6 ソナ・フラフニルの気遣い
西部地区では比較的活気のある商店街に来た。
いくつか店をはしごする必要はあるが、今回買うものはこの商店街で事足りる。
「手分けして買い物する?」
時間ももったいないので買い物リストを手に提案してみたが、ティーバに「だめだ」と即座に却下された。
「カイリにひとり行動はさせられない」
「この辺なら前に何度か来てるし、さすがに俺でも迷わないって」
「迷子の心配じゃなくて」とティーバは言葉を濁す。
「……僕も事件のニュースは知ってる」
いやいや、と俺は笑った。
「こんな白昼堂々人目もあるのに、何も危なくないと思うけど」
通りはまだ明るい。辺りにいるのは店の人と、普通に買い物しているような人ばかりである。
「だめだ」とティーバはもう一度言った。
こういう時のティーバはどうしようもないほど頑なだ。説得する方が時間の無駄だろう。それに、週末泊めてもらう引け目みたいなものも俺の中にあったのかもしれない。
「……わかったよ。じゃあ、薬品関係から行こう」
「うん」
と、まあ、親に連れ歩かされる子どもの気分でティーバの後を付いて買い物を済ませ、大荷物を抱えて無事に遺跡管理事務所まで戻ってきたらすっかり夕方だった。
「お疲れさまです」
席ではナナキが労るような顔で迎えてくれる。
「すごい荷物ですね、大変だったんじゃないですか」
「まあ、ティーバの運搬魔法があるから」
嵩張っているだけで運ぶのに重くはなかった。荷物の箱やら袋やらをとりあえず床に積んでおく。
ふと見れば、やりかけのまま自分の机に放置していた領収書関係の書類がきちんと整理されていた。しかも、処理が済んでいる。
「あれ、この精算……」
「あ、私が」
隣の席でソナが控えめに答える。
「カギモトさん、忙しそうだと思ったので。それくらいなら、私でもできますから」
「ソナさん気が利きますよね」となぜだかナナキが嬉しそうだ。
そんなソナと目が合う。
「ありがとうね」
と礼を言ったそばから、「仕事を取るとカイリは嫌みたいだよ」と荷物を整理しながらティーバが口を出した。
「仕事を取る?」
きょとんとした顔をソナに向けられ、俺はティーバを軽く睨む。
「あれ冗談だって言ったろ。余計なこと言うなよティーバ」
ティーバは肩をすくめるだけだ。 俺が備品庫で言ったことへの意趣返しだろうか。
「……カギモトさんは、そんなふうに思うんですか?」
「いや全然思わない。手伝ってくれてほんと助かったから」
いまいち納得のいっていないような、不安そうな表情のソナである。
「──お、買ってきてくれたか」
明るい声で荷物を覗き込みに来たのはトレックだ。
「おお、これこれ。んじゃ、ちゃちゃっと直してくるわ」
工具と材料を抱えてトレックが執務室を出て行く。
その足取りはとても軽い。書類仕事よりよっぽど好きなのだろう。
気づけばソナも自分の仕事に戻っていた。
トレックのおかげで変な空気が紛れたようだ。
……さて、俺もティーバと一緒に荷物を仕分けよう。
§
終業時間後。
俺は、ティーバと残業である。今日買ったものは管理係に引き渡し済みだが、残りの、業者に手配する分の事務的な準備のためだ。
「カギモトさん、今月もそろそろ残業時間の上限越えちゃいますからね」
帰り支度を済ませたナナキに咎められた。毎度のやりとりなので、ナナキには笑みだけ返しておく。
係長も「なるべく早く切り上げるんだよ」と気を揉むように告げて、執務室を去っていく。
セヴィンさんも、棚を直し終えたトレックも帰っていくが、ソナ・フラフニルはまだ隣の席にいた。いつもわりと早く帰る彼女だが、細々とした書類仕事をしているようだ。
ティーバがここまで残っていることもそうだが、ソナもいるのは想定外だった。
焦れたような気分で腕時計を確認する。
「フラフニルさん仕事溜まってるの? 何か手伝おうか?」
つい申し出るとソナは驚いたように目を見開いた。
「カイリ。自分も残業してるくせに何言ってるんだ」
「……確かに」
ティーバの正論に返す言葉もない。
「でも何かわからないこととかあったら言ってね」
「……ありがとうございます」
ソナは小さく頷き、書類の整理を再開した。今残ってまでやることではないのでは、とソナの作業を横目に見て思う。
途中、ティーバがトイレか何かで席を立った時。
それを見計らっていたかのように、「カギモトさん」とソナに呼ばれた。
伺うように俺を見て、言い出しにくいのか「えっと」と呟いてその先が続かない。
「どしたの? あ、やっぱなんか手伝うことある?」
いえ、とソナは小さく首を振った。
「あの……余計なことしてすみませんでした」
「え、何が……あ」
今日の、ソナが俺の代わりにやってくれた仕事のことだろう。
「領収書の処理? いやあれ、本当に助かったんだよ。変なこと言ったティーバが悪い」
気にしないで、と笑うがソナの表情はあまり晴れない。
「総務係って係内の細かな担当分けとか特にないし、誰がやってもちゃんとやりさえすればいいからね。だから遠慮なく手伝ってください」
そう言ってみせるとようやくソナは安心したのか、纏っていた緊張がほぐれて見えた。
昨日あたりから俺への態度に心なしか冷たさを感じていたから、とりあえず良かった。
話は済んだと思って自分の机に向き直ると、ソナは再び「あの」と躊躇いがちに口を開く。
「今度は仕事のことじゃないんですけど、いいですか」
「あ……うん。どうぞ」
ソナとの間で、俺とは仕事の話以外しにくい雰囲気にしてしまっているが、結局俺自身がなんだかんだと彼女に雑談を振っていることからすれば、だめだという権利なんてない。
「あのメモ」
「メモ?」
「ノダさんという方からの」
ああ、と何とも言えない声で頷いた。
「あのメモ、保存魔法のようなものが施されています。私、見てたんです、あの方が魔法を使うのを」
罪を告白でもするかのように、ソナの口調は重々しい。
「危険なものではないと思います。私、カギモトさんに伝えるべきだと思ったんですけど、言いそびれてしまった、というか、何というか……」
終わりの方がごにょごにょしててよくわからなかったが、「大丈夫だよ」とソナに明るく言う。
「それは知ってた。昨日捨てようとしたらシュレッダーに弾かれちゃって、それを見てたセヴィンさんが、それ魔法かかってるぞって」
「捨てようとしたんですか」とソナは思わぬところに食いついてきた。
「なんで、捨てようと」
「え、そりゃあ、いらないから」
ソナは責めているわけではないようだが、困惑したように「そうですか」と呟いた。
そうなんですね、と何度か頷いている。一体それは、どういう反応と捉えればいいのか。
その時ティーバが手を拭きながら戻ってきた。
「ティーバ、トイレだった? 随分長かったね」
「え」
ティーバが心外だとでも言うように口元を歪めた。
「ちがう。いや、ちがうわけじゃないけど、トイレの照明が切れてたから、替えてただけだ」
「それはおつかれさま」と笑うと、ソナは合わせてくれたような微妙な笑みを浮かべた。
それから「私、そろそろ帰りますね」と素早く机を片付ける。
「おつかれさま。気をつけて帰ってね」
「はい、おつかれさまです」とソナは丁寧に頭を下げ、鞄と折り畳み箒のケースを持って、執務室を出て行った。
ティーバはまだ残るようだ。
俺はまた時計を見て立ち上がり、今度は自分がトイレにでも行くような気軽さで、ティーバには何も告げずに執務室を出た。
そして管理係のフロアへと向かう。
今日の夜勤はエンデだということは、もちろん知っていた。




