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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第18話 ヘルベティアの挑発

改行、内容一部修正しました。

 結局ゴシュには、資料を取るときにカギモトがバランスを崩して脚立から落下したことによる事故があった、との簡単な説明がなされた。その際棚の角に頭をぶつけたが、大したことはなかった、と。


 ゴシュは難しい顔で溜息をつき、

「職場の安全管理上もっとあそこは片付けた方がいいよね」

 とだけ言った。


 怪我を心配するナナキにカギモトは、

「自分の体のことはよくわかってる、今回のは大丈夫なやつだ」

 とよくわからない理論を展開していた。



 結局、何も起きていないのと同じことだった。


………………


 規則正しく終業のチャイムが鳴っている。


 ソナの隣のカギモトは、腕を上げてうんと伸びをした。


「いやー結構入力したね。今日一日で操作もだいぶ慣れたんじゃない?」

「……」


 資料室から戻ってきた後、カギモトは何事もなかったかのようにソナの入力作業のフォローをしていた。 

 説明は丁寧で、わかりやすかった。

 それだけに、何か責め立てられているような気がしてならなかった。

 黙っているからか、カギモトの視線を感じる。


「フラフニルさん。本当に、気にしないでいいからね」


 小声で、カギモトが言う。

 ソナは自分の手元を見ていた。


「むしろ、気を遣わせちゃって悪いと思ってる」


 だから。


 だからそういうところが。


 握り締めた爪が皮膚に食い込む。


 沈黙を守るソナに、「それじゃ、おつかれさま」と言いながら、カギモトは自分の机に仕事の資料を広げ始めた。これから仕事の本番だとでもいうような光景である。


 ソナに付きっきりのせいで、カギモトの本来業務が進んでいないということは明らかだった。


 仕事に集中し始めるカギモトの横顔。

 そのこめかみ辺りにはまだうっすらと赤みが残っていた。


 ティーバもカギモトと同じくまだ帰らないようで、背を丸めて作業をしていた。


 2人を見ていると酷く苦いものが込み上げてくる。

 ソナは速やかに机を片付けた。


「……失礼します」


 ソナは目を伏せて箒のケースを肩に下げ、執務室を後にした。


……………


 職員用通用口から出たソナは寒さに身をすくませた。


 マフラーを巻き直していると、背後から「あっ」という甲高い声がした。


 振り返ると、この寒いのにミニスカート姿の少女──ヘルベティアだった。


 華奢な足に高いヒールの靴が目立つ。丈の短いコートにピンク色のマフラーで口元まで隠している。手には何を入れられるのか疑わしいほどの小ぶりなバッグを下げていた。


 ソナを見る金の瞳に、明確な敵意がある。


「へえー、箒通勤なんですか。この寒いのに、大変ですねえ」


 ヘルベティアは棘のある口調で近づいてくる。ソナの横でぴたりと足を止めると、可愛らしい顔でソナをきつく睨んだ。


「よりにもよってティーバ様の隣とか、ありえないですね。調子に乗らないで、分をわきまえてくださいよぉ?」

「──はい?」


 また、“ティーバ様”である。


 一体この少女にとってあの陰気な職員が何だというのか。


 ソナが無言でいると、ヘルベティアは「まあ、でも」と続ける。


「あのカギモトの隣でもあるんですよねぇ」

 ヘルベティアは含みをもたせるように言った。

「その点だけは少し同情してあげますよ。あたしが同じ立場だったら、配属決めたやつを末代まで呪っちゃおうかなって感じですよねぇ」

「……」


 ヘルベティアの考え方は自分と近しいようで何かが違う。ノイマンのものともまた異なるような気がする。

 何が違うのだろうかとソナが考えていると、ヘルベティアは、ふ、と目元に意地悪い笑みを浮かべた。


「優秀なんですってねえ、ソナさん。せいぜい、“杖無し”が移らないと良いですねぇ」


 ──『“杖無し”が移る』


 その言葉に、ソナは思わず息を呑んだ。


 それは、今では禁句とされているほどに強烈な差別的表現だった。


 魔力量の多寡は遺伝的に継承されることはあっても、他人には一切影響を与えない。

 そう証明されて以降は、『“杖無し”が移る』という言葉はタブーとされていた。


 それを臆せず口にする金の瞳の少女。


「あなたはやっぱり……『琥珀の民』の方、なんでしょうか」

 

 唐突な問いを受けても、ヘルベティアは余裕たっぷりの笑みで、桃色の髪をかき上げた。


「あなたがこうやって会話することすら、本当は畏れ多いんですよぉ?」

「………」

 

 かつて虐殺された歴史を持つ先住民の末裔。


 今では反対に、古代魔法の重大な謎を解き明かす鍵だとして、あらゆる面で過剰なまでに優遇されていると聞いている。


 他者を睥睨するような彼女の態度は、歪んでいるともいえるその境遇によるものなのか。


「それにしても」

 とヘルベティアはソナを不躾に眺め回し、くすりと笑う。

「案外、質素なんですねえ、ソナさん。お顔はきれいなのに、すごくもったいないんですけど」

「……」

「その素朴な髪紐、手作りですかぁ? なんかよく似合ってますよ」


「この髪紐が」

 ソナの声が少し大きくなる。

「何かいけませんか」


「え……」


 ヘルベティアが目を見開いて言葉を飲み込んだ。 


 その時、

「──ヘルベティア様」

 門の方から落ち着きはらった声がした。


 黒い飛行魔導車が門の外に停めてあり、運転手と思われる年配の男性が車の横に立っていた。


「遅いわよ」


 ヘルベティアは苛立たしげにソナの横を通り過ぎる。

 首だけでソナに振り返ると、

「箒は寒いですから、風邪引かないでくださいねぇ」

 と最後まで見下すように言った。


 飛行魔導車はほとんど音を立てずに高く浮遊すると、ソナを残して夕闇の中へ飛び去っていった。

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