに小柄で細いけれど、元気な人だ。
「ほらほら、玄関で立ち話なんてしてないで、中へいらっしゃい」
そのシェラさんもくすくすと笑いながらリビングへと招き入れてくれる。
温かく柔らかな、夕飯の匂いがふわりと漂ってきた。
暖炉が目立つリビング。
ロドラン夫妻は旅行が好きらしく、部屋のいたるところに土産らしき奇妙な置物やら壁飾りやらが配置されている。以前来た時とそう変わりない。
「少し遅くなってすみませんでした」
手を洗って戻ってきたティーバがヨルドさんに謝罪する。家だから眼鏡を外し、前髪を分け、素顔を晒している。
「いいんだいいんだ。むしろそのおかげでシェラも料理に専念できたからね」
テーブルに皿を並べるシェラさんが「作りすぎちゃった」と微笑んだ。
「すげえうまそうっすね。一人暮らしの俺にはまじありがたいっす」
席についたトレックはシャツのボタンを緩めて料理を見回す。俺もループタイを外し、同じく首元を楽にした。
「トレックくんはお酒は飲める口かい?」
ヨルドさんが青い液体の入った酒のボトルを見せる。
「飲めます! 大好きっす!」
「伯父さん、トレックにあまり飲ませたらだめですから」
ティーバが言っているそばからヨルドさんはトレックの前のグラスになみなみと注いでいる。
「カギモトくんは、飲まないんだよね?」
「あ、はい」
「おい、ここ店じゃねえよ? こういう時くらい羽目外そうぜカギモト」
「おまえは他人の家で外す気か」
トレックがヨルドさんから受け取ったボトルの酒を注ごうとしてくるので、手でグラスに蓋をする。
「カイリ、水」
「ありがと」
気が利くティーバが自分と俺の分の水のグラスを渡してくれて、全員が席についた。
「ティーバの友人が来てくれて私達も嬉しいよ。さあ、食べよう」
言うやいなやヨルドさんは豪快にグラスを煽った。
トレックもそれに続く。羽目を外さないか、本当に心配だ。
シェラさんは「お口に合うかしら」とどんどん料理を取り分けてくれる。
恐らくロドラン家の畑で採れた野菜のサラダやスープ。焼いた肉。フランスパンのような固めのパン。チーズやらハムやらの盛り合わせ。典型的なこの世界の家庭料理だ。
どれも自分好みの薄味で、文句なくおいしい。
しかし最近の適当な食生活のせいだろうか。
もともと量を食べる方ではないが、以前よりも胃が小さくなっているようだ。あまり入らない気がする。
とはいえせっかく腕を振るってくれたのだ。残すのは失礼だしもったいない。
自分の満腹感を誤魔化しながら、少しずつ料理を口に運ぶ。本当に、美味しくはある。
向かいではヨルドさんが既に頬を赤らめ、「いや、君達はまったく偉い」と愉快そうに酒を飲む。
「私はね、9時5時みたいに、毎日決まった時間に仕事を始めて決まった時間に終わるって、そういう働き方が本当に無理でね、畑仕事を選んだわけだが」
「いや、俺も実際無理っすけどね」
さらに顔を真っ赤にしたトレックが相槌を打った。
「無理でどうするんだ」と横でティーバが呟いて、小さく切った肉を食べている。
「でも農作業も朝早かったりしますよね、天候とかに左右されたり、大変だと思いますが」
俺の言葉にヨルドさんもシェラさんも言われ慣れているというような笑みを浮かべた。
「まあ、そういう大変さには耐えられるんだよね。仕事ってやっぱり向き不向きがあるんだろうさ」
会話は仕事の話が中心で、あとはロドラン夫妻の旅行話も盛り上がった。
ティーバ自身伯父であるロドラン家に養子に入っているという境遇であり、俺は“海向こうの世界”から来た人間だ。
ヨルドさん達もそのあたりも踏まえているようで、家族の話などのプライベートな話題にはならなかった。ありがたいことだ。
トレックは一体何杯酒を飲んだのか。デザートが出てくる前にふらふらとソファに移動して寝始めてしまった。
「トレックさん起きないわね。今日はこのまま3人でリビングで寝たら? 布団持ってくるわよ」
デザートも終え、テーブルの上の空いた皿を片付けながらシェラさんが提案する。
「ここで雑魚寝なんて。子どもじゃないんですから」とティーバが反論した。
「いや確かに。友人3人、その方が楽しそうじゃないか? 遠慮するな。お菓子もたくさんあるぞ」
「だから子どもじゃないですって。部屋だって余ってるし、せっかく掃除したんですよ」
ロドラン夫妻に対するティーバの口調は丁寧だが、彼らのやりとりが俺には、本当の親子らしくも見えた。
自然な家の空気だ。ささくれ立つような気分とほっとする気分が入り混じる。いや、居心地はいい。
それにしても、食べ過ぎた。デザートのケーキまでしっかりといただいてしまった。正直に言うと、今、気持ち悪い。
後で薬を飲んでおこうと、食後のコーヒーを飲みながら胃をさする。
そしてシェラさんの皿の片付けを手伝っていると、
「まあ寝床のことは置いておいて、まずは風呂をどうぞ。沸かしてあるからね。どうだいカギモトくん、先に」
「えっ、一番風呂いいんですか」
ヨルドさんに促され、反射的に答えてしまう。風呂は好きだ。この世界は基本シャワーだから、広い風呂に入れる機会は少ない。
「もちろん。ゆっくりしてちょうだい。使い方、カギモトさんはわかるわよね? タオルの場所とか」
「覚えてます。ありがとうございます」
皿の片付けをティーバに引き渡し、持ってきた着替えをリュックから出して、ロドラン宅の脱衣場へと向かった。




