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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第五章 平等派『アーテヌ』
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7 最終確認


 2階に行くと案の定、エンデ一人が端末に向かって座っていた。

 他の席の明かりは消されていて、エンデのいるところだけがぽつんと上から照らされている。


「あっ、カギモトさん」

 こちらに気がつくとエンデは眺めていた書類を置いて嬉しそうに立ち上がった。

「……備品庫、どう?」

 エンデの席の前まで行き、尋ねる。

「ああ、早速ありがとうございました。棚も良い感じですよ。トレックさんって意外と万能なんですね」

「なら良かった。業者に頼む残りの物品も、来週中には来るように手配するから」

 エンデは「はい」と元気よく頷いた。

「急な夜勤で大変だな、エンデ」

 俺は話を続ける。

「あー、そうなんですよ。メッツェンさん当番なのに、体調悪いって帰っちゃったからほんと急で」

「適宜休憩は取って」

「心配してくれるんですか?」とエンデは喜色満面だ。

「大丈夫ですよぉ、僕睡眠時間短めで全然平気なんで。ま、規則なんでいちおう明日は休みますが」

 そっか、と俺が頷くと、沈黙に包まれた。


 エンデは、一転して探るような視線を向けてくる。


「──で、そんな話をするために来たわけじゃないんですよね?」

 俺の手は、自然と胸ポケットのペン型の護身道具に触れていた。

「今週末の件、行くつもりだよ」

 それを聞いて口端を吊り上げるエンデに「でも」と続ける。

「……本当に用意できるのか」

「何がです?」

「とぼけるなよ」

 間髪入れずに返してしまう。にこにことしているエンデを見て少し後悔した。

 力の入っていた拳を緩める。

「確証が……欲しくて。本当に、こっちの世界に持ってこられるのか」

「実はもう手に入れてるんですよね」

 思わぬ言葉に喉の奥から「え」という声が漏れた。

「現地の仲間が、ですけど。“海向こうの世界”からこっちに持ってくるのはやっぱり少し時間がかかるんで、まあ、こっちも来週中くらいですかね」

 手帳を取り出して中を見ながら、エンデはあっさりと言った。

「……本当に?」

 疑念を絞り出す。

「どうやって。誰から」

「詳細は企業秘密です」とエンデは両手を交差して小さくばつの形を作る。癪に障る仕草だ。

「俺が、集会に行くかもわからないのに、なんでそんなこと」

「カギモトさんなら来るって信じてますから」

「……」

「でもカギモトさんは僕のこと信じてないんですね。元の世界から持ってこられるわけないって思ってるんですよね?」

 黙っていた。

「ああ、僕、どんな写真なのか話では聞いてるんですよ。えっと、カギモトさんって学生時代……おでこに怪我してました? 大きな絆創膏をつけてる時の写真だそうですよ」

 エンデが自分の額を指さしてみせた。


 高校生の時、通学中に自転車で転んで額を派手に切った。

 そんな話は、この世界の誰も知らないはずだ。


「それと、その写真、ご実家で撮ったのものみたいですね」とエンデはまるで今、その手に写真を持っているかのように、事もなげに明かしていく。

「低い机に布団がついた……ええと、“コタツ”って言うんですか? ご実家のリビングにそれがありますよね。赤いチェックの布団の。あとは、お父様は眼鏡の優しそうな方で、カギモトさんのその癖っ毛はお母様譲りなんですね。お顔もお母様によく似ていらっしゃると」

「もういい」

 遮っていた。

「わかったよ、もういい。信じるから」

 土足で踏み込まれるような不愉快さだ。

 エンデは「よかったです」と満足そうにしている。

 息を吐いた。

「……それで、集会ってどれくらい時間がかかるものなんだ? その後に予定が入ってるから」 

「へえ、カギモトさんが休日に予定」

 エンデはわざとらしく目を丸くした。いちいち腹を立てていたらきりがないので反応はしないでおく。

「別にそんな大したものじゃないですよ。カギモトさんにはちょっと自己紹介してもらって、軽く世間話するくらいですよ、たぶん。小一時間もあれば終わるんじゃないですか」

 それならアヤセとの待ち合わせにも間に合うだろう。

「あの、不安そうな顔してますけど、全然危険じゃないですからね? 参加される方は皆さん知識人で常識的な方ばかりですし、きっと良い出会いもありますよ」

 エンデの説明はもっともらしく聞こえて、だからこそ胡散臭く感じてしまう。

「ちなみにだけど、あのフー所長は」


 フー・ミンチェン。北部遺跡管理事務所の所長で『アーテヌ』の人間。できればもう会いたくない。


 いえ、とエンデは首を横に振った。

「たまに西部の集会に顔を出すこともありますけど、フーさんは北部での活動が主ですからね。今回は来ません」

「……あ、そう」

 ほっとしながら後ろを振り返る。あまり長く席を外すとティーバが気にするだろう。

「とにかく、俺が顔さえ出せばいいんだろ」

 これは最終確認だ。

 しかし、エンデは黙って口元に笑みを浮かべているだけだ。

「エンデ」と声に苛立ちが滲んでしまう。

 エンデは背筋を伸ばし、小首を傾げ、自分自身を指さす。

「カギモトさんって、僕が一体何なのか、気にならないんですか?」

「え?」

「僕みたいな若造が『アーテヌ』の中でどんな立場にいるのか、なんで僕がこの西部遺跡管理事務所に勤めているのか。訊かないですよね何も。僕、別に隠してるわけじゃないんですよ。知りたくないんですか?」

 まったく気にならないと言えば嘘だ。でも。


「どうでもいいから」  


 余計なことを知りたくない。考える余裕もない。自分を取り巻くあれこれを理解したところで、俺には逃げることもできない、身を守る術もないことの方がほとんどだ。

 どうせそうなら、別に知らなくていい。


 俺の返事にエンデは「あは」と笑った。

「いえ、すみません。カギモトさんらしいお答えな気もします。少し寂しいですけど」

「……」

「ええと、例のものをお渡しする条件ですよね。カギモトさんが今週末の集会にいらっしゃる。それだけでいいです。約束します」

 エンデが言い終えると同時に、管理係の電話が鳴り出した。

 遺跡で何かあったのかもしれない。

「あーあ、ついてないな」とぼやきながらエンデは受話器を取る。


 ──用は済んだ。


 てきぱきと対応するエンデを横目に2階の執務室を後にした。



 窓も無いのに夜の階段はいっそうしんとして暗く、自分の足音だけが響く。

 エンデの言葉が頭の中で繰り返されていた。


 額の怪我。実家のリビング。父と母。


 うちの家族は写真を撮るのが好きでよく撮っていたから、聞いた情報だけでそれがいつの場面なのかは特定できない。少なくとも、高校時代に、家族と家で撮った写真のどれかなのだろう。

 『アーテヌ』は本当に手に入れている。

 

 所長の研究よりも近くて、確実で、手を伸ばせば届く。

 俺が集会に行くだけで、来週には。


 ──そういうことだ。


 頭の芯が痺れるような。

 どこか浮ついた足取りで階段を下っていた。

 


 1階に戻るとティーバが自分の机をきれいに拭いている。

「カイリ。どこ行ってたんだ」

「別に、ちょっとね。帰るんだティーバ」

「あ、うん。発注の準備は済んだから」

「じゃあ俺も帰るか」と机の片付けに取りかかり始めた。端末の電源を落とし、書類を整えて引き出しにしまい込む。

「……カイリ」

「ん?」

 ティーバは鞄を肩に掛け、不思議そうにこちらを見ていた。 

「何か、あった? 笑ってる」

「え、そう?」

 自分の顔に触れるが、よくわからない。

「あー、あれかな。残業ハイ」

 適当に返すとティーバは「何それ」と呆れたように首を傾げた。

「……あ、そういえばさっき叔父さんから返事が来た。明後日泊まるの、大丈夫だから」

「お、ありがと!」

 ほんと助かるよ、と明るくティーバの肩を叩く。

「う、うん……?」

「じゃ、今日もおつかれ。明日も頑張ろう」

 まだ少し怪訝そうなティーバを執務室の外に見送る。


 すべての灯りをリズムよく消し、きちんと戸締まりをして、地下の自室に帰った。

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